統治長のため息
統治長、憂いの理由
「ラク様、タクミ様の住むところは作り族の作業場の近くがよさそうなので、向こうで空いているところがあればお願いします」
目の前で手ぶりを交えながら話をするミソルに頷いた。
私が側近の仕事を教え、その後を引き継いだ後輩。覚えるということが苦手だが面倒見がよく優しい人柄ゆえに、よい側近となったと思う。
イタチ族は懐っこい者が多く、ミソルもその色が濃く今までも王にはすぐ懐いていた。懐かれる方も悪い気はしないだろう。こんな知らない世界に連れてこられた中、ミソルのような存在が癒しとなるのは想像に難くない。
そうやって良い主従関係を築き上げるのはとてもいいこと――なのだが。
「――この後どこに行く?」
「ルリ様が土界にいるので、迎えに行きます」
「そうか」
何気なく聞いたことではあったが、ミソルの元気がない様子が気になった。
この後輩は、素直で顔や態度に出やすい。
「なにかあったか?」
「……なにかというわけではないんですけど、心配というか……」
目線を下に向けてポツリと言う。
さりげなく近くに来て聞き耳を立てていたらしい
「もしかして、ルリ様を勇者様にとられちゃいそうで心配ぃ~! ってこと?」
「――イーミア」
「!! それもあるけどそうじゃなくて!」
……それもあるのか。
イヒヒヒとイーミアはニヤついている。弟分らしいからからかって可愛がっているのだろう。
ミソルはちょっと拗ねたような顔で、
「ルリ様、最近よく土界に行っているから心配なんだよ」
そう言った。
「王が土界に籠ると心配か? 確かにそんな頻繁に土界に行く王はいなかったかもしれないが、仕事熱心ということではないか?」
「ルリ様はすごく仕事熱心ですけど、時々がんばり過ぎるんです。なにかあるのかなって、ちょっと心配で……」
「そうか」
イーミアもからかうような顔から見守る姉ような顔になっていた。
「じゃ、お迎えいかないと~! ミソル、早く早くぅ!」
「あ、うん――ラク様、よろしくお願いしますー」
背を押されるようにして、ミソルは場を後にした。
私は、ミソルが急ぐその先にいる黒髪の小柄な姿を思い浮かべる。くるくると変わる表情、生意気さと礼儀正しさを併せて持ち、
単純でわかりやすい獣人とも違う、真面目で固く勤勉なドワーフとも違う、私が今まで知っている温厚で誠実な王たちとも違う、よくわからない生き物。
目が離せないのはわかる気がした。
――そうか、コッフェリア王国の文献にあった「じゃじゃ馬」というのは、ああいうのをいうのか。
目から鱗が落ちた。この年にしてまだまだ知れることがあるものだと、驚きとうれしい思い。アレが来てからそんなことが増えた。だが、近くにいたら振り回されて大変だろう。
この距離でいても、こんなに振り回されているのに。いっそ、両手を封じてこの腕の中に閉じ込めてしまえば気が済むのだろうか…………。
――――?! 私は今、なにを――――?!
なにかが出てしまわないよう、とっさに片手で口を押えた。
見なかったことにしよう。私はなにも見なかった。そんなことは知らなくていいことだ。
眼鏡を外して眉根を揉んでいると、イーミアの声が聞こえた。
「……ルリ様も罪づくりですねっ」
何とも答えかねた私は、それを聞かなかったことにした。
ある日、報告書に目を通していると、最近作り族の新製品の輸出が増えているなと気付き、興味を引かれた。
今までは武具の輸出が多かったのが、細工品に力を入れだしたようだ。売上の方はまだわからないが、多分いい結果が出るのではないかと思う。
様子を見がてら、手が空いていれば話を聞いてこようかと席を立つ。
「作り族の作業場を見てくる」
となりの机の補佐役二人にそう伝えると、片方がすくっと立ち上がった。
「お供します」
返事も待たずに当然のように付いてくるのは、末の弟のリク。本来ならばまだ掘り族の方で修業をしているような年なのだが、聡い子でどうしても統治管理室で働きたいとここに属している。
掘り族に属していればミソルの次の側近候補の筆頭だったと思うが、どうなることか。
「いってらっしゃい~」
イーミアの能天気そうな声に見送られて統治管理室を後にした。
少し遠回りになるが、掘り族の作業場の前を通り様子を見、商店が立ち並ぶ中央通を横切って、作り族の作業場へ向かった。
邪魔にならないようそっと部屋へ入ると、おとなしく従っていたリクが耳打ちしてきた。
「ドレンチ様を呼んできましょうか?」
「まだいい。もう少し見学して……」
以前よりも活気を増しているのが、すぐにわかった。部屋全体が熱気に満ちている。そして嫌でも目に付く集団が奥にいた。
「――室内装飾品でも魔道具ができるとは思わなかったわね」
「すごいだっす! 勇者様も魔力があるだすか!」
「ねぇ、これさ、ちょっとアール付けて丸カン付けて、内側に鎖渡してチャーム垂らしたら影絵っぽくならない?」
「いいかも。子どもや女の人にウケそう。ルリさん、鎖使うの好きだよね」
「動きが出るでしょ。直線のデザインに曲線使うと表現広がるし」
「ちょっとあんたたち、そのシンプルさはそれでいいんだから、そのままで製品の仕様書に仕上げてよ?」
「――はい、わかりました、細工長。明日までに仕上げます」
うれしそうに答えているのは、挨拶に来た時も感じたように今も折り目正しい印象を与える勇者の青年だ。ステンドグラスの置物を前に、細工長と王を中心とした何人かで盛り上がっていた。
私に気付いたのは細工長だった。手招きに促されて近づいていくと、王は少しだけ居住まいを正して「こんにちは」と言い、勇者は礼をした。
「ラクいらっしゃい。新製品よぉ、見てって」
「ああ」
手渡されたのは先ほどから中心にあったステンドグラス。両手のひらの上に納まるほどの、さほど大きくはないスタンド型だ。
「これ、魔道具なのよ。効果に安眠を誘う(小)が付いているの。安らぎのナイトランプとして売り出していこうと思ってるんだけどどうかしら?」
これに安眠を誘う効果が付いていると?
こういった室内装飾品にも魔道具があるというのは初耳だった。
しかもその効果は寝つきの悪い私にはとても魅力的だ。
「……売り出したら、私が一つ買おう」
「あら、もうすでに一つ予約が入ったわ」
面白そうな顔をする細工長に、リクが苦笑している。
「統治長は寝つきがが悪いですからね」
「ふふ~、リクは兄さんが心配なのねぇ?」
「……いえ別にそういうわけでは……」
「(……ルリさん、兄さんって、知ってた……?)」
「(知らないー、あんなかわいいのに、兄弟とか……)」
……聞こえているぞ。
獣人は人よりも耳がいいことをまだわかってないようだ。
それにしても、王と勇者は本当に仲が良いみたいだった。
二人が同じ言語を話していると強く感じる。言葉がわかりあえているだけではない連帯感。同じ種族である以上に、親しく近い存在に見える。
王を心配しながらこれを近くで見ているミソルは、どう思っているのだろう?
ミソルの中には主従愛以上のものがあるのだろうに。
ふと見れば、いつの間に来ていたのか、部屋の隅にミソルが控えていた。
耳は元気無さそうに少ししおれていたが、表情は穏やかに笑っていた。
そうか、笑うんだな……。
王が笑っていれば、お前は笑うのだな。なんとしなやかで強いのか。
きっと私よりもずっと強いのだろう。
すぐにやって来るだろう別れの時を恐れて、最初から遠ざける私よりもずっと。
ある時、歴史を記したものを読んでいた私は、王の在位期間と年齢に関連があることに気付いた。
王の在位期間は、四十五十歳代の十数年を頂点として若くても老いても短くなっていくのだ。
先代の八十代王の在位期間はわずか一年だった。
ミソルが子どもの頃とても懐いていたらしい二十代の王は三年。
ではまだ十代である当代の王は――――。
だから若い王など嫌だと思っていた。
短い時間を鮮烈に駆け抜けていく。
その先の喪失感に怯える臆病な私は、心を許すなどとてもできない。
私はまっすぐな後輩を眩しく思いながらもやはり傷付く姿は見たくなくて、深いため息をついた。
* 第四章 完
いつも応援ありがとうございます!
五章はやっとトンネルの先です。前後してすみません。恋愛も進みます。(多分)
よろしければまたおつきあいください。
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