王、陥落


「魔族が来たーーーー!!!! 魔族が来たぞぉーーーー!!!!」


 サイレンのようにわめきながら、王居住区に飛び込んできたのは掘り族のお兄さんだった。すごい勢いで走ってきたみたいなのに、息一つ切らしていない。

 あたしはフォークをくわえたまま、ポカンとしていた。


 魔族が来た……?


 半分寝ていたディンがハッと起き、側近二人の間に緊張が走った。

 すぐさまガタッと音を立てて立ち上がったミソルは、


「ルリ様はデブラといてください。デブラ、頼んだ」


 そう言って、知らせにきた掘り族お兄さんと、疾風のように出ていった。


「……魔族、何しに来たんだろうね? っていうか、どうやって来たんだろう」


 頭の中に地図を思い浮かべる。

 魔国は地下国がある山脈を挟んで南の反対側だ。トンネルで山脈を突っ切れば直線距離でコッフェリア王都と同じくらいだと思う。

 けど、トンネルは土界で塞いであるから通れない。山脈をぐるっと北東のコッフェリア王国の方へ迂回して行くので、ここから馬車で一週間近くかかると聞いている。


 魔王と会ったのはおとといの話だけど……。


「魔族の人、どこに来てるのかな?」


「多分、麓の町のどこかだと思うだっす。聞いてくるだすか?」


「ううん、いいよ。あたしも行く」


「?! ダメだすよ!!」


「どこに来てるのか聞きに行くだけだもん。大丈夫でしょ」


「まぁそれくらいなら大丈夫だすかね……? 一応、得物を取りに行くだすか」


 あたしは王笏セプター、デブラは両刃斧ラブリュスをそれぞれ手に持ち、統治管理室へ向かった。

 いつもは静かな部屋が、慌ただしい雰囲気に包まれていた。統治長ラクの姿はない。

 奥にいた、ラクの補佐をしているイタチ族のお姉さんイーミアがこちらに気付いた。


「ルリ様~。こちらにいらしたんですか~? やっぱり気になりますよねぇ」


「そりゃぁ、もちろん。あたしが種まいたようなものだし……」


「アハハ。種まいたって、おもしろい! ついでに育てちゃいますっ?」


「だめだっす! 魔族には会わせられないだっす!」


「魔族の人、どこに来てるの?」


「どこなんですかねぇ、まだこちらにも情報が入ってこなくて~」


 ふむ。あたしは通信具のペンダントを胸元からひっぱりだし、話しかけた。


「ルリです。ミソル、聞こえますかー?」


 通信具がブルリと震えたので、もう一度。


「ルリです。ミソル、聞こえるー? どうぞ」


『――リ様、聞こえます! どうぞ』


「今、どこ? 魔族の人いる? どうぞ」


『――ま、山の祠の近くです。います。どうぞ』


「了解。行きます。通信終了」


 ルリ様!! と、デブラは青くなっているし、イーミアはお腹を抱えてゲラゲラ笑っている。


「なんですか! その魔道具! めっちゃ便利ですねぇ?! なのに、めっちゃくだらないことに使って~!!」


 通信具がブルブルと振動した。ミソルが何か言いたいようだ。

 あたしは首から外して一旦手に取り、イーミアに渡した。


『――リ様! ルリ様! 来ちゃダメです!』


 少し離れていてもわかるほどの声だ。


「イーミアで~す。ミソルぅ、あんたルリ様を守れないの~?」


『――ミア?! 守れるよ! ルリ様はオレが守る!』


「じゃ、問題ないねっ? 今から行くよぉ」


 言うだけ言って、イーミアは通信具をあたしに返してきた。

 デブラは諦めたらしい。

 他にも麓の町に向かう人たちがいて、いっしょに地上への出入り口を目指した。


 出入り口のちょっと手前で、細工長のドレンチたちと鉢合わせた。なぜかタクミもいっしょにいる。


「ルリさん! 魔族が攻めてきたって?!」


 いつもよりきりっとして見えるのは、革の鎧を着ているせいだ。腰にはサーベルを下げている。腐っても勇者だよね。様になってる。

 ドレンチも銀色の胸当てプレートアーマーを身につけ、両手斧を肩に担いでいた。


「ルリ、心配いらないわ。作り族とはいえドワーフは戦闘に長けた種族よ。アンタんとこの過保護の側近には敵わないけど、かなり強いから安心なさい」


 ただならぬ様子に、あたしもだんだん緊張してきた。

 魔族……、地下国になんかしちゃダメだって言っておいたのに……。

 一クラス分くらいに膨れ上がった人数で、あたしたちは祠へ向かった。






 町外れにはすでに結構な数が人垣を作っていて、その先に何かあることを知らせている。

 あたしは人をかいくぐって、最前列のミソルの後ろ姿を見つけた。


「待って、ルリさん!」「ルリ様、待ってほしいだっす!」


 という声を背に聞きつつミソルのうしろに潜り込み、その横のラクの間から覗いた。


 あれ、魔族二人しかいないよ……?

 一人は魔王だ。相変わらずの超絶美形。

 もう一人は最初に出会ったツノのお姉さん。お姉さんは魔王にしがみついていた。


「――――うわーん!! 殺されるー!! ドワーフまで来たじゃないですかぁ?! だから行くのやめましょうって言ったのに!!」


「地下国の者たちよ。我々に攻撃の意思がないのはわかってもらえただろう。女王に会わせて欲しい。そのために飛んで山を越えてきた。麗しき可憐な闇色の女王はどこにいらっしゃるのか」


 ひぇぇぇ……うるわしきかれんなって、なんだ! 鳥肌立ったよ?!

 っていうか、飛んできたのかぁ。 どうりで早いわけだよね。

 その時、「ルリさん勝手に行かないでよ」と文句を言いながらタクミが横に来た。


「俺にも魔族見せて」


 覗こうとしたタクミをあたしは最前列に押し出した。


「――――えっ?! ちょ……?!」


「!! 闇色の者! そなたは女王の親族の者か?」


 当然、タクミは魔王の目に入り、話しかけられた。

 あたしはうしろからタクミに指示を出した。


「――弟だって言って」


「お、弟だ……です」


 腹話術で情報操作よ。

 婚姻とかくだらない話を諦めさせる方向に持っていかないと。


 地下国の人たちが一斉にタクミを見た。「そうだったのか……」「生き別れの弟と再会したのか……」「似てると思ってただよ」「よかったなぁ……」と何か誤解されたみたいだけど、まぁいい。敵を欺くなら味方からって言うし?


 魔王は周りの様子に気付かないで続けた。


「弟殿! 私は魔国の王、ゾラン・マジャ・ディリータと申す。姉君に会わせていただけないだろうか? そして婚姻を結ばせていただけたらと思うのが……」


「「「「「駄目だ(っす)!!!!」」」」」


「――姉は結婚してるって言って」


「あ、姉はすでに結婚している、ます。諦めてください」


 地下国の人たちがタクミを二度見した。「ええ?!」「王が結婚?!」「いつの間に?!」「相手は誰だ?!」と何か誤解されたみたいだけど、まぁいいよね……?敵を欺くなら味方……っていうか、地下国の人たち欺かれ過ぎじゃない? あたし結婚してないの知ってるでしょ!

 魔王はやはり周りの様子に気付かないで、ガーーーーンという擬音を顔に張り付けた。


「そ、そうか……あの可憐な女王であればすでに夫がいてもおかしくはない……。あの女王の相手とあれば、よほどの者であろうな……相手はこの中にいるのだろうか……?」


「――ここにはいないって言っ…………ええ?!」


 目の前の生き物が手を挙げてますよ?!

 しっぽはクネクネしてるけど、挙げてる手はぴしっ! と、これ以上なくぴしっと上がっている。

 地下国の人たち、今度はミソルを一斉に見た。


「「「「「えええええーーーー?!?!?!?!」」」」」


「ちょ、ちょっと、ミソル……」


 ミソルは手を挙げながら、もう一方の手であたしを背中で抱きしめた。


「王はオレの大好きな大事な人だ! 絶対に離さない! ずーっといっしょにいるんだ! 魔王なんかに、いや、誰にも渡さないから!!」


 赤くなる顔が止められない。


 周りで「ヒュー!!」「ミソルよくやった!」「やるじゃねーか!!」「おめでとう!!」「宴だーー!!」と騒ぎたてられ、もうお芝居なんだか本当なんだかよくわからないじゃない!


 な、何言ってるのよーーーー?!

 ああ、もう、バカーーー!!


 あたしは顔を隠すように、ミソルの背中に抱きついたのだった。





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