王、ダンジョンのナゾに迫る(2)

 サークレットは何も語らない。

 あたしは腕にかけていたそれを手に持った。


「……ラク、この山脈の南側は何があるのは……」


「地下国に記録はないが、コッフェリア王国の地図には魔王国と書かれている」


 本当にそれがトンネルだったとして、なんでディンは何も言わないのだろう。

 サークレットの赤い石に問いかけてみる。


「ディンはなんで、それに触れられたくないの? あたしはそこに変なトンネルがあってもいいよ?」


「……王よ。地下国に富をもたらす王が記録に現れるのは、この戦いの後からだ。おそらくアルマンディン様がついていらしたのだろうと推測される。アルマンディン様は、コッフェリア王国と魔族との戦いに王を巻き込み、その後地下国の住人を働かせてきたということを、知られたくなかったのではないか……?」


 なるほど。

 そう聞くと、確かになかなかひどい話に聞こえる。

 あの童話を合わせて考えれば、愛するコッフェリア王国のために関係のない王を異世界から召喚して、戦いの外にいたドワーフ族や獣人族にフォローをさせたということだもんね。


「でも、それがもしホントだったとしても、それは昔の話でしょ? 今は、地下世界のことを思ってがんばってるんじゃないの?  ディン、それなら気にしないでいいよ」


「……そうだっす!  そこにはノームの導きがあったはずだっす。アルマンディン様だけがやったことではないだすよね」


 黙って話を聞いていたデブラも、サークレットにそう言った。


「ドワーフ族は創始の頃よりノームの導きのもとに歩むと言われているだっす。王がノームの王だというのなら、それはドワーフ族の王だっす。いっしょに働くことに文句なんてないだすよ」


 ドワーフというのは、そういう根っこを持っているんだ。

 ノームにとても近い種族。

 不思議とあたしも親しい気持ちになったのは、ノームで繋がっているからなのかな。


「ね、アルマンディン様。みんな怒ってないですよ。それでも気になるなら、オレも一緒に謝りますよ?」


 ミソルがそう言うと、あたしの手の上でサークレットはすっと消え、リスが姿を現した。

 バツの悪そうな雰囲気で、うつむいている。


「大昔のことでしょ? その時はいろいろあったんだろうし、今は気にしなくていいよ」


「……でも、ボクは、今でもコッフェリア王国のことを思っている。気持ちが向こうへいってしまうのを止められないんだ……」


 手のひらの上に乗ったディンは、まだ顔も上げずにそんなことを言った。

 あたしは恋だとか愛だとかはよくわからないけど、心配だという気持ちならわかる気はするんだ。

 そしてそれは仕方がない気もする。気持ちってなかなか変えられないもん。


「今、魔王がトンネル通って襲ってきたら、ここも困るし。そういう意味では利害が一致してるよね。だから、それでいいんじゃない? あたしはダンジョンと地下世界を守るよ」


 王たちは強い。ノームのしるべが選ぶ王は、いつだって心が強かった。

 ディンはそう言って、昔話を始めた。




 ◇◆◇




 付喪神となっていたディンは、魔族との戦いで焼け野原になった町をふわふわと飛び、たどり着いた山でノームに助けられた。

 リス姿とサークレットになる能力をもらったのも、その時だった。


 ディンの願いを聞いたノームは魔力のある者を探しだし、大地の力を与え、悲劇を起こしたトンネルの出入り口を封じさせる。

 それを行ったのが、後の地下国の初代王となる、キチジ。

 彼は危険なトンネルの近くまで土を掘って近づき、ディンのサポートする魔法陣でその出入り口を封じた。


 さらにノームはドワーフたちをその元へ導き、彼と気が合ったドワーフたちはその手伝いをするようになる。

 ドワーフたちと共にあった獣人たちまでもが穴掘りなどで手伝いを始めるのは、時間の問題だった。


 キチジは山一つ分のトンネルを魔力で封じ込め、すぐ近くの地下へ監視のために家を作った。

 ノームの力を持ったキチジは、金銀や貴石の鉱脈を探し当てるのがとても上手く指さす場所を掘れば鉱物が出たため、ドワーフや獣人たちもいつしかその近くへ居を移していった。

 そして地下の住人たちに富をもたらしたキチジは、ノームの王と呼ばれるようになった。


 キチジが消え、次代の王が送り込まれ、その頃にはドワーフ族や獣人族の元のすみかも王の魔力で土界の一部となり、山の大部分を土界が占めるようになっていた。


 次々と王たちは掘って鉱物を出しては、空いた空間へ魔力を込め、数十年で山はまるまる土界となった。

 その頃には、大きく国境線を後退したコッフェリア王国から付近へ斥候せっこうが出されるようになる。


 ディンはその時のノームの王に、彼らのコッフェリア王国の力になるようなものを与えられないかと、相談した。

 おびえる彼らに希望を与えたかったから。

 王は山に宝箱を置いてみようかと言った。ドワーフの作った武器や防具や細工の入った宝箱だ。人々は喜ぶに違いなかった。


 そこにはただコッフェリア王国への思いがあるだけだった。


 それは徐々にエスカレートしていき、宝がありモンスターが出るダンジョンへと変わっていった。

 もし万が一トンネルが再び開かれることがあっても、ダンジョンモンスターが食い止められるという計算も働いた。


 さらに皮肉にもダンジョンになってからの方が冒険者や勇者が多く現れ、それを受け入れる町が山の麓に出来るまでになり、地下国も栄えていったのだった。




 ◇◆◇




 そこからは、ラクたちの知る通りだよ。

 ディンはそう言って話を締めた。

 

「アルマンディン様は、当代の王がその古い土界を発見したことに対して、どう思ってらっしゃいますか」


 今、ラクが当代の王と言ったのは、あたしのことだよね?

 そういえば、さっきも王よって呼びかけられた気がする。


「当代の王は魔力が強いから気付いたのだと思う。けれど、初代の封が弱くなってきているかもしれない。五百年も経ったから」


 ディンの言葉にラクは「そうですか」とつぶやいて、あたしを見た。

 思っていたことがバレてしまったのか、


「新たに封をして欲しいと頼む相手は、王でないとならないだろう?」


 こんなことを言い片膝をつき手を胸に当て、首を垂れた。


「――王、新たな結界を張っていただけますようお願い申し上げます」


 はじめて見るラクの頭に、少し心が締め付けられた。

 ……ホントはイヤだろうにね。

 そんなかしこまらなくてもいいのに。

 さっき言ったよね、ダンジョンも地下世界も守るって。


「うん。頼まれなくてもやるよ。まかせて」


 ニッと笑ってそう答えた。


 ミソルとデブラが、さすがルリ様すごいだっすかっこいいですと言っているのに紛れた小さい声を、あたしは聞き逃さなかった。


「本当は年若い王など、困るだけなのだがな……」


 うん、そろそろ現実を受け入れてほしいところよね。





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