第48話 前途多難過ぎる恋 5
「イシュ、今日……じゃなくて、本日は城下の街をご案内致しますね!」
太陽が空高く昇り始めた頃に、白いロングスカート丈のワンピースに臙脂色のフード付きマントを羽織るというやけに庶民的な格好をしたフィニアがイシュタルにそう告げる。その顔はとても楽しそうで、傍から見てもわかりやすいほどに彼女はテンション上がっていた。
「城下の街か……楽しそうだね」
「はい! 私もすっごい久々に行くんで楽しみなんです!」
ずっと城の中で過ごさなくてはいけなかったフィニアなので、城の外に行くのは数年ぶりなのだ。そりゃテンションも上がるだろう。彼女の庶民的な格好も、このための変装だった。
「なるほど、お忍びで街に繰り出すんですね~! なんだか私も楽しみです~!」
メリネヒもやたら楽しそうにしているが、今回フィニアたちに護衛でついてくことになったロットーは面倒くさそうにテンション低めでため息を吐く。ちなみにこちらも黒のズボンと茶色の上着で、結構地味で庶民的な格好をしている。一応腰に皮ベルトで剣を下げているが、彼も街に自然な形で溶け込むようフィニア同様に変装 していた。
「王女、楽しみなのはいいんですがはしゃぎすぎてトラブル起こさないでくださいよ? オリヴァードさんもそれすっごく心配してましたし……」
「大丈夫だって! それにほら、ロットーいるから万が一トラブル起きても何とかなるって!」
「……俺は王女専用の便利屋じゃねーんスけど」
フィニアの勝手な言い草にちょっとキレるロットーだが、フィニアが城下の街を歩くのを凄く楽しみにしていた気持ちもわかる。ずっと城の中で軟禁状態だったのだ。そりゃ外に行っても良いというお許しが出た今回は、フィニアにはとても嬉しいものだろう。彼は『仕方ないか』と、また溜息を吐いた。
「それじゃ私も着替えないとね。あとメリネヒと、それと二人ほど騎士がついてくから彼らも一般人に見えるよう着替えてもらうよ」
イシュタルがそう言い、フィニアは「服はこちらで用意しますので大丈夫ですよ」と返す。
そういうわけでフィニアとイシュタル、それとその他数名による御忍び街散策が始まった。
◇◆◇
やたら特徴ある髪の毛の色が目立って王女だとばれる可能性のあるフィニアと、アザレアに来た時に人々に顔を見せていたイシュタルの二人は深くフードを被って顔を隠す事にし、お昼近くの時間に彼らは馬車に乗って城下の街に向かっていた。
メンバーはフィニアとイシュタルはもちろん、ロットーとメリネヒ、それとイシュタルが連れてきた騎士が二名ほどイシュタルの護衛としてついてきた。そのうちの一人が驚く事にあのよくすっ転ぶレジィだったので、フィニアは物凄い驚く。しかしそれ以上に驚く事があった。
「……どうしてコハク、ついてきたんだ?」
馬車の中でフィニアは、自分の隣に嫌そうな顔で座るコハクに声をかける。何故か彼女がフィニアたちに、出発直前になってついてきたのだ。ちなみにコハクも変装済みで、顔もばっちりフードで隠している。さらに彼女の隣にはマリサナもいた。
「ご迷惑でしたか?」
「ううん、そんなことないよ! コハクと一緒は普通に嬉しいからさ! でもちょっと気になって……」
「……私もお姉様と一緒に街へ行きたかっただけです」
「そ、そうなんだ……」
仏頂面で答えるコハクに、フィニアは少々首をかしげながらも妹の言葉をそのまま信じる。しかし兄をすごぶる嫌うコハクがそんな理由でついて来たとは思えないと、ロットーもマリサナもコハクの言い分を全く信じなかった。
頭がわりとおめでたいフィニアは、コハクの言葉を聞いてコハクが自分のことちょっと好きになってくれたんじゃないかと、前向きなことを考える。もしかして『お姉さんになりました』効果がもう発動か! と、フィニアはちょっと内心でガッツポーズした。そしてすぐに調子に乗る。
「ねぇコハク、街ついたら何か買ってあげようか? オリヴァードからちょっとお金貰ってるから、好きなもの買ってあげるよ」
「結構ですわ、お姉様。お金なら私もじいやから頂いてますので。欲しいものがあれば自分で買います」
「そ、そっか……」
ばっさり妹に切って捨てられたフィニアは、がっくり肩を落としてへこむ。フィニアが可哀そうになったマリサナが「コハク様、買ってもらったらよろしいじゃありませんか」と言ってみるも、コハクはやっぱり「いいんです」と言って首を縦には振らなかった。
フィニアとコハクやり取りを二人の正面に座って見ていたイシュタルは、隣にいたロットーに小声でこんなことを話しかける。
「もしかしてフィニアとコハク王女はあまり良い仲ではないのかな?」
洞察力に優れている彼女なので、二人の関係をずばり見抜く。ロットーは苦笑しながら、やはり小声で返事した。
「コハクちゃん、ませてるし今微妙な年頃なんですよね。ちょっと背伸びしたい年頃だからお姉さんのフィニア王女に反抗したりしちゃってるんですけど、まぁそういうのってどこの兄弟にも一度はある時期なんで心配いらないですよ。本当は仲良い二人だと思います、多分」
「ふむ、そうか……」
本当のことを言うとややこしいので適当な説明をロットーがすると、その説明にイシュタルはすぐ納得する。自分も昔は姉に対してそんな時期があったかもしれないと、そう彼女は思ったのだ。もちろん今は自分と姉の仲は良好だ。やはりこういうのは、時間が経てば自然と仲が元通り良いものになるのだろう。
「あ、王子みてくださ~い! 街が近くなってきましたぁ~」
イシュタルが考えていると、メリネヒが馬車から顔を出して楽しそうに声をかける。もう城下の街は直ぐそこだった。
◇◆◇
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