第30話 彼と彼女の出会いのお話 30

 オリヴァードに案内され、イシュタルとメリネヒは城の東側の塔へ向かう。そこの三階、長い廊下の突き当たりの広間に案内された。


「ロットー、王女は?」


 部屋の前で待機していたロットーに、オリヴァードは小声でそう声をかける。ロットーは笑顔で「大丈夫ですよ、今度はちゃんと服着てます」と答えた。


「ふむ。それならば王子、王女は中でお待ちしておりますようなのでどうぞ」


 オリヴァードが部屋の扉を開け、イシュタルを中に入るよう促す。銀細工の施された厚い扉を開けると、中には朱色のドレスを身に纏ったフィニアが待っていた。


「あぁ、王女」


「はい」


 正装したフィニアは腰まで伸ばした桃色の長い髪を頭のてっぺんでひとくくりにして赤いリボンで留め、顔には薄く化粧を施している。普段が普段なので、こうしてちゃんと正装すればそれなりに愛らしい一国の王女に見えるフィニアに、フィニアの普段を知る者はちょっと驚いていた。

 胸元が大きく開いたドレスは少し恥かしいのか、肩にかけた白いレースのショールで胸元を隠しながら、フィニアはやってきたイシュタルの元へ足を進める。その手には白いマントが抱えられていた。


「王子、先ほどは失礼致しました。それと、助けていただきありがとうございます」


 フィニアは、まずは先ほどの大失態についてをイシュタルに謝る。フィニアがなんかちゃんと丁寧な言葉遣いしてるのを見て、ロットーはちょっと、いやかなり内心で驚いた。


「いえ、気になさらないでください。王女が無事で安心致しました」


「あの、これ……」


 優しく微笑むイシュタルに、フィニアは先ほど借りたマントを差し出して返却する。そして改めてイシュタルに自己紹介をした。


「王子、初めまして。私がアザレア国第一王女フィニア・ロイメルナ・アザレアです。本日は王子にお会いできるのを楽しみにしておりました」


 フィニアはここ数日メイド長やオリヴァードに散々怒られながら覚えた丁寧口調で、暗記した挨拶の台詞を緊張しちょっと強張った笑顔で言う。ここで噛んだり間違えたりしたら今後毎日四時間王族女性としての立ち振る舞いを徹底的に勉強してもらうと宣言され、フィニアも必死だった。

 フィニアがちゃんと噛まないで挨拶できたので、側で見守っていたオリヴァードやメイド長、そしてロットーが奇跡を見たかのように感動して涙ぐんでいた。どこまでも信用されてないフィニアである。


「私も王女にお会いするのを大変楽しみにしておりました。私はウィスタリア聖王国王子イシュタル・ヴィヴィア・ウィスタリアです」


 イシュタルはフィニアに頭を下げ、フィニアも緊張で物凄い不自然な笑顔を返す。コルセットでお腹は痛いし緊張して胃が痛いし周りの監視の目が怖いし、笑顔とは裏腹にフィニアは泣きそうだった。


(あー、でもホント綺麗な王子様だなー……)


 あまり男性的でない中性的な美人、というのがイシュタルの第一印象だ。そして今こうして改めてイシュタルと対面してみても、やはり王子はどことなく女性っぽさも兼ね備えている美人だとフィニアは直感で感じる。そしてイシュタルの青い澄んだ瞳に見つめられ、彼女は今度は別の意味でひどく緊張した。

 元は男性だし、普通に女性に惹かれることは多々あっても今まで男性に対してそうなったことは一度もないフィニアだが、イシュタルを見た彼女は不思議と胸が熱くなる感覚に陥ってしまいちょっと戸惑う。この胸のドキドキは、どう考えても今まで美人な女性を見たときに感じるドキドキと同じなのだ。


(あれ、俺って別に男の人にも普通に惚れちゃう人間だったの?)


 それとも体が女になったから男にもドキドキしちゃうようになったのかなと、フィニアはちょっと混乱する。でも別にわりと顔はかっこいいロットーにはそういう意味での興味は無いし、いつも可愛いと思ってるメイドさんは今日も可愛くて心がほんわか癒されたし、王子に付き添ってる眼鏡の女性も見ると思わずテンション上がるくらい可愛いと思うし……一体これはどういうことなんだろう。


「王女?」


「へぁ?」


 思わずマヌケな声が出て、フィニアは慌てて自分の手で口を塞ぐ。ボーっとしていたらしく、フィニアは声をかけてきたイシュタルに「す、すいません」と謝った。


「いえ、もしかしてお疲れなのでしょうか?」


「ぜ、全然そんなことありません!」


 フィニアの様子にイシュタルはちょっと首を傾げたが、直後オリヴァードが二人に声をかけたので彼女の意識はそちらに向けられた。


「イシュタル王子はしばらく我が国に滞在予定でありますので、その間にお二人ともお互いのことを知るということでよろしいですな」


 オリヴァードはフィニアに「王女、この後のご予定は覚えておりますでしょうな?」と、なんだかプレッシャーかけながら質問する。フィニアはちょっと不安げな様子で、「も、勿論です」と頷いた。そしてイシュタルに視線を戻す。


「王子、今日はこの後私が城の中をご案内致します。その後は城の庭園でお茶を用意しておりますので、そちらへ。そこで私の妹をご紹介いたしますわ」


 お見合いといっても国の王子と王女の見合い話なんてほとんど結婚が決まってるようなものなので、この見合いの本当の目的はお互いの仲を親密にするということである。そのためフィニアとイシュタルも、イシュタルがアザレアに滞在する十日間、ほとんど二人一緒で行動する予定になっている。その間に仲良くなれということなのだ。


「それではわたくしはこれで失礼させていただきます。……ロットー、後は頼みますぞ」


「はい、任せてください」

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