第36話 彼と彼女の出会いのお話 36
お茶を飲みながらしばらく談笑していたフィニアたちは、その後はフィニアとイシュタル二人で庭園を散歩することになる。他の者は部屋へ戻ったり二人を離れたところから見守ったりし、完全にイシュタルと二人きりというシチュエーションにフィニアはまた緊張で気が狂いそうになっていた。
今日会ったばかりの人と二人きり。頼りになるロットーはちょっと遠いところで自分たちのことを見ているので今は頼れない。一体何を話せばいいのだろう。長く引きこもり生活をしていた自分に、妹のような気の聞いた会話をする機能は微塵も備わっていない。
「あああぁ、あの……」
二人の目の前には、綺麗な黄色の薔薇の花がいくつも咲き誇っている。お茶会でこっそりロットーに『なんでもいいから目に入ったものを話題に話しかけるといいですよ』とアドバイスされたことを思い出したフィニアは、これを話題にイシュタルに話しかけた。
「ばら!」
「ばら?」
いきなり単語のみを言われて、イシュタルは戸惑ったようにフィニアを見る。しかしフィニアはイシュタル以上に戸惑い、そしてパニックを起こしていた。
「あああ、あの違うんです……ば、ばばら、ばら……きれいだなって……」
完全に変な奴だと思われたとフィニアは泣きそうになりながら、なんとかイシュタルに話をする。するとイシュタルは理解してくれたようで、笑って「あぁ、そうだね。とても綺麗だと思う」と返した。そのイシュタルの反応に、一人でもちゃんと会話が出来たとフィニアは内心で大喜びする。こんな程度で大喜びしてしまうほど、可哀相なくらいにフィニアは対人スキルの無い子だった。
「ところでフィニア王女、私は王女に一つ話しておきたいことがあって……」
「え?」
イシュタルが唐突に真剣な表情となってそう話しかけるので、フィニアは何となく怯えたように身構える。まさか『王女は男性と聞いていたんですが』とか聞かれるんじゃないかと、フィニアはビクビクしながらイシュタルの言葉の続きを待った。しかしイシュタルは「いえ、やはりこれはあとで」と言い、気になるところで話をやめてしまう。
「えぇ……気になります……」
フィニアが素直にそう呟くと、イシュタルは苦笑いしながら「すいません、あとで必ずお話しします」と言った。そして何かを思いついたように、彼女は「そうそう」と言って何やら懐をあさりだす。
「私、王女に贈り物を用意してきたんです。大した物ではないのですが……」
「えぇ!? 贈り物!?」
思いがけないイシュタルの言葉に、フィニアは目をまん丸にして驚く。イシュタルは「気に入ってくれるといいんだけど……」と言いながら、丁寧に包装された小さな包みを取り出した。
「どうぞ」
包みをフィニアに手渡し、イシュタルは微笑む。あまり他人から贈り物というものを受け取った事がないフィニアは、ドキドキしながら「ありがとうございます」と言って包みを受け取った。
「あの、これ……」
「ん?」
「あ、開けても……いいんですか?」
貰った贈り物の包みを開けてみたくてうずうずしている様子のフィニアに、イシュタルはまた可笑しそうに笑いながら「どうぞ」と声をかける。フィニアは緊張しながら、丁寧に包装を解いた。
「あ、リボン」
中から出てきたのは二本のリボン。シルク生地の高級そうなリボンが、赤と黒それぞれ包みの中に入っていた。
「アザレアでは赤と黒は神聖な色だとされていると話を聞いたので、その色にしてみたんだけど……」
「は、はい。アザレアでは黒は魔術を示す色で、特別な色です。赤は王家の象徴の色とされてます。私も好きな色です、両方」
プレゼント自体も嬉しいが、イシュタルがわざわざ自分の国のことを調べてくれたことにフィニアは感激する。普通に考えれば見合い相手の国なんでそれくらいはするものだろうが、でもフィニアはとにかく嬉しかった。嬉しさのあまり、なんかもうこの人の嫁になってもいいよという気にさえなっていた。
「あの、ホントに、えっと……ありがとうございますっ! 一生大切にしますから!」
大げさなくらいに頭を下げてお礼を言うフィニアを見て、イシュタルはひどく驚いたような顔をする。そして直ぐ「頭をあげて下さい、王女」と言い、また可笑しそうに笑った。
「お、王子?」
「ふふっ……王女はその、悪い意味ではなくて王女らしくない方ですね」
「ええぇ!?」
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