第35話 彼と彼女の出会いのお話 35
その頃ウィスタリアでは、ロザリアが弟もとい妹のことを心配しておろおろしていた。
「ああぁ~、イシュタル大丈夫かしら。お姉さん心配で胃が痛くなりそうです」
「ロザリー、少し落ち着け」
執務室で書類に目を通すという地味な仕事を行っているミリアムは、先ほどから部屋の中を右往左往する娘を窘める。しかしロザリアは足を止めず、「だってお母様、心配なんですもの」と彼女は泣きそうな顔で言った。
「そんなに心配ならお前もついていけばよかったものを……正直ここでそうやってうろうろされると気が散る」
「お母様は心配じゃないんですか?」
「あまり」
ミリアムは目を通した書類にサインをしながらそう返事をする。その母のあっさりした返事に、ロザリアはおもわず「お母様はどうしてそんなに落ち着いていられるんです?」と聞いた。
「んー……それよりロザリー、暇なら私の代わりにこの書類見て適当にサインしといてくれぬか? もうしんどくてやってられん」
「だ、駄目ですよ。それ重要な書類じゃないですか。お母様が目を通さないと」
「いいではないか、マルクトがチェックしているのだから間違いはないと思うしな」
「それでも駄目です。それよりお母様」
「ん?」
「さっきの質問に答えてもらってないですよ。なぜお母様はそんな余裕あるんですか」
ロザリアはなんとなくはぐらかされた先ほどの質問を、ミリアムにもう一度問うてみる。するとミリアムは薄く笑い、「私はイシュを信じているからな」と言った。
「お前ももっとイシュを信じろ」
「し、信じていますよ。でも心配で……」
「ふむ……ならば」
ミリアムが何かを思いついたように顔をあげる。その時部屋のドアがノックされ、ミリアムは「誰だ?」とドアの向こうへ声をかけた。
「わたしだよ、女王陛下」
「なんだ、マルクトか。どうした、入っていいぞ」
ミリアムの旦那であり国の宰相でもあるマルクトが、部屋にまた新たな書類をたっぷり持って入ってくる。ミリアムは書類の山に物凄く嫌な顔をしたが、直ぐに表情を変えて彼にこう話しかけた。
「マルクト、いいタイミングで来たな。ちょっと頼みがある」
「なんだい? 仕事さぼる以外のお願いなら話を聞くよ」
「安心しろ、今日は逃げん。それよりロザリーもアザレアへ行きたいようなのだが、行かせてやってもよいかな?」
ミリアムのその発言に驚いたのはマルクトではなくロザリアだ。彼女は目を丸くして「えぇ!?」と叫んだ。
「お、お母様?」
「どうしたロザリー、何故お前が驚くのだ? イシュが心配ならば、アザレアへ行って様子を見て来るのが一番の解決方法ではないか」
しれっとそう言ってのけるミリアムに、ロザリアは「でも……」と迷う様子を見せる。するとマルクトが「あぁ、いいんじゃないかな」と言って、またロザリアを驚かせた。
「えぇ、いいんですか!?」
「行きたいなら気をつけて行っておいで。その代わり……」
マルクトは優しい笑顔でロザリアにこう言う。
「お土産忘れないでね」
「おぉ、それは大切なことだ。頼むぞロザリー、イシュにはそれ言い忘れてしまったからな。そうだな、カニが食べたい」
「ミリア、生ものはすぐ悪くなっちゃうよ。君がお腹壊したら大変だから、食べ物は日持ちするものをリクエストすべきだ」
「しかし私はカニが食べたいのだ。カニが恋しい。生きたまま持って帰れば何も問題無いだろう」
「ミリアはわがままだねぇ。じゃあロザリーには水槽持ってってもらわないと」
父と母の会話を聞きながら、この国大丈夫なのかなと、ロザリアはそんなことを真剣に思った。
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