第60話 前途多難過ぎる恋 17

 優しくて美人でかっこよくて可愛くて頼もしくて、と、彼女は自分の理想を具現化したような女性だとフィニアはしみじみ思う。


「あ、どど、どうぞ中へ。あの……」


 フィニアは立たせたままというのは悪いと思い、イシュタルを部屋の中に招く。部屋はいつも召使たちが綺麗に掃除しているので安心だ。


「うん、いいの?」


「は、はい、良いです!」


 フィニアに促され、イシュタルは部屋に足を踏み入れる。緊張しまくるフィニアが彼女に部屋中央のテーブル付近に置かれた椅子を勧め、イシュタルはそこに腰掛けた。フィニアもその向かいの椅子に腰掛ける。


「昼間は少しトラブルもあったけど、でもアザレアの街を見ることが出来て私はとても満足したよ」


 椅子に腰掛けるなりそう笑顔で言ったイシュタルに、フィニアはちょっと驚いた様子で彼女を見返す。いきなり話題を振られたので、フィニアは驚いて直ぐには返事が出来なかったのだ。しかし数秒後には大慌てに「そ、それはよかった!」と、手をバタバタさせるという意味不明で少々大げさなリアクション付きで返事を返す。


「私もその、ちょっと失敗してしまいましたが楽しかったです……えへへ」


 物凄い恥かしい失敗を好きな人に見られるのは、精神的ダメージが凄まじいということを今回身をもって知ったフィニアだが、それをいつまでもうじうじと引きずるのは情けない事だとも思う。なのでフィニアは自分を心配して様子を見に来てくれたイシュタルに、これ以上は心配させないように明るく振舞うよう務める事にした 。


「ほんと、コハクはしっかり者で、逆に私はよくドジやらかすんでコハクに怒られてばっかりなんですよ! あははっ!」


 明るい笑顔でそう言った直後、フィニアは自己嫌悪でまた軽く鬱になりそうになったが堪える。イシュタルはまだ少し心配そうな様子を見せつつも、「そうか」と微笑んだ。


「本当に私ダメダメで、ロットーにもいつも呆れられてばっかりなんですよね。ホント、全然似て無い兄妹で……」


「……少し、ロットーから話しを聞いたよ。フィニアとコハク王女のこと」


 イシュタルの唐突な言葉に、フィニアは驚いたように目を丸くしてイシュタルを見る。イシュタルは遠慮がちに優しく微笑んでフィニアを見ていた。


「コハク王女がフィニアに厳しくなってしまうのは、それだけフィニアのこと意識しているからだと私は思うよ」


「へ……?」


「私も昔、コハク王女くらいの時は姉に対してちょっと反抗したり、姉に対抗意識持ったりしたものだよ。でも今考えればそれは、それだけ自分は姉のことを意識して、自分より色んな意味で上の存在である姉を目標にしていたからなんだろうと思うんだ。兄弟姉妹っていうのは、一度はそういう時期があるよね。王女は意識してい なくても、無意識的にフィニアを尊敬していたり姉として慕っているからこそ厳しくなっちゃうんだよ」


 イシュタルは微笑んだまま「だからあまり落ち込まないで」とフィニアを励ます。優しい言葉に飢えてるフィニアは、イシュタルの励ましで思わず涙ぐんだ。


「王女はフィニアのことを好きなんだと思うよ……って、フィニア! ど、どうして泣いてるの?!」


 フィニアがまた突然ボロボロと涙を流し始めるので、イシュタルは慌てる。フィニアもイシュタルに突っ込まれるまで自分が泣いてるのに気づかなかったらしく、「あぁ、ホントだ! すいません!」と涙を拭いながらイシュタルに謝った。


「ご、ごめんなさい……あの、そんなふうに優しくされたこと無かったから、多分、つい……」


「え?」


「あぁぁ、すいません違います! ごめんなさい、私ちょっと涙もろくて……うぅ」


 悲しい本音がうっかり口からぽろりと漏れ、フィニアは慌てて訂正する。涙を拭きながら、フィニアは笑って「ありがとうございます」とイシュタルに言った。


「……そうだといいなって思います。ううん、そうですよね! イシュにそう言われると、なんかそんな気がして勇気付けられます!」


 フィニアはもう泣いておらず、明るい笑顔でイシュタルに返事を返す。そんなフィニアを見て、イシュタルも安心したようににっこり微笑んだ。


「あっ……にょ、あ……そ、そだ、コハクのとこ言ってちょっと今日のことも一回謝ってこよっかな……」


 イシュタルの笑顔に物凄い弱いフィニアは、また顔を赤くしながら動揺しつつそう呟く。そしてどこまでもヘタレな王女は、『これ以上彼女と二人っきりでいると緊張とか何かで頭沸騰する!』と真面目に危機感を感じて立ち上がった。


「コハク王女のとこに行くのかい?」


「ははは、はい! ちょっと様子も見に……」


「そうか。じゃあ私も一旦部屋に戻ろうかな」


「そそそそ、そですか。じゃあまたその、後ほど……」


「うん」


 イシュタルも立ち上がり、先に部屋を出る。フィニアもイシュタルを見送ると、まだコハクにブローチも渡していなかったしそれも渡そうと思い、ちょっとドキドキしながら妹に会いに行く事にした。




◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

gloria @yuzumone

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ