第14話 彼と彼女の出会いのお話 14

◇◆◇




「よっし、じゃ早速始めるぞ魔人召喚!」


 夜。

 群青に染まった夜空に、煌々と輝く白い月が美しい。そんな優しい月明かりが届かない怪しい城の地下室で、フィニアは古臭い闇色の魔術師衣装を身に纏って楽しそうに笑っていた。その側には眠そうに欠伸を噛み殺すロットーの姿。


「王女、なんか悪い魔法使いみたいですね」


 黒いローブ服を着て先端に紫色の宝珠のついた杖を持つフィニアは、なんかとても怪しくて胡散臭い悪い方の魔法使いにしか見えない。しかしフィニアが大きな魔法を使う時は、いつもこの伝統的な魔術師の格好で魔法を使うのだ。フィニアいわく『この格好だと大きな魔法使ってもあまり疲れない』らしい。


「ロットー、これは伝統的な魔術師の格好なんだって何回言ったらわかるんだよ。悪い魔法使いっていうか、昔の高名な魔術師はみんなこういう格好してたんだって」


「つまり昔の魔法使いはみんな悪い魔法使いだったと」


「なにがつまり、だよ。誰もそんなこと言ってないって。……っていうか、そろそろ本当に始めたいんだけど」


「あー、はいはい。そうですね、じゃあどうぞ始めちゃってください」


「……なんかさぁ……はぁ」


 ロットーのやる気無い姿が、フィニアはどうも不満らしい。「これからすごいことやってみせるってのに」とブツブツ言いながら、彼は先程描いた大きな魔法陣の中央に立った。ロットーはフィニアの邪魔にならないように、部屋の隅で彼の様子を眺めることにする。そしてふと彼は、『そういえば彼は魔人を呼んで一体何をする つもりなんだ』と、今更その疑問を思い出した。しかしそのことをフィニアに聞いてみようとしたが、フィニアはすでに魔人召喚の為の準備に入ってしまっている。豪華な魔法具を床に置きながら、フィニアは何かをぶつぶつと呟いていた。おそらく呪文の詠唱をしているのだろう。こうなると話しかけて邪魔をすると怒られてしま う。


(ま、いいか。どうせ王女のことだし、お腹いっぱいおいしいもの食べたいとかそんなお願いする程度だろう)


 ロットーはそんな適当なことを考えながら、フィニアの様子を見守る。実際のフィニアはもっととんでもないことを企んでいるのだが、常にフィニアの側にいる彼でさえもそれを予想する事は出来なかった。


 もう夜も遅いし早く寝たいなとか正直な事考えながらロットーが見守っていると、フィニアの呪文詠唱の声が少し大きくなって、ロットーの耳にもはっきりと声が聞こえるようになる。魔術に詳しくは無いロットーだったが、この呪文は聞いたことが無いなと思った。


「汝奇跡を呼ぶ者、汝流浪なる旅人、汝知恵の賢者、汝王威持つ者、怨嗟と幸福の狭間に生きる者に知恵と祝福と試練を与えよ」


 フィニアの詠唱に反応してか、魔法陣が淡い光を放ち始める。魔法陣が弱い白の光りに輝きだした頃、様子を見守っていたロットーも室内の空気が変わったのを感じた。


「堕ちた穢れの地を行き、儚き祝福の楽園を渡り、彼岸の花の咲く地を越え、探求者は蒼穹の果てに歓喜と祈りの謳を聞く やがて願いの声は謳と共に汝を呼ぶだろう」


 長い詠唱だった。フィニアは薄く額に汗を掻き、暗記したらしい呪文を一気に詠唱する。この舌噛みそうな長台詞をよく覚えられたなと、ロットーは妙なところでフィニアに感心した。

 やがて魔法陣の輝きが強いものとなり、風も無いのフィニアの衣服が大きく揺れ始める。術の完成は近かった。


「開け禁忌の園に立ちし聖域の門、我は願う者、古の刻より悠久を渡る英知の旅人よ、汝の名を欲し我は召喚の意思を伝える」


 吹き荒れる風のように、魔法陣からさらに衝撃波が溢れ出す。光りと共に荒れ狂うそれにフィニアは衣装と桃色の髪の毛を激しく揺らしながら、真剣な表情で残り少ない呪文詠唱を続けた。


「我の名はフィニア・ロイメルナ・アザレア、汝を……えーっと、ごめん後は忘れたからとりあえずお願いだから来てくれ、ゴエティアの魔人・セーレ!」


「はあぁぁぁ~?!」


 あんなに長々と難しい呪文詠唱を行っていたのに、フィニアは最後の最後で残りの呪文を忘れてしまったらしい。しかし呆れたような驚いたような様子のロットーが見守る中、フィニアの召喚魔術はそれでも無理矢理完成した。

 今までで一番強烈な白い輝きが魔法陣から飛び出し、ロットーは思わず小さく呻きながら目を瞑る。フィニアもなにか「うお!」とマヌケな悲鳴をあげて、目を瞑りしゃがみ込んだ。

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