第47話 前途多難過ぎる恋 4

 男性があまりにも大げさに騒ぐので、フィニアは「落ち着いて」と声をかける。それでも(一応)一国の王女と二人きりな状況に混乱する男は、全く落ち着く様子を見せずひたすら大げさに慌てた。


「うああぁぁすいません王女様、すいません!」


「う、うん……何を謝ってるのかはよくわかんないけど、それより鼻血出てるって。顔、すごいことになってるよ?」


「うええぁあぁあぁぁ、はなぢ?」


 フィニアが指摘し、男はやっと自分が鼻血を大量に出してる事に気がつく。自分の顔に手をあて、手に大量についた血を見て男は「うわあぁぁ!」とまた叫ぶ。なんだか忙しい人だなぁと思いながら、フィニアはハンカチが無かったので自分の羽織を脱いでそれで適当に男の鼻血を拭ってあげた。


「あああああぁぁ王女様駄目です! そんな、王女様の服が、血で、血塗れにいぃぃ!」


「いや、別にこっちは汚れたら洗濯するから気にしないで。それより騒ぐと寝てる人起きるし迷惑だと思うから、ちょっと静かにした方がいいと思うんだけど」


「ああぁうえあぁぁ、すいませんすいません……」


 自分もわりと駄目な奴だが、その上をいくだめっぷりを披露する男に、なんとなくフィニアは同情と親近感を覚える。とりあえずフィニアは男に名前を聞いた。


「あの、お名前は……」


「あぁ、はい! 僕はレジィです! 独身の二十六歳です、よろしくお願いします!」


 彼はボサボサな短い銀髪と青い目が綺麗で顔もなかなか整っている好青年風の男だが、登場から今までが見事な駄目っぷりだったためにフィニアは『顔はいいのにもてない部類の人だな』と勝手に判断して勝手に男に同情する。


「あぁ、レジィさん。えと、どうもよろしく」


「うわわわっ! そんな王女様が僕なんかをさん付けで呼ぶなんて! 駄目です、僕のことはいっそ『ドン臭いレジィ』とか『役立たずのごみレジィ』とか『そこの空気と同化しそうなあなた、存在感無さ過ぎて名前忘れてしまったけどどこのクズ野郎でしたっけ?』とかって呼んでください! そんなふうに呼ばれたら僕すごく興奮します! ……ああぁ、つい本音が!」


「……」


 それはもう王女様じゃなくて女王様じゃないかとフィニアは呆れつつ、でもなかなか面白い人だなとちょっと彼を気に入る。でもこんな人、自分は知らない。どういう用事で城にいるんだろうと、気になったフィニアはそれも聞いてみた。するとレジィはこう話す。


「僕、今回イシュタル王子と一緒にここに来たただのしがない騎士の一人です」


「イシュの? あぁ、なるほど」


 彼は今回イシュタルの護衛でついてきた騎士の一人だという。随分ラフな軽装だったので気がつかなかったフィニアだが、こんなちょっとマヌケな人でも騎士になれるらしい。フィニアはもしかしたら自分も騎士になれるかもとか、そんなことをちょっと頭の片隅で考えた。


「えへへ、早起きしたんで散歩してみようと思って歩いてたんです。そしたらびっくりなことに王女様に会えたんで、やっぱ早起きっていいことありますね」


 長らくまともに王女扱いされてないフィニアだったので、レジィのその言葉にちょっと嬉しくなる。こんな自分でもなんか雲の上の人みたいなふうに扱ってくれる人もいるんだと、フィニアは傍から見たら可哀相な喜び方をした。


「フィニア王女様もお散歩ですか?」


「うん、そう。早起きしたから、ちょっと歩いてたんだ」


「そうですか~、健康的ですね。それにしても、やっぱり広いお庭ですね。花もいっぱいで綺麗ですし」


「ウィスタリアのお城も広いんじゃないかな?」


「えぇ、広いですね。でもここほど花はありません」


「そうなんだ」


「ここは花がたくさんで癒されますね~」


 思わず軽い口調で話しをしてしまうほど、このレジィという男は雰囲気が穏やかと言うか、ほんわかしているというか、とにかくフィニアも初対面なのに緊張しないで話しをすることが出来た。


「ところで王女様、その、さっき服汚しちゃって……あのぅ……」


 また唐突にその話しをぶり返され、フィニアは苦笑しながら「だからいいって、気にしないで」とレジィに返す。


「で、でも……」


「メイドさんたちが綺麗にしてくれるよ、多分」


「うぅ、でも悪いです……あ、そうだ。あの、お詫びにこれを……」


 レジィは自分の服のポケットをあさり出し、そこから何かを大量に取り出す。それは飴やらチョコレートやらの小さなお菓子だった。


「うわ、いっぱいお菓子持ってんだね」


 お前のポケットは四次元に繋がってるのかと聞きたくなるくらい大量のお菓子をポケットから取り出したレジィに、フィニアは目を丸くし驚く。


「僕、甘いもの好きでいつもたくさんお菓子持ち歩いてるんです」


「ふーん」


 レジィは両手いっぱいに持ったお菓子を「どうぞ!」と笑顔でフィニアに渡す。ちょっと持つのが大変で微妙に有り難迷惑だったが、フィニアは一応笑って「ありがとう」と受け取っておいた。


「それじゃ王女様、僕はこれで失礼します!」


「うん、またね。転ばないように気をつけてねー」


 フィニアが笑顔でそう返すと、レジィは照れたように笑って小さく手を振る。そして背を向けた彼は三歩ほど歩いたとこで、また派手にすっ転んだ。




◇◆◇

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