第46話 前途多難過ぎる恋 3

◇◆◇




 コハクがいつもどおり城の庭園で朝の散歩をしていると、彼女は庭園の隅でイシュタルの姿を見つける。イシュタルは軽装で、一人で細身の剣を振るっているようだった。訓練だろうかと、コハクは彼女に近づく。


「おはようございます、イシュタル王子」


「あぁ、コハク王女。おはよう」


 イシュタルは手を止め、コハクに微笑んで挨拶を返す。やはり剣術の訓練をしていたらしく、彼女は額に薄く汗を浮かばせていた。


「剣の稽古でしょうか?」


「うん。一日でもサボると、私の場合すごく腕が鈍ってしまうんだ。だから少しでも剣を振っておかないとと思ってね」


 イシュタルのその返事に、コハクはいたく感心した様子で彼女を見返した。


「強くなる努力を惜しまないのですね」


「強くなるというよりは、守りたいものを守れる存在になりたいから、その努力かな。それがウィスタリアの騎士道精神でもあるしね」


「まぁ……」


 爽やかに笑って答えるイシュタルの姿に、コハクは感心を通り越して尊敬と憧れの念を抱く。なんてかっこいい方なんだろうと、ろくでもない兄と比較にならない蒼の王子様にコハクは胸が高鳴るのを感じた。揃ってイシュタルにときめきを感じるとは、さすが兄妹である。


「本当に王子は素敵な方ですね。……あの馬鹿兄とは大違いですわ」


「え?」


「あ、いえ、なんでもありません!」


 コハクは曖昧に笑って誤魔化し、そして思いついてイシュタルにこんなことを言った。


「王子、私に剣の扱い方を教えてくださいませんか?」


「え?」


 唐突なコハクのお願いに、イシュタルはちょっと戸惑う。コハクは彼女にこう説明した。


「実は私、マリサナを見てて常々剣で戦う女性はかっこいいなと憧れていたんです。それでたまにマリサナに剣術を教えて欲しいと頼んでいたのですが、マリサナったら『コハク様は私がお守りしますから、剣術を習う必要はありません』って返事ばかりで取り合ってくれないんです。ほんと、マリサナは過保護すぎですわ」


「それで私に剣を?」


「はい。駄目でしょうか?」


 コハクの頼みにイシュタルはちょっと迷う。剣は武器だし、扱いを間違えれば自身が怪我をする。危険な気がしたのだ。しかしコハクがあまりに必死にすがる目をして自分を見つめるので、イシュタルも断りきれずに「じゃあ、少しだけなら」と返事をしてしまった。


「本当ですか!」


 途端に物凄い笑顔になるコハクに、イシュタルは苦笑いする。一応もう一度「少しだけですよ」と前置きするも、随分やる気満々になってしまったコハクを見て、これはもしかして”少し”では済まないんじゃないかとイシュタルは思った。




◇◆◇




 結局部屋に戻らず朝の散歩に繰り出したフィニアは、コハクたちのいる場所とは少し離れた庭園の噴水前で、朝の澄んだ空気をめいっぱい吸ってご満悦の表情をしていた。


「あ~、たまに早起きするとやっぱ気持ちいいな~」


 長く不健康な生活を送っていたフィニアなので、朝早く起きるという規則正しい行動が新鮮に感じられる。そんな感じで心から早起きを満喫してると、突然後ろの方で「わあっ!」という男の悲鳴が聞こえてきた。


「ん?」


 フィニアが不思議に思って後ろを振り返ると、背の高い細身の男性が一人うつ伏せに倒れていた。もしかしなくても転んだのだろうか。


「あ、大丈夫ですか?」


 いい年してそうな大人の男がまぬけにすっ転んだ光景を見て、何か居た堪れない気持ちになったフィニアは、男性の元に駆け寄りしゃがんで声をかける。すると男性は鼻血出てる顔を上げ、「うわぁ、王女様だ!」とフィニアを見て驚いた。自分を見てこんな驚かれた経験がないフィニアは、どう返事したらいいのかわからず「はい、王女です」と妙な返事を返す。すると男性は今度は、「うわあぁ、王女様と僕今話ししてる!」と、こっちもこっちで妙なことを叫んだ。


「あの……」


「うわあぁぁ、どうしよう! 本物だ! フィニア王女?!」

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