第52話 前途多難過ぎる恋 9
しばらく考えた後、コハクはブローチを元の場所に戻して「こちらを買います」と言う。ネックレスを選び、ブローチは諦めたらしい。コハクはさっさと店主の男にお金を払い、ネックレスを購入した。
「こちらのブローチも可愛いけど、今日は諦めます。また機会があるときに見つけたら買います」
そう言ってコハクはネックレスを大事そうに抱え持つ。フィニアはコハクが慣れた様子で買い物したことに驚きつつも、今がコハクに対して自分の株を上げるチャンスなのではと思い「じゃあそのブローチは私が買ってあげるよ!」と張り切って言う。そしてコハクに速攻で「結構です、お姉様」と切り捨てられた。
「え、遠慮しなくてもいいんだよ?」
「遠慮なんてしていませんわ。お姉様のお金はお姉様の欲しいものに使ってください」
フィニアに遠慮しているというよりフィニアに借りを作りたくない的なものを感じるコハクの態度に、フィニアはがっくりと肩を落としてへこむ。フィニアの脳内ではこの後『いいんですか? ありがとうお姉様大好き!』な展開が始まる予定だったのだが、当然のようにそんな展開は起きなかった。
「それよりイシュタル王子、私あちらの広場の近くで美味しいお菓子のお店があると以前召使の女性から聞いたんです。行ってみませんか?」
「わあ、美味しいお菓子食べたいです~!」
「そうだね、じゃあ皆で行こうか」
イシュタルはコハクに小さな声で「案内をお願いします、コハク王女」と言う。コハクは嬉しそうに返事をし、皆は彼女の後に続いて広場方面へ向かった。
美味しいと評判の甘味処で、フィニアは席に座り悩んでいた。もう時間はお昼過ぎ、自分はイシュタルともコハクともろくに距離を縮められず、何をしているんだろう。親密になるために使えるこの二時間くらいを丸々無駄にした気がして、彼女は美味しそうないちごのケーキを前に難しい顔をしていた。
「フィニア、もしかしてやっぱり具合悪いのかい?」
「え?」
いちごのケーキに手をつけないフィニアを心配したらしいイシュタルが、フィニアの顔を覗きこむようにして「疲れてる?」と聞く。自分の正面に座っていた彼女の顔が近づくと、それだけでフィニアは心臓がバクバクと激しく脈打つ。
「いえ、だだだ大丈夫なんですけど、えっと……あ、こういうお店初めてだから緊張してるんです多分」
自分でも何答えてるのかよくわからなくなりながら、フィニアはそうイシュタルに返事する。そして直後に個人的にそんなに甘いもの好きなわけでもないので、ちょっと美味しそうなケーキだけど生クリームこんなにいっぱいだと食べるのきついかもとか、今更フィニアはそれにも悩む。しかし可愛い妹がすすめたお店のケーキだ 、ここで食べなきゃ兄じゃない! と、空回り兄貴のフィニアは胸焼け覚悟でケーキを食べ始めた。
「うわわわわぁ、あまい~……」
「はい、甘くておいしいですねぇ~」
明らかに自分とテンション違うフィニアの感想に、メリネヒが笑顔で相槌を打つ。イシュタルも含め、マリサナ以外の女性陣は美味しそうに甘味類を味わっていた。
「マリサナは食べないの?」
フィニアが聞くと、紅茶のみ頼んだ彼女は「仕事中ですから」と笑って答える。コハクが「そんなの気にしなくていいですのに」と言うも、生真面目な彼女は曖昧に笑って「いえ」と断った。ちなみに彼女同様王女たちの護衛が仕事のロットーや騎士二人は、店の外でフィニアたちが食べ終わるのを待っている。フィニアも外で待 っていたい気分で、甘い甘いケーキを頑張って頬張った。
甘い甘~いケーキを食べ終わったフィニアは、ますます具合悪そうな顔になる。元々あまり体調が良くなかったが、ケーキでトドメをさされたらしい。なんだかこの甘ったるい空間を出て外の空気を吸いたくなった彼女は、イシュタルたちに「ちょっと外に」と言って席を立とうとした。
「フィニア、どうしたんだい?」
「あ、えっと……やっぱりちょっと疲れちゃったみたいです。外の空気吸ったら気分よくなるかも」
イシュタルが心配そうに聞いてきたので、フィニアはなるべく心配させないよう微笑んで答える。しかしもう今にもケーキが口から逆流しそうな感じで、微笑んでる場合じゃない。出来れば今すぐこの甘い空間から逃げ出したかった。
「大丈夫? 私も一緒に行こうか?」
優しいイシュタルらしい反応に嬉しさを感じつつも、下手すりゃゲロる今の状態で彼女と一緒なのはまずいと、フィニアは「いいえ、外にはロットーもいるし大丈夫です」と返事する。そして大好きな彼女の前で醜態を晒すわけにはいかないと、フィニアはイシュタルの返事を待たずゲロる前に逃げるように店を出た。
「あ、フィニア……」
そそくさと店を出たフィニアを、イシュタルは心配した様子で見送る。「本当に大丈夫かな?」と彼女が呟くと、コハクが「平気ですわ」と答えた。
「お姉様も言ってましたが、外にはロットーがいますし。彼はお姉様のことよく知ってますからちゃんと面倒みてくれます」
「……そうか」
まだ少し不安なイシュタルだったが、自分のケーキがまだ残っていたのでとりあえずそれを片付ける事にした。
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