第50話 前途多難過ぎる恋 7
「イシュタル王子はこれ知ってますか? 今アザレアで流行っている、恋のおまじないなんです」
「へぇ、知らないな。どういうものなんだい?」
「はい、えっとですね……」
コハクとイシュタルは二人で露店の前で盛り上がっている。一方でなんだか話の輪に入れないフィニアは、はらはらしながら二人の後ろで様子を窺っていた。ロットーとマリサナも自分たちの立場を理解しているので口出しはしないが、でも内心でこれはどうなるのかと不安げな様子でコハクたちを見ている。
「そうだ、フィニアはこれ知ってるの?」
「ふへ?!」
イシュタルが突然フィニアに話しかける。話題はコハクの教えていた”恋のおまじない”というちょっとしたおもちゃの魔道具のことなのだが、勿論流行のことなど知らないフィニアはコハクの怖い視線を見ないふりで「いいえ、すいません」と答える。
「お姉様は流行り物に疎いので知らないんですわ」
「そ、そのとおりです……」
コハクの言葉に何も言い返せないし言い返す気も無い情け無い兄は、うな垂れながら返事する。するとイシュタルは「じゃあ私と同じだ。一緒にコハク王女の説明聞こう」とフィニアに言った。
「……お姉様はこういうのに興味ないと思うので、説明聞く必要はないんじゃないでしょうか」
「でもコハク王女は説明がすごく上手だし、お姉さんにも説明してあげたらどうかな? きっとフィニアも興味持つよ」
「まぁ……王子がそう言うなら」
イシュタルに説得されて、コハクは渋々フィニアも交えて話をする。フィニアは妹にかまってもらえて嬉しいらしく、コハクがイシュタルをどう思ってるのかとかそういう問題を一瞬で忘れて、笑顔で彼女の話しを聞いた。
一方フィニアたちの様子を眺めるロットーとマリサナは、フィニアがコハクに対して強く出れないことに溜息を吐く。
「王女、コハクちゃんが弱点って言っていいほどコハクちゃんに弱いよなー。あれじゃマジで王子様をコハクちゃんに取られちゃうんじゃないか?」
「……コハク様は本当にイシュタル王子に好意を抱いているのかしら? もしそうなら、今回のフィニア様と王子の見合いは……どうなるのか心配ね」
「それ以前に色々問題ある見合いだからな、今回は。コハクちゃんの問題プラスで、さらにややこしくなった感じだよ」
「え?」
まだ微妙に事態を把握し切れていないマリサナに、ロットーは「いや、王子も色々と大変らしいよ」とだけ説明しておく。それにしても王族が性別偽ってるなんてことがこのアザレア以外にもあったなんて、そのことにロットーは今更ながら驚いていた。
フィニアたちはしばらくぞろぞろと街を見て回る。
コハクが積極的にイシュタルに街を説明して歩き、フィニアは妹の大活躍を見て『自分やっぱいらない子じゃないか』とへこみながら、時折イシュタルが話しかける話題に脳みそフル回転で何とか「うん」や「はい」以外の会話が発展しそうな返事を返す。そんな様子で一時間が経とうとしていた。
「うぅ……頭使って必死に会話してたからか具合悪くなってきた……」
引きこもり王女だったフィニアは、必死に会話続けたことで脳みそ使いすぎて嫌な汗を掻いて具合悪そうな顔をしている。どこまでお前は駄目野朗なんだとロットーは呆れつつ、「王女、ちょっと休みますか?」と小声でフィニアに聞いた。しかしフィニアは「いや、大丈夫」と首を横に振る。
「これくらいでへこたれてちゃイシュに嫌われると思うから頑張る」
「頑張るのは王女の勝手なんでいいんですが、倒れないでくださいよ。体力無いんだから」
「う、うん……それにしてもコハクもイシュも元気だなぁ」
全然疲れた様子も無く店を見て回るイシュタルたちを見て、フィニアは感心したように息を吐く。
「王女は元々暗い地下で本ばっか読んでたから体力無いし、長年ろくに人と会話してなかったのに今になって急に頭使って必死に会話しだしたから、そのせいで倍速で人より疲れるんですよ。これをいい機会に、これからは基礎体力作りと人とコミュニケーション取る練習したらどうです?」
「そうだね……そうするよ。ホント、もう少し自分もコハクみたいにお喋り上手で社交的で元気だったらなー」
フィニアの目にはコハクとイシュタルがすっかり意気投合して仲良くなり、とても楽しそうに並んで歩いているように映る。そしてそれが彼女には羨ましかった。
「……フィニア、どうしたの? 疲れてる?」
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