第3話 彼と彼女の出会いのお話 3
◇◆◇◆◇◆
「ではさっきの地下書庫の騒ぎは、あの変態……いえ、お兄様が書庫で生き埋めになりかけたのが原因だったのですか?」
王家の血を引くことを示す桃色の髪と紅い瞳の少女が、かなり不機嫌そうな様子でそう確認するように問う。彼女の前に立つ背の高い褐色肌の女性は、ちょっと困ったような笑みを浮かべて頷いた。
「それでお兄様……いえ、フィニア王女は無事です。ロットーが早くに見つけて助け出したので、怪我も無く……」
「それは残念です。そのまま生き埋めになってしまえばよかったのに」
少し幼い印象のある少女は腰まで伸ばした桃色の髪を二つに分けてサイドで結んでいるが、彼女が機嫌悪そうに顔を背けるとその髪の毛の束が軽快に揺れる。ひどく不機嫌そうに「本当に残念ですわ」と言う彼女に、彼女の護衛役であるマリサナは苦笑いしながら「コハク様……」と呟いた。
「コハク様、コハク様がお兄様をお嫌いになっていることは理由も含めて重々承知しているつもりです。ですがその、さすがにご冗談でもそういうことは……」
マリサナの言葉に、アザレア国のもう一人の王女であるコハクは、薄い桃色のドレスを翻してマリサナに背を向けた。
「冗談ではありません。私は本気であれが生き埋めになればよかったのに、と言いました」
「コハク様……」
マリサナは本当に困ったように首を傾げ、紫色の瞳を細めてコハクの後ろ姿を見つめる。小柄な少女は護衛に背を向けたまま、兄と母によく似た大きな紅の瞳に不機嫌の感情を宿して「だって嫌いなんですもの!」と言った。
「マリサナにはわからないでしょうね! あんな毎日暗い地下に引きこもって本ばっかり読む根暗で男のくせにひょろくて、それで女装趣味があって馬鹿で不潔で変態な兄を持ってしまった私の気持ちなんて!」
何一つ間違ってはいないけれども、でも色々勘違いしている気もしなくも無いコハクの訴えに、マリサナはとりあえず「フィニア王女も色々ご事情が……」とフィニアのフォローをすることにする。
「この国では王家に生まれた男児は災いの象徴と呼ばれ、本来は生まれてくることも許されない存在です。ですがコハク様のお母様、カレラ王妃様はフィニア王女を失いたくなかったので苦肉の策として、フィニア王女を女性として偽り育てる事で……」
「そんなこと私も知ってます! でも知っているけど、どうしても私は許せないんです!」
コハクは勢いよく振り返り、少し泣きそうな目でマリサナを睨みつける。
「確かにお母様にとってあの変態は、私と同じお腹を痛めて産んだ大切な子供でしょうね! お母様が変態兄を庇うのも無理はないと思います! お母様があの変態を生かすために、お父様と苦労して周囲の者達を説得したという話しもじいやから聞いていますし……でも、だからこそ!」
コハクは拳を強く握り締め、「だからこそ兄を許せないんです!」と声を搾り出して言う。マリサナはただ黙ってコハクの言葉を聞き続けた。
「お母様とお父様が苦労して生かしてくれたのに、それなのに兄は二人の苦労に報いることなく、地下にひきこもって毎日怪しげな魔術書読み漁る根暗になったんですよ?! 小さい頃の女装した兄も結構精神的にきつかったですけど、今も今であんな有様で……私、どうしてもあの変態駄目兄が許せませんし好きになれませんわ」
コハクはそれだけ言うと、再びマリサナに背を向ける。マリサナが「コハク様、どこへ?」と問うと、彼女はちょっと涙声で「部屋に戻ります」と答えた。
「しばらく一人になりたいので、誰も部屋に入れないでください。あと兄には今度本に埋まったらそのまま埋まり続けて二度と私の前に現れるな、とでも伝えておいてください」
「……は、はい……」
コハクは足早に自室へと向かう。残されたマリサナはその場にしばらく立ち尽くし、コハクの伝言をフィニアに伝えるべきなのかどうか真剣に悩んだ。
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