第25話 彼と彼女の出会いのお話 25

◇◆◇




 アザレアでは病弱どころか健康そのものなフィニアが、だけど久々に着たドレスで意識を失いそうになっていた。


「げぇ、苦しい……お腹苦しい、ロットー……助けて……」


 お見合いの日に着る為の、深紅の絹生地で縫い上げられた目に鮮やかなドレスをメイドたちの手を借りて着てみたフィニアだったが、やはりウエストを細く見せるためにお腹をコルセットでぎゅうぎゅう締め付けられたらしく涙目でロットーに助けを求める。ロットーは彼女の苦しみには興味ないらしく、とりあえずドレス姿を褒 めていた。


「あ、王女綺麗ですよ。ドレス似合う。なんか顔色悪いけど」


「苦しいんだってば……い、息出来ない……」


 側で王妃が「慣れれば平気ですよ」と笑顔で言っていたが、正直フィニアは慣れる気がしないと思った。物凄く息が苦しいのだ。


「っていうかなんでこんな締め付けるの?」


「それは腰を細く見せ、胸を強調するためですよ王女。女性の美しさを見せるため、とお答えすればわかりやすいでしょうか」


 フィニアの涙目な疑問に、メイド長らしき中年の女性が答える。フィニアは「女性ってなんでこんな苦しい思いまでして綺麗に見られたいの?」と、本気で不思議そうに呟いた。


「ねぇ、せめてもう少しコルセット緩めてくれない? ご飯食べれないよ、これじゃあ……」


「仕方ないですね。では……」


 メイド長は溜息を吐きながら、ロットーに「後ろ向いててください」と言って、フィニアの涙の訴えを叶えてあげる。コルセットがちょっと緩くなったとき、フィニアにはメイド長の女性が慈悲深い聖母に見えたとかなんとか。


「……はぁ。まだちょっと苦しいけど、でも助かった……」


「そんなに苦しいんですか? そのコルセットって」


 暢気なロットーの一言に、フィニアは「お前にもこの地獄の責め苦を味わわせてやろうか」と怖い顔で言う。ロットーは「いえ、俺女装する趣味無いんで遠慮します」と、笑いながらフィニアに返事した。


「さて王女、次はその言葉遣いを直していただきます」


 お見合い用のドレスは用意できた。次はフィニアのとても王族とは思えない言葉遣いと態度を直すべきと、メイド長が言う。フィニアが「えー」と予想通りの反応を返すと、王妃が彼女にこう言った。


「フィニア、駄目ですよ。女の子はもっとおしとやかな言葉遣いじゃないと」


 今まで城の中でなら自由に振舞っていいと言われ立派に王族とは思えない自由人に育ったフィニアだが、さすがにこんな言葉遣いでお見合いするわけにもいかないので、王妃はこの城一教育熱心かつ厳しいことで有名なメイド長に、彼女へ王族としての立ち振る舞いその他を徹底的に教育するよう頼んでいたのだ。フィニアは怖い 顔で迫るメイド長を見て、今度は彼女が地獄の悪鬼に見えたとかどうとか。


「えぇー、言葉遣いくらいなんとかなるよ。私、って言えばいいんだろ?」


「だろ、じゃありません。せめてでしょう? とおっしゃってください」


「……自分のことは私と呼べばよろしいのでしょう?」


 フィニアなりに精一杯頭を使い、丁寧な言葉遣いを心がけてみる。さぁこれで文句はないだろう! と自信満々のフィニアにメイド長は満足そうに頷き、「いいですね、では次は王女として気品ある歩き方を教えましょう」と問答無用に言い放つ。しばらくは彼女から解放されそうもないことを悟り、フィニアはまた泣きそうにな った。




◇◆◇




 それは日の光が暖かい、穏やかな陽気の日だった。

 陽光が降注ぐ城の裏庭に、二つの小さな影が仲良く並ぶ。少し遠くでは、幼い二人の子供を召使たちが数人微笑ましそうな笑顔で見守っていた。


 どこにでもいるような、幼い兄と妹の二人のあるひと時の光景。


「おにいちゃま、ご本よんで」


「いいよ。なんの本?」


 少女の小さな手が、持っていた一冊の本を兄に手渡す。それは少女が大好きな絵本だった。兄はそれを見て笑う。


「コハク、ほんとにこれ好きだね」


「うん、すき」


 二匹の小熊の絵が表紙に描かれた本を受け取り、兄は本の表紙をめくった。そして一ページ目を、妹の為に読み聞かせる。


「こぐまのくーたんとまーちゃんは、とてもなかよしのきょうだいです。いつもふたりはいっしょです。ごはんをたべるときも、あそぶときも、ねるときもふたりはいっしょでした」


 もう何回と読み聞かせた本の内容を、兄は妹の為にゆっくりと朗読する。妹は嬉しそうに絵本を覗き込みながら、兄の声に耳を傾けていた。


 暖かな陽気の日の出来事だった。





 目覚めると、何故かうっすら目に涙が浮かんでいた。

 よく覚えていないけれども、なにか悲しい夢でも見ていたんだろうか。


「……幸せなゆめ、だった気がするんだけど……」


 そう呟き、フィニアはまた目を閉じる。今ならまだ夢の続きが見れるんじゃないかと、そんなことを思いながら彼女は睡魔に身をゆだねた。




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