第8話 彼と彼女の出会いのお話 8
「アザレアは今まで大掛かりな侵略も無く、比較的平和な国として歴史を紡いできた。しかしこれは単に運が良かっただけなのかもしれん」
王が真剣な顔つきでそう語る。王妃も「私もそう思います」と、王の言葉に頷いた。
「確かに。……城を守る兵も小数ではありますが、存在します。しかし数が少ない。あくまで王家を守る程度にしかいない兵士たちでは、国を狙う他国からの攻撃には対処しきれないでしょうな」
「そうだ、オリヴァード。だから俺は考えたのだ。国を守る力として、他国の力を借りたいと思う」
「他国の?」
訝しむオリヴァードに、王は「そうだ」と強く頷いてみせる。
「今から国を守る戦士を育てても時間がかかるし、何よりこの国は魔術に関しては強いが兵士育成はあまり得意ではない」
「そうですな……しかし一体どこの力を借りようというのです? 変に野心のある国などと手を組めば、逆に自国が食われますぞ」
「わかっている。俺はエドゥナー大陸の東、ここからは西だな、ウィスタリアの力を借りたいと思うのだ」
「ウィスタリアですと?」
ウィスタリアといえばここから西に海を渡れば直ぐの、中央大陸東の強国。騎士の国として、資源豊かな国として、また戦女神を信仰する国として有名である。
「ウィスタリアですか……確かにあの国ならば、我が国を悪い方向に利用するということも無いでしょう。誇り高き戦女神を信仰する聖王国ですしな」
オリヴァードの言葉に王妃が頷き、「それにあの国はとても頼もしい騎士の国ですから」と付け加える。けれどもオリヴァードは、二人の話を聞いてとても不安げな顔となった。
「王、申し訳ないがそれは現実的な話ではないと思いますぞ。あのような強国、こちらのような小さな島国を相手にするとは到底思えますまい。あちらはもっと大きな国を相手にするでしょう」
しかしオリヴァードの忠告めいた言葉に、王は不敵な笑みを返す。
「それが聞いて驚くなオリヴァードよ。今回のフィニアの見合い相手だがな」
「? ……ま、まさか」
王の意味ありげな笑みに、オリヴァードは察する。
「そう、そのまさかなのだ。先日使いを向かわせてウィスタリアの王に話をしたところ、是非うちのフィニアとあちらの王子イシュタル殿を見合いさせたいと喜んで話にのってくれてな」
「すごいですよね~。イシュタル王子と言えばあの剣の達人でかっこいい蒼の王子ですもの」
「イシュ……えええぇぇぇぇぇぇっ!?」
老人は叫んで、興奮のあまりぶっ倒れそうになった。
◇◆◇
一方こちらはウィスタリア。
「そういうわけでイシュを近くアザレアに向かわせようと思っている」
「はぁ……」
現ウィスタリア女王、つまり自分の母親のいきなりな話を聞いて、娘のロザリアは呆気に取られた顔で首を傾げた。
「王、えっと……それはつまりイシュタルとアザレアの王女と見合いさせるということですか?」
「そういうことだ」
輝く銀の甲冑に身を包んだ女王は、威厳ある態度でとんでもなくぶっ飛んだ事を言い切ってみせる。
「王……いえ、今はあえてお母様と呼ばせていただきますね。あのお母様、イシュタルは女の子なんですけど……そのことお母様、もしかして忘れちゃったとか……」
イシュタルの姉であるロザリアは、イシュタルによく似た美貌の容姿で困った顔を見せる。母親も母親でまた娘たちとよく似た美人で、こちらは少し不機嫌そうな表情になって「私を馬鹿にするでない、ロザリー」と娘を窘めた。
「えー……でもですよ、お母様。あの……イシュタルと王女が見合いして、もーしも結婚したとしても子供できないですけど、それは問題ないのでしょうか?」
アザレアのフィニアが女性だと思っているロザリアは、「そもそもイシュタルが男じゃないと知ったら見合い断ると思うんですけど」と首を傾げる。しかしこの女王もどこぞの王と同じで、変に堂々と「その時はその時よ」とかのたまった。
「その時はその時……お母様、見合いさせる気無いのですか?」
「いや、あるぞ。なにせアザレアは我が国に知識の足りない魔術に精通する国だ。仲良くなって損は無いし、あの国に我が国の港を開くことが出来れば航路の幅が広がる。そういう理由で、こちらとしても是非仲良くなりたい」
武器を持ち戦う戦女神を信仰する宗教国であったために、一時期ウィスタリアでは魔術は異端の力とされて認められなかった時がある。しかしその後戦女神のもう一つの顔が魔術に長けた知恵の神だという神話の解釈がされ、それ以来ウィスタリアも魔術を認めるようになった。けれども魔術を禁止していた時期が長かったため、 他の国よりも魔術の発展や知識は遅れているのは認めざるを得ない事実。
「あの国も我が国の騎士の力を求め、是非自国の力になってほしいと言ってきた。互いに力を貸し合おうというわけだ」
「それにしても、その……イシュタルはどうなんですかね」
「まだ話をしていないのでなんとも言えぬな。まぁしかし、大丈夫だろう」
今城にイシュタルはいない。北の森から騎士たちとともに訓練を終え帰ってきたとき、弟……じゃない、妹がどんな顔でこの話を聞くのか、ロザリアはかなり心配になった。
「う~ん、心配です……イシュタルショックで倒れないといいんですけど」
「大丈夫大丈夫、何とかなるだろう。何せ見合い相手のフィニア王女はおと……」
「え?」
「あぁいや、なんでもない」
女王はうっかり漏らしかけた大切な事実を、面白い話なのでロザリアには秘密にする。勿論彼女はイシュタルにも、この話は内緒にするつもりだった。
そう、フィニアが男だという話を。
◇◆◇
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