第6話 彼と彼女の出会いのお話 6
ウィスタリアの王子・イシュタルは、今日も朝から自室で一人うんうん言いながら悩んでいた。
「う~ん、どうしてこうも育つものなのか……」
世間一般には男性と偽っている彼女だが、実は女性。しかし長身と中世的な美貌の顔立ち、低めに意識した声で自分の真実を知らぬ者には完璧に男性を演じていた。
そんな彼女は男装をするうえで、自分の体である悩みを抱えている。
「私には邪魔なだけなのだがな、この胸は」
彼女が朝から悩む原因は、その母親譲りの豊満な胸。姉も豊かな胸を持っていたが、悲しいことに男装をしている自分の方が胸が大きい。普通の女性ならば喜ぶべきことなのだろうが、しかし男と偽って生きている彼女には邪魔な困りものだった。
今日も彼女は朝からその大きな胸の周りにぐるぐると布を巻き、胸を潰す作業を始める。
「く、るしい……女性はドレスを着る時コルセットをするので苦しいと聞くが、これと同じようなものなのだろうな……」
時折姉のロザリアが自分に『ドレスは地獄の責め苦のような締め付けが苦しいので着たくないんです。正直甲冑の方が重いだけだから楽ですね』と言っていたのを思い出し、イシュタルは何故か何となく笑ってしまった。
そうして胸を潰し終えたイシュタルは、自分の瞳の色に似た濃い蒼の上着に手を通し、腰まで伸ばした長く真っ直ぐな水色の髪を後ろで一つに纏めて白いリボンで縛る。大体身支度が終わった頃に、部屋のドアを控えめに叩く音が聞こえた。
「王子、あの~」
少し間の抜けた呼びかけは、イシュタルの付き人であるメリネヒだろう。まだ若く少しおっちょこちょいな所がある彼女は、イシュタルの秘密を知る一人でもある。
「あぁ、入っていいよ」
イシュタルがドアの向こうに向けて優しく声をかけると、丸いレンズの眼鏡をかけた女性・メリネヒが「はいぃ、失礼します」と言いながらドアを開けた。
「王子、あぁ今日もかっこいいです~」
「ははは、ありがとうメリネヒ」
メリネヒのうっとりした様子の賛辞を、イシュタルは苦笑いしながら受ける。そして彼女は「今日の予定はなんだっけ」とメリネヒに聞いた。
「あぁぁ、予定ですね。はい、え~っと……本日は第三騎士団の稽古をお願いしたいと女王陛下が~」
「そうだった。たしか北方のオリエンダの森で訓練を、と言われていたね」
メリネヒが金色の巻き毛を揺らし、イシュタルの言葉に「はい!」と何度も首を縦に振って頷く。イシュタルは「すぐに準備をするから、君は先に騎士団のところに行っていてくれ」と言った。
◇◆◇
こうしてまだこの二人、アザレアのフィニアが懲りずにまた地下書庫で魔術書を読み漁り、ウィスタリアのイシュタルが自国の騎士を強化している頃、この両国の王たちはそれぞれに二人には内緒でこんな話をしていた。
まずは紅の国・アザレアではこんな話が。
「フィニア王女に見合いさせるとは正気ですかな、王よ」
王の相談役として城に長く仕える老人オリヴァードは、アザレア国王の正気とは思えない言葉に一瞬自分より先にこいつボケた? と思った。が、安心したことに国王はいたって正気だった。
「あぁ、正気で言っている。あいつももういい年だしな」
「ですよね~」
「はぁ……」
王と王妃が仲良く笑顔で頷きあう。オリヴァードは「しかし王、王女はその……」と恐る恐る声をかけた。
「コハク王女はともかく、フィニア王女はまずいのではないかと」
「何故だ? フィニアこそ結婚してもよい歳ではないか」
「そうですわ、オリヴァ。あの子はもう十八なのですから」
陛下たちのすっとぼけた態度に、オリヴァードは思わず「歳の問題ではないですぞ!」と声を張り上げる。まだまだ現役に元気な老人オリヴァードは、すっとぼける王と王妃に「そうではなく、フィニア王女は男ですよ!」と言った。
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