第5話 彼と彼女の出会いのお話 5
「なにそれ……兄の俺なんて『顔も見たくないんだから馴れ馴れしく名前呼ばないで』とか言われてるのに……」
フィニアはちょっと泣きそうな顔でロットーを羨ましそうに見つめる。恐ろしく駄目兄貴なフィニアに、ロットーは苦笑いするしかなかった。
「えーっと、それで……そうそう、コハクちゃん」
「や、やめろ! 俺の前でコハクちゃんとか言わないでくれ! なんか羨ましくて泣きそう!」
「……じゃあコハク様って呼びますよ。んで、相変わらずコハク様はフィニア王女を全力で嫌ってるようですね。なんかマリサナが言うには、さっき王女が本に生き埋めになりかけた事に対して『一生本に埋まってろ』的なこと言って怒ってたとかなんとか」
「うぅ……」
ロットーの言葉にフィニアはがっくり肩を落として「コハク、そんなに俺のこと嫌いなのか……」と寂しそうに呟く。わかりきっていた事実ではあるが、それにしても自分は随分妹に嫌われているなと、フィニアは溜息をついた。
「はぁ~……俺はコハクのこと、普通に妹として好きなんだけどね」
ベッドの上で深く溜息を繰り返しながら、フィニアは窓の外に視線を向ける。今日は天気が良い。深い青の空と白い雲、緑広がる外の光景はとても気分晴れやかになる美しい光景なのだが、しかし今のフィニアの落ち込んだ気分はそんな光景を眺めても上向く事は無かった。
「……やっぱり、はやく魔人召喚を成功させるしか……ないかな」
「え? 王女、何か言いました?」
「ううん、なんでもない。独り言」
◇◆◇
ウィスタリア聖王国はエドゥナー大陸の東に位置する大きな騎士の国だ。王も自ら剣を持ち戦う、世界の強国の一つである。
領土の境界は険しい山脈が連なっており、過去の歴史で幾度も隣国のスプルースやシオウに侵略を受け、その境界の山脈で激しい攻防を繰り返してきた。ウィスタリアは金が採掘される鉱山が多く資源が豊富な土地の国なために、他国からその豊富な金の出る土地を幾度も狙われ侵略を受けてきたのだ。ゆえにウィスタリアは国を 守る為に、強い騎士の国として成長していった。
大陸に伝わるオリヴェイト神話の神の一人・戦女神グロリアを強く信仰する国のウィスタリアは、代々王家の女性が王を務める女王国家の聖王国でもある。
ウィスタリアは大昔、この地域一帯の小さな国同士が争っていた時代に、ある小さな国の女騎士が小数の騎士部隊を率いてその戦乱を次々治め、やがて彼女が争っていた小さな国たちを一つに統一し生まれた国だ。その時の勇敢な女騎士が初代ウィスタリアの王となり、ウィスタリアは現在まで初代王が女性だったことを受けて代 々彼女の血を引く女性が王となり国を統治してきた。
強い騎士の国であるウィスタリアには、古くから王となる者を決めるある仕来りが存在していた。それは強い国であリ続けなくてはいけないウィスタリアとして、必要とされ生まれた決まり事だ。
ウィスタリアの王は、王家の血を引く女性であることが絶対条件となる。しかし王家の血を引く女性が複数いる場合、王は強くなくてはいけないという理由で彼女たちは戦う事になるのだ。
戦いは個人同士の戦いでもいいし、部隊を率いたものでもいい。命を奪うことだけは禁止しているが、王家の血を引いた姉妹は王になる一人を決める為に刃を向け合わなくてはいけない。それがウィスタリアにおける、王を決める代々の決まり事。
しかし現在のウィスタリア王であるミリアム・ジュディアス・ウィスタリア10世と、その夫で宰相のマルクト・レヴァニティエール・ウィスタリアの二人には子供が二人いたが娘は一人しかいなかった。なので次期王は必然的に、長女である王女ロザリアとなる予定である。
ロザリアには、弟が一人いた。二つ年下のイシュタル・ヴィヴィア・ウィスタリアである。
強い騎士として育ったロザリアに負けず劣らずの強さを持つ弟王子・イシュタルは、剣の達人として大陸でも名をはせる青年だ。その容姿は王家の血を引くことを示す柔らかな水色の髪と深い青の瞳が特徴的で、さらに女性にも見える中世的な美貌は男女問わず魅入る魅力的な男性。強く、そして美しい彼には他国の姫たちから幾 つもの求婚の申し出が相次いだが、しかし彼は今年二十歳になるまで決して見合いを行おうとはしなかった。その理由は、自分はまだまだ騎士として未熟ゆえに、強さを極めたいという真面目なもの。彼の色事に誘惑されない真面目な性格にも、他国の王女たちは強く引かれていた。
しかし真面目といわれている彼が見合いをしないのには、実はとんでもない秘密があったのだ。そしてこの秘密ゆえに彼は、おそらくこれからも一生女性を妻に持つことはしないであろう。
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