第11話 彼と彼女の出会いのお話 11
「いえ……ただ、自分とは無縁の言葉だと思っていたので」
イシュタルはもう一度溜息を吐き、「しかし母様、まだ根本的な問題の話が済んでいませんよ」と言う。
「うむ?」
「アザレアは二人の王女がいると聞きましたが……王女たちは私を男とお思いでしょうが、私は男ではありませんよ?」
「そうだな、姫たちは知らぬだろう」
「王女も女性と結婚など嫌でしょう。私もその……そういうことで王女を騙したくありません」
多くの国民を騙していることにも罪悪感があるイシュタルは、少し辛そうに目を伏せそう言葉を紡ぐ。女王も優しい彼女が誰かを騙すことに僅かながら苦しみを感じていると理解していたので、彼女のその表情に笑みを消した。
「……イシュよ、お前を男として生かした私が憎いか?」
悲しい眼差しで、女王ミリアムは母親として娘に問う。イシュタルは母の唐突な問いに、「そんなことは!」と即座に否定を返した。
「母様が私を男性として育てた理由は重々承知しています。このウィスタリアの血を引く女性は、複数いれば争わなくてはいけない定め……」
イシュタルは姉と剣を交え戦うことなどしたくなかったし、それは姉も同じだろう。母のミリアムも、父のマルクトだって娘たちが争う姿は見たくなかったのだ。
「……すまぬな、イシュ。今の質問は優しいお前を困らせてしまう愚問であったな」
「母様……」
強い母が時折見せる弱い笑みに、イシュタルは胸が締め付けられる想いに駆られる。しかし女王は直ぐにその笑みを消し、先程と同じ何か悪戯を考えているような楽しげな笑みでイシュタルを見た。
「そうそう、見合い相手の話だったな」
イシュタルはひどく不安そうな顔で女王を見つめる。女王は「そんなに心配しなくても大丈夫だ」と、やはり愉快そうに笑って言った。
「お前の見合い相手はな、アザレアの第一王女フィニア殿よ」
「フィニア王女ですか。フィニア王女といえば、確か体が弱い……あまり人前に姿を見せない方と聞きますね」
あまり他国と積極的な交流を持たないアザレアの国だが、王女についての噂くらいは耳に届く。
「今年で十八になるそうだ」
「そうですか……しかし」
「フフッ、とても可愛い子だと話しに聞いたぞ」
「……是非お友達にはなりたいと思いますけれども」
やはり女性の自分が王女と見合いなど……そう思うイシュタルに、女王は「まぁ、会うだけでもいい。是非アザレアの王女に会ってきなさい」と言った。
◇◆◇
「どうしよう、ロットー……俺、見合いって……そんなの考えた事もなかったよ」
王の話が終わり自室に戻ったフィニアは、ついてきたロットーに今にも死にそうな顔でそう話しかける。ロットーはなんと声をかけたらいいのか迷い、苦笑いしながら「そうですね、俺も驚きですよ」と返した。
「まさか王女が男性とお見合いだなんてね」
「しかもウィスタリアのイシュタル王子だって言ってたよな? なんかすごいかっこよくて強くて人気ある王子とか……」
「はい。すごいですね、王女。そんな方と結婚を前提にしたお見合いが出来るだなんて」
「そうだね、俺が本当に女だったらきっと俺も喜んでただろうね。あはははは!」
フィニアはやけくそに笑い、そして今度は泣きそうな顔でベッドに沈む。
「……っていうかなんで俺なんだよ。コハクがいるじゃないか、コハクが」
「コハク様まだ十四ですから。うちの法律じゃ十八じゃないと結婚できませんし」
「今から知り合って四年後に結婚すればいいだろ。どうせこの国の次の王はコハクが結婚した相手になるんだし、ウィスタリアは女性が王になるんだからイシュタル王子もアザレアに来てくれると思うしさ。かっこよくて人気な王子様ならさ、是非うちの王になってくれよ。俺もそういう人になら妹任せてもいいって思うし」
アザレアの王は、王女と結婚した者と決まっている。そして普通だったら第一王女と結婚した者が王となる。しかしどうせ次の王となるのは、妹のコハクと結婚するものだろう。自分は王家では異端の存在だ。
「あーぁ。こんな立場だから女の子と恋できないし、男なのに王女だから妹は俺のこと変態って呼ぶし、見合い相手が男だし……なんで俺男で生まれたんだろ」
「俺も本音を言えばどうせ護衛なら、女の子を守りたかったですねー」
ロットーの言葉にフィニアはちょっとムッとしながら体を起こす。そして彼は、衝撃的な話を聞かされてすっかり忘れていた事をふと思い出した。
「そうだ、魔人!」
「え?」
フィニアは勢いよく立ち上がると、ロットーに「ちょっと俺、もう一回父さんたちの所に行ってくる」と言う。そしてロットーが何かを言う前に、彼は興奮した様子で一人でさっさと部屋を出て行ってしまった。
◇◆◇
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