第32話 彼と彼女の出会いのお話 32
「先ほどアザレアにとって大切な本がたくさんある場所とおっしゃっていたが……」
遠慮するイシュタルにフィニアは笑って、「いいんですよ」と言う。
「貴重な魔術書が何冊かありますので、よろしければ内容の解説致しますので御覧になられてはと思いまして。ただちょっと地下書庫は埃っぽくて、魔術に興味ない人には全く楽しい場所じゃないのですが……」
「そうなんですよね。王女は地下書庫大好きですけど、俺はさっぱり興味ないですし。ほんとあの書庫、魔術さっぱりな人にはまるで面白みの無い場所ですよ」
ロットーがそう呟くと、イシュタルはちょっと笑って「君は魔術には詳しくないのかい?」と聞く。ロットーは「俺はスプルース出身なんですよ」と答えた。
「アザレアの人は大体皆が学校で魔術を習うから魔術が一般的ですけど、スプルースは素質や興味ある人しか魔術の勉強はしませんでしたし」
「あぁ、スプルース出身だったのか。なぜスプルース出身の君が王女の護衛に?」
イシュタルが興味深そうに聞くと、ロットーは「それは王女が俺に一目惚れしてどうしてもと言うんで」とまで言いかけて、その後フィニアに冷静に「全然違いますから」と突っ込まれた。
「父がちょっと前に変装して城下の街を散歩していた時、えぇっと、悪い人に襲われそうになったらしんです。その時偶然通りかかった彼が父を助け、それで父は彼を気に入って私の護衛をしてくれと頼んだそうです」
フィニアが説明すると、イシュタルはロットーについてよりアザレア国王の変装が気になったらしく、「王も面白い方なんだね」と言う。ウィスタリアの王であるイシュタルの母は、ユーモアが無いわけではないがどちらかといえば堅物で真面目な人間だ。変装して城下を散歩なんて考えられない。同じ一国の主であるが、やはり国柄で違いが出るのだろうか。
「そういえばアザレア王は元はアザレアの貴族の方なんですよね~」
「そうです。とうさ……お父様はアザレアの貴族シュエルツガ家の出身なんです。父が学生時代に城下にお忍びでいらしていたお母様と偶然出会い、お父様はお母様に一目惚れして二人は大恋愛の末結婚したんだそうです」
「元々貴族とはいえ、王となっては昔ほど自由に歩き回れないですからね。つい昔みたいに街を歩きたくなって、それで変装して失踪するらしいですよ、王は」
話を聞きながら、イシュタルはふと考える。
確かアザレアの王家では男児は生まれないので、王女と結婚したものがアザレアの王となるのが決まりになっている。つまりわかってはいたが、フィニアと自分が結婚ということになると、自分が次期アザレアの王ということになる。元々自分の国のウィスタリアは王家の女性にしか王位継承権はなく、自分は世間一般には男ということになっているので自分がアザレアの王となる事に問題は何も無い。問題は無い、ように思えるのだが……
「フィニア王女と王子が正式に結婚ということになれば、王子はアザレアの次期王ですね~」
メリネヒがわくわくした様子で、まるでイシュタルの心の中を読んだかのようなことを言う。イシュタルはちょっとぎょっとしながら、彼女に「そういう話はまだ早いんじゃないかな」と小さく囁いた。そもそも自分は女だし。
「すいません王女、先走ったことを……」
イシュタルがそうフィニアに謝罪しようとした時、目を向けたフィニアの様子にイシュタルは何か違和感を感じて言葉を途切れさせてしまう。どこか遠くを見つめるような眼差しのフィニアの横顔が、どことなく寂しそうなものに見えたのだ。
「王女?」
「……あ、ごめん。ボーっとしてた……」
おもわず素の喋りが出てしまうほど、フィニアはボーっとしていたらしい。ロットーがちょっと顔を顰めながら「王女、それじゃ書庫にお二人を案内しましょうか」と言うと、フィニアはまた普通に笑顔になって「そうですね」と頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます