第12話 七色の騎士

『勇者…ではなさそうですね』

「そうやって呼ぶ人もいるけどね」

『ふふっ……少しは楽しめそうですね』


 ロードは防御を捨て、攻撃に魔力を回し始めた。

 かぎ爪のように長く伸びた指から放たれる五線の魔力刃は、その一つ一つが禍々しく、並みの盾や防具を紙のように切り裂く威力だ。


「ただ手を振るだけで高密度の魔力の刃を出すなんて、悪魔はやっぱり恐ろしいね」

『そう言いながらも軽々と弾いている貴方の方こそ、ただの人間ではないでしょう?』

「さて、何のことかな?」


 ロードの一撃を易々と受け止める。

 力のぶつかり合いで激しい火花が飛び散り、周囲には衝撃によって生まれた暴風が吹き荒れる。


『貴方からは別の何かを感じます。彼のモノとは別の』

「彼って?誰のことだい?」

『ふふっ……大変興味深い子供です』

「ふ~ん…その子が僕に似てるって?」

『ええ。ただし、似ても似つかないですがね……色々と』


 一撃一撃が相手に致命傷を与え得る中、一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 互いの攻撃がぶつかり合うたびに大気は震動し、衝撃波が周りに襲い掛かる。

 そんな中でもロードは笑みを浮かべる余裕を見せる。


「僕の力に検討がついたみたいだね」

『ええ。貴方の力は――“ 聖霊 ”ですね?』


 聖霊――精霊ではない。二つの違いは生まれたモノか、生まれたモノかだ。

 聖霊は守護霊の一部。天が遣わす人々の守護者。

 生前に強い力と善き心を持ち合わせた者が、死後に今を生きる者を助けるために天から遣わされたのが “ 聖霊 ” ――ということになっている。


「この子たちのおかげで僕は君のような悪から人々を救えている」

『恐ろしい話です。常人であれば精々1体、多くとも2体が限度のはず。それがなんとまあ……6体とは。それでどうして勇者ではないのか、疑問が湧きますね』

「……簡単な話だよ。僕は “ 英霊 ” に選ばれなかった。それだけさ」


 英霊は聖霊の中でも際立って強い存在で、現在確認されているのは6体のみ。

 英霊に選ばれし者即ち勇者なり。これは世界での共通認識である。

 どれだけ多くの聖霊を抱えていようと勇者にはなれない。


『なるほど。納得しました。かつての彼にあって今の貴方からは感じられないこの感覚……貴方に私は殺せない。聖霊の力で私の障壁を斬れはしても、肉体を傷つけることはできない』

「その余裕もいつまで続くかな!!」


 至近距離での攻防はまだまだ続く。

 騎士は左の盾で逸らしながら右の剣で反撃。

 ロードは躱しながら流れるようにして攻撃を繰り出す。両手だけでなく両足も使って騎士を休ませない。


「脚を使うなんて随分と器用だね!」

『貴方は面白いですね! まだ笑う余裕があるとは!!』


 互いに決して引かない。ギリギリの中でせめぎ合う。

 既に周囲は攻撃の余波でボロボロ。ロードの魔力の影響で草花は枯れている。

 二人の戦いに、周りにいる者達は皆釘付けだ。

 


 今の騎士は表情にこそ出さないものの、精神的にかなり疲弊していた。

 遠く離れた場所からの飛行による移動。

 周囲の冒険者を巻き込まないように配慮しながら、今までで間違いなく最強の相手との死闘。

 いかに聖霊の力を借りていても、万能ではないのだ。


 聖霊は同時使用できるが、今の騎士には2体が限界である。

 聖霊は元々人間であり、聖霊の使役は肉体の譲渡とほぼ同義。一つの肉体に3つの魂が入ること自体自殺行為に近いことだ。運が悪ければ肉体の所有権を奪われかねないことに加え、相性の問題もある。

 聖霊同士にも相性はあり、宿主とも相性はある。相性が悪ければ当然同調率は低くなって十全に力を使うことはできない。

 複数所持しても評価されにくい点は、宝の持ち腐れと思われるからだ。

 だが、騎士はその評価を覆した。6体全ての聖霊の力を十全に引き出し、金等級の冒険者に勝利してみせたのだ。


『素晴らしい力です。ここまで楽しい戦いは4度目ですよ。ですが……やはり貴方では私には届かない。あと一歩が届かないのです』

「まだだ!!」

『さて、貴方を殺して彼を探しに行くとしましょう。「黒炎槍」!』


 騎士は死を意識し、今まで一度も成功していない三体憑依をしようとしたが、不意に背後から足音が聞こえて振り返った。


「これを!!」


 そこには軽装の少年が息を切らし、短剣らしきものを放る姿があった。それを見た騎士は一瞬迷った。取るべきか、守ることを優先するか。

 ロードは援護など無視して黒い炎を纏う禍々しい槍を投げようとしたが、援護に来たのがゲンだと気付いて躊躇してしまう。

 そのロードの一瞬の隙を逃さなかった騎士は、ゲンが投げた短刀を掴み取った。

 次の瞬間、身に纏う鎧と握る剣が今まで以上に七色の眩い光を放ち始める。

 聖霊の言葉に従い、騎士は唱える。


「二つが交わり昇華する!――目覚めろ!!」

『今さら手遅れです!!』


 騎士の荒ぶる霊力と漆黒の炎がぶつかりあって強烈な閃光が生まれ、その場はモクモクと立ち上る砂煙で覆われた。


 ロードは自身目掛けて飛来する刃を躱すが、避けきれずに左肩を負傷。


「……この借りは必ず返すよ。さて、ここからは僕の番だ!!」

『まさか、この私が血を流す時が来るとは。認めましょう、貴方を強敵と!!』


 まだ力を隠していたロードは、それまでの燕尾服姿から禍々しい姿へと変貌する。

 漆黒で、闇を想起させる大翼。

 伸びた五指は元の長さになる代わりに、全身を禍々しい装甲が覆い、角は二股に分かれた大きなモノが左右対称に生えている。

 その姿からは明確な殺意を感じ取れる。


『この姿は貴方に敬意を表し、全力で屠るための姿です』

「ははっ! 伝説の悪魔の全力を体感できるなんて、僕は幸せ者だなっ!!」

『ふふっ……この姿を見てもまだ余裕の笑みを浮かべていたのは貴方を含めて二人だけです。もし、私を退けられたのなら、貴方は英雄になることでしょう』

「英雄なんてどうでもいいよ。今は君を倒すだけさ!!」


 溌剌とした笑顔の騎士に、ロードも笑みを浮かべる。


『いいでしょう。では、決着をつけましょう!「シュパルツァー漆黒装甲」!!』

「この手に勝利を!『双星剣スカー』!!」


 ロードが放つ死の気配纏う闇と、騎士が放つ虹色の光が静かにぶつかり合う。

 ロードは両腕を広げて前傾姿勢に。騎士は両手の剣を前で交叉。

 互いに構えをとってから数秒が流れる。

 初めて訪れる静寂の中、見守る者達は息をするのも忘れて見つめている。

 先に動いたのはロード。


 騎士の右手に握る霊剣が、ロードの右拳と激突!

 凄まじい力のぶつかり合いの中、当事者の二人は笑みを浮かべていた。


『はははっ!!』

「はっはっは!!」

『「最高だ!!」』

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冴えない研ぎ師は自分を磨かず武器を磨く 蒼朱紫翠 @msy

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