第9話 実力者
バルガンははるか後方を苦々しい表情で見詰めるが、すぐに向き直る。
「首魁を討った後、すぐに転進するぞ! 小物は放って置け。襲い来るモノのみ排除して進むのだ!!」
『了解!!!』
指示に従い、近接武器を持った団員達は近くの魔物を排除し、すぐに先頭を走るバルガンに続いて走り出した。
魔法使いや弓兵たちは走り出した仲間を追い駆ける魔物たちの足止めをしつつ、置いて行かれないように列の真ん中を走る。
「見えた! 周りの雑魚散らしは任せたぞ!!」
魔物の群れの最奥にて、静かに佇む一際大きな姿。禍々しいオーラを身に纏い、威風堂々たるその姿は対峙する者を威圧する。
それを見据えてバルガンの口角が自然と上がる。彼もまた戦闘狂と呼ばれる類の人間なのだ。相手が強敵であればあるほど血が滾り、興奮する。
だが、距離が近付くにつれてその顔は失望に変わっていく。理由は彼が最高位ゆえだった。
「いくら取り繕っても雑魚は雑魚だぞ!!」
「カカッテコイッ!!」
バルガンは興奮を失っても戦意は失っていない。ただ頭の中は、「さっさと倒して戻る」ということしか考えていなかった。
それゆえ、ぶつかり合って初めて相手が自分が想像していたものとは違うことに気付き、同時に考えが甘かったと彼は自分を殴りたくなった。
「舐めてかかったことを謝罪しよう。貴様を我が全力で屠らせてもらう!!」
「シヌノハ、キサマダ!!」
バルガンの両手で持った斧の一撃を、赤黒い皮膚のオーガ――〈限壊種〉は拳で受け止める。
そこらの魔物ではその拳ごと片腕が消し飛ぶところを、このオーガは拳だけで受け止めた。それに加えて、押し込まれることも無くその場で立っている。
この二つの事実がバルガンを驚愕させるとともに、一気に警戒度を上げさせた。
オーガが放つ禍々しいオーラはただの見せかけではなかったのだと、バルガンに分からせたのだ。
ただ、それでも彼のやる事は変わらない。
「破壊力という一点において、俺に並び立つ者はいない!!」
「ニンゲンゴトキニ、マケルワケガ…!!」
オーガは戦慄する。問題なく受け止められると思っていた一撃で自身の硬質化した皮膚が砕け散ったのを目の当たりにしたからだ。
ありえない。そう思うので精一杯で、今は必死に捌いているが、バルガンの一撃一撃の余波によって皮膚は次々に砕けていっている。
再生したそばから砕け、鎧はあと少しで無くなるだろう。鎧が無くなればバルガンの攻撃を凌ぐ術はない。オーガはそのことを理解しているからこそ焦っている。焦っているが、バルガンの嵐のような攻撃は止まらない。止められない。
「ウググッ…!!」
「もう終わりか?」
「グヌゥ…! マダダッ!!」
「いや、終わりだ」
バルガンでなければ善戦しただろう。そう、バルガンでなければ。
相手が悪すぎた。破壊力という一点において冒険者最高とまで言われるバルガンは、このオーガにとって天敵だった。
「首魁は討った! 転進するぞ!!」
『おおぉぉ!!』
バルガンの号令のもと、団員たちは周りの魔物を排除するとすぐに道を開け、バルガンが通る道を作った。
破壊の行進はまだまだ続く。
―――――――――
「ランたちは無事だろうか?」
「大丈夫ですよ。皆強いですから」
バーニヤはそう言うが、周囲の護衛達はいつも以上に緊張していることが窺えるうえに、表情がガチガチで真っ白だ。
「それにしても……ここにこれだけの人を配置していいんですか?」
「問題ありませんよ。我々が前線にいても出来ることなど限られていますから。何より、ゲン君を一人にしてはいけないというのが我々の総意ですから」
「はぁ……」
それにしても大袈裟ではないか?というのがゲンの本音だろう。
ゲンが大袈裟だと思うのも無理はない。なにせ彼が待機しているテントには十名もの冒険者がおり、そのうち回復役は二名のみ。他は全員戦士だ。
ゲンが居た堪れなくてソワソワしていると、甲冑姿の男三名が無遠慮にテントの中へとやって来た。
「ここに鍛冶師見習いのガキがいるな?出て来い」
「何の用ですか?今は戦闘中です。戦闘に関係の無い事は後にしていただけますか?」
「女は黙ってろ」
「俺がそうだ。それで、何の用だ?」
「口の利き方に気を付けろ、ガキが! 我々は第三王子の騎士だ。あまり舐めた口利くなら……」
「利くなら――なんですか?」
バーニヤは殺気の籠った視線で男たちを見据える。
周りにいる部下たちもその雰囲気を察して各々の得物に手を掛けている。
「ここをどこだと御思いで?貴方達を消すことなど我々には容易なのですが、貴方達こそ立場を理解していますか?――ゲスども」
「貴様……!!?」
「ここは戦場。死体くらい転がっててもおかしくないですからね?」
バーニヤの冷たい笑顔を見て男たちは後退る。その額にはじんわりと脂汗が。
笑顔なのにその目は笑っていないからだ。
何をされるか分からない恐怖が、次の瞬間に死んでいるかもしれない絶望が、男たちの心を少しずつ擦り減らしていた。
「こんなことが許されると思っているのか!?」
「自分たちの事を棚に上げて何を言ってるんだ?」
「我々に手を出せば――」
リーダー格の男が威勢よく吠えようとした矢先、何もない空間から現れた“ソレ”に頭を踏み潰されて絶命した。
呆けたのは一瞬。その場にいた誰もが異常事態を察して距離を取った。
「全員臨戦態勢に!!」
『ほうほう、なかなか面白そうな人間が多いな。少しは楽しめそうだが……今日の目的はお前達ではない』
漆黒の紳士服を纏った“ソレ”は踏み潰した男や背後にいる男たちには一切見向きもせず、ジッとゲンだけを見据えている。
「ゲン君、今すぐテントから脱出し、団長でも誰でもいいから人を呼んできて」
「で、でも…!」
「早く!!」
切迫した声に押され、ゲンは一目散にテントから出て行った。
“ソレ”は見ていたにもかかわらず余裕からなのか、見逃したようだ。
「……我々では相手にならないと?」
『ペットと全力で殴り合う人間などいないでしょう?』
嘲笑に誰も皮肉を返せない。そんな余裕はないのだ。
この場にいる誰もが、少しでも気を抜けば殺されると自覚しているから。
『少しだけ戯れてあげます。全力で来なければ……死にますよ?』
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