第8話 予定外でも予想内
始まりはそれほど激しいものではなかった。
先陣は『白亜の巨城』が担当し、拡がった魔物たちを後続の3クラン――『月下の夜会』『星の見える丘』『霹靂鳥』が殲滅。
ある程度まで魔物の群れに進入した後、『白亜』と『霹靂』、『夜会』と『星見』の二手に別れて貴族軍の進入路を確保する作戦にシフトした。
魔物たちもただやられるばかりではなく、大型の魔物――オーガや大熊を矢面に立たせて反撃を試みようとした。しかし、その悉くが瞬殺された。
あるモノは首を飛ばされ、あるモノは両目を射抜かれた上で喉を切り裂かれ、またあるモノは心臓を撃ち抜かれて絶命していた。
そしてたった今、一体の大熊が体を何本もの魔法の槍で貫かれて息絶えた。
「相変わらず恐ろしいな。自らの手を汚さずにとは」
「貴女が言いますか?正確無比な一撃で心臓を跡形もなく消し飛ばしておいて」
「半端な攻撃では倒しきれんからな。当然だろう?」
言葉を交わしながらも二人は攻撃の手を緩めない。
周りの団員達は必死に捌いているのに対して、この二人はまだまだ余裕の様子。
ランも縦横無尽に駆け回って魔物を倒しているが、一向に減る気配はない。
それも当然で、魔物の群れは総数二万越え。
対する人間側は、二百名余の冒険者と三百名超の兵士たち、合わせても精々六百名程度。差は歴然である。
それでも今のところ人間側が押し込めているのは―――
「一騎当千の実力を持つと言われる〈ランカー〉がいるおかげか」
「彼一人で戦況はいとも容易くひっくり返る。彼が竜巻なら私達なんてそよ風ね」
ギルドマスターでもある金等級の最高位冒険者、『五鋼斧』がいるおかげだ。
彼が先陣を切って今も魔物を掃討しているからこそ、前線で戦う冒険者たちも士気を落とさず戦い続けているのだ。
ちなみに〈ランカー〉とは、最高位である金等級の中で各ギルドのランキングによって呼び名が付けられた者達のことだ。
ただ一つ注意すべきことがある。それは、数字が必ずしも実力を意味するわけではない、という事だ。
「切り開け! 臆したモノから切り崩すのだ!!」
「おおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
バルガンの雄叫びで周囲の冒険者の戦意は向上。逆に魔物はその威圧感に気圧されて後退りしているモノさえいる。
そこを攻めない者はいない。臆したモノから狩られていく。
バルガンが左手を振れば旋風が巻き起こり、周囲にいるモノを巻き込みながら魔物の壁を抉っていく。吹き飛ばされた魔物たちの姿は見るも無残だ。
右手を振るえば大地が割れ、直線状にいた魔物たちは両断される。体格の大きな魔物も、小さく素早い魔物もまとめて屠られていく。
バルガンは両手斧使いだ。両手に握る時もあれば、両手で握る時もある。両手で握った時には天変地異が起きると言われるとか。
「にしても、少し簡単すぎやしないか?」
「ええ。グレートデーモンがいるにしては脆いというか、弱いわね」
「統率が取れていないし、我々でも事足りる魔物ばかり。誘い込まれているようにも見受けられない。一体何がしたいんだ?」
「魔物のことなんて私達には理解できないわよ。それよりも、さっさと周囲の魔物を蹴散らして合流しましょう」
「そうだな。無駄に消耗する必要はないか」
意見が一致したのを確認するとオーバーンとグローリアの行動は迅速だった。
オーバーンはゼムルを軸として周囲の魔物の殲滅を団員達に優先させ、グローリアは遠くの敵を狙撃しつつ、団員達を群れの穴が空いた場所へ突入させて追い立てる。
横長に広がっていた魔物の群れも、今や半分以上が殲滅される勢いだ。
その時、オーバーンたちの後方――貴族軍の陣地から大きな笛の音が響く。
笛の音が聞こえた時には既に先頭の兵士の姿が丘を下り始めるところだった。
「満を持しての登場みたいだけど、今のところまだグレートデーモンの姿が確認できていないのよね。どうするつもりかしら?」
「貴族どもの点数稼ぎかもな……待て!!」
「嵌められたわ!!」
意気揚々とやって来る貴族軍。その両側に突如、空間の歪みが生まれたかと思ったら次々に魔物が現れた。
予期せぬ事態に貴族軍は恐慌状態に陥り、状況に気付いた冒険者たちは仲間の位置を確認して挟み撃ちされないように立ち回り始めたが、連携は乱れてしまった。
「我々が後ろを!」
「私達はこのまま前方の敵を排除します!」
「王子のところまでは到達していないみたいだが、あのままでは時間の問題だろう」
「バルガンは前に行き過ぎて戻るには時間がかかるわ。それと、ここでもグレートデーモンは現れていない」
「この決定機にも現れない……何を考えている?」
「今はとにかく状況の打破よ」
「分かっている。だが、頭の片隅には置いておけ。今はどんな状況になってもおかしくないんだからな」
刻々と変わる戦況。
クランの位置を見て戻らず殲滅を続ける『白亜』。
『夜会』と『星見』の動きを見て二手に別れた『霹靂』。
貴族軍は突然の魔物の出現で恐慌状態に。馬が暴れて引き返すことも出来ず、応戦しようにも連携は乱れに乱れて統率は既にないも同然だった。
対する魔物たちは、目の前の人間に襲い掛かるだけ。
冒険者たちが気に掛けるグレートデーモンは、戦場には姿を見せていない。
混乱と焦燥と困惑。悪魔が思い描いた通りの展開になっていると、冒険者たちは夢にも思わないだろう。
「ひとまずこちらの安全は確保できたわ。そちらは?」
「手が空いているなら貸してくれ。さすがに数が多い!」
「ラン! 貴女が先陣を切りなさい!!」
「――言われるまでもない」
オーバーンの背後から風を切って駆け抜けるラン。顔には魔物の血が付いているが拭うこともしない。
「ゼムル、ランが切り開いたところから切り崩しなさい。敵の意識をこちらに惹きつけられれば十分です!」
「心得た!! ムンッ!!!」
「他の者も背後の警戒に数名を残し、あとは攻撃に加わりなさい!」
『了解!!』
オーバーンたちの動きは迅速だ。
『月下の夜会』の強みは指揮を執るオーバーンを軸に、多彩な戦術で状況に迅速に対応できる柔軟さである。
今も、魔物の殲滅ではなく撹乱を主目的として動いている。
『星の見える丘』は少し違う。指示がない限りは団員たちが個々で判断して行動するように出来ている。
そのため、今もいくつかの塊に別れて魔物の殲滅を行い、グローリアはその〈特異な目〉で戦場を見渡して適宜魔物数体をまとめて狙撃して援護している。
この戦術が出来るのはひとえに団員たちそれぞれの実力の高さゆえである。
『霹靂鳥』は『星見』に近い戦術を採っているが、少し異なる。
まず、弓兵たちの一斉射撃で隙を生み出し、その一瞬の間に突攻隊が仕留めきれなかった魔物との間合いを詰めて攻撃して駆け抜ける。それでも仕留めきれなかった場合は弓兵から追撃が行われる。神速の一撃離脱と波状攻撃の組み合わせこそが彼らの強みだ。連携という意味ではこちらの方が上かもしれない。
この練度の高さと戦術ゆえに団員を二手に分けられるのだ。
ジェールはというと上空から戦場を俯瞰つつ、攻撃されそうな団員の補助をしている。ただ、これはあくまでも団員たちで事足りる状況だからこその行動だ。今はまだ彼の本気を見られる状況ではない。
『白亜の巨城』は一貫している。バルガンが切り開き、他の団員が瓦解した魔物の群れを切り崩す。大物は基本的にバルガンが担当し、雑魚は団員が掃討する。
他の団員も十分強いのだが、このやり方に慣れているためバルガンがいる時は基本的にこの戦術を採っている。シンプルだがバルガンの強さゆえに成り立つ最適化された戦術なのだ。
貴族軍は練度、連携、統率、全てにおいて冒険者に劣っていた。
一体の魔物を狩るのに四、五人がかりでなんとか。
部隊間の連携もあってないようなもの。自分たちの命を守るので精一杯なため、仲間が死にかけようとも手を貸さない……いや、貸せない。
統率は恐怖の感情であっと言う間に喪失。今も生き残っているのが不思議なほどにバラバラである。
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