第10話 デーモン・ロード
デーモンにはランクが存在する。
一番下がデモニアと呼ばれ、生まれたて同然の存在。ただし、悪魔は悪魔なため、橙等級ほどの実力は必要だ。
デモニアから始まり、デーモン、アークデーモン、グレートデーモン、デーモン・ロード、そして最高位はデモン・カイザー。
カイザーは現在のところ一例のみだが……いまだ討伐はされていない。被害規模は一国の消滅で、直後に姿を消したとか。
さて、では今彼らが対峙しているロードはというと、一都市を壊滅させ得る実力を持っていると言われている。冒険者で言えば銀等級が最低5人は必要だ。
「随分とヤバいモノが現れたものですね」
『私を知っているのですか?』
「『燕尾服の悪魔』でしょう?童話の中で出てくる空想上の存在……のはずだった」
『ええ、そうです。かつて殺し合った者が語り継いだのですかね?』
「『勇者』が満身創痍でなんとか退けた怪物ですか」
『ほうほう……「勇者」ですか。いやいや、あの時の彼はまだその域には達していなかったはず。あの後で随分と出世したものです』
バーニヤの言葉通り、『燕尾服の悪魔』は童話である。200年以上も前の。
『勇者』が存在したのは300年前の話。
つまり、この悪魔は軽く300年以上も生きていることを簡単に口にしたことになる。そして、バーニヤを含めたこの場にいる全員がその事を理解して戦慄した。
この場の全員でかかっても時間稼ぎにもならない。それほどまでに圧倒的な実力差を全員が恐怖とともにヒシヒシと感じていた。
『仕掛けてこないのであれば、こちらから行きますよ?』
「っ!!?」
バーニヤは咄嗟に左へ身を投げ出した。
次の瞬間、バーニヤは目を疑う光景を目にする。
「………ただの拳でこれですか」
さっきまでテントの中にいたはずが、突き出された拳による風圧でズタズタになったテントだった物が天高く舞い、全員が外にいる。
『なるほど。この程度では死にませんか。では、次は――』
「ヤツの動作を阻害することを第一に!!」
『遅いです』
全員が、気付いた時には後方へ大きく吹き飛ばされていた。
誰一人何が起こったか理解出来なかった。その場で独楽のように回転して放たれた蹴りによる風圧で蹴り飛ばされたということが。
たまたま意識を取り戻せたのはバーニヤとファールスだけ。他の者達は皆意識を失って受け身を取れずに地面へ叩きつけられた。
ただ、受けた衝撃と飛んだ距離の勢いまでは殺しきれず、衝突こそ免れたものの、地面で数瞬ばかり意識を失っていたのは致し方あるまい。
「――ここは……」
「おい!お前さんは『夜会』のところのだろ?何があった!!?」
「貴方は……まずいです! 今すぐゲン君を保護しに行かなくては…ぐっ!」
「ただでさえ強い衝撃を受けた上に、受け身を取れたとはいえ遥か遠くから飛んで来たんだ。今は無理に動くべきじゃない」
「ですが……」
「それに、すでに『鷹の目』と『賢者』が動いてる。アイツの相手は任せておけ」
『神鳥』ジェールはたまたま、強い魔力にいち早く反応して飛行中、バーニヤが飛ばされたのを見て助けに動いた。
ジェールに助け起こされるバーニヤが視線を向けた先では、大きな爆発の確認と魔力のぶつかり合いが確認できた。二人だけではなく、ゼムルも戦っているのだ。
「いえ、ヤツはそんな生易しい相手ではありません!」
「……それほどか?銅等級三人だぞ?」
対峙した者の意見ゆえにジェールは簡単に否定することができない。
ジェールは三人の実力を知っているからこそここでバーニヤの介抱と情報収集をしているが、『選択を間違えたか…?』と内心では少し焦り始めていた。
「ヤツを相手にするなら金が一人は必要です」
「なるほどなぁ……おい! すぐにバルガンのとこまで飛んで伝えろ!『お前の獲物が現れた』ってな!!」
「はっ!!」
ジェールの指示に、すぐそばで控えていた軽装の男が動いた。風魔法を用いた加速であっという間に姿が見えなくなってしまった。
それを見送ったジェールは再びバーニヤに目を向ける。
その目は先ほどとは違い、見る人を飲み込むほどに真剣なものだった。
「それで、何が現れた?」
「……ロードです」
「……………冗談だろ?」
短くない絶句のジェール。
その反応だけで、ロードの存在が如何に脅威なのかを雄弁に語っていた。
「いいえ。間違いなく、ロードです。『燕尾服の悪魔』を知っていますね?」
「長……伝説上の怪物です。確実に我々の手に余ります! すぐにでも王都に支援要請を出すべきです!!」
ジェールのそばに控えていたもう一人の部下――副団長の女性は顔を青くしながら早口にまくし立てる。
「……それが出来たら苦労はしないんだがなぁ」
「ここから長の羽を使えば…!!」
「今、王都に十傑はいない……誰一人な。つまり、伝説の悪魔をここにいる戦力だけで殲滅しなくちゃいけないってことだ。理解したか?」
ジェールが告げた現実に副官の女性もバーニヤも絶望の表情を浮かべる。
都市一つを容易に滅ぼす悪魔を、この場にいる冒険者だけで倒さねばならない。
それは誰が死んでもおかしくないということでもあるのだ。
「最低でも、俺と『鷹の目』と『賢者』、それから『五鋼斧』様は絶対にヤツに全力を注がなきゃいけない。それから、一切邪魔が入らない環境も必要だ」
「ですが……」
「やるしかない。………言いたかないが、『燕尾服』が甦ったってことは最悪の可能性を考慮しなくちゃならない。情報を持ち帰ること、対抗できる戦力を生かすこと。これがこの場で優先しなくちゃならないことだ。悪いが王子の身の安全なんぞ後回しだ。『鷹の目』『賢者』『五鋼斧』には絶対に生きてもらわなきゃならねえ」
ジェールの言葉を受け、二人は覚悟を決めた表情で立ち上がった。
「分かったならすぐに動け。全員が一丸にならなきゃ勝てねえぞ!」
「「了解!!」」
言うや否や、二人は即座に自分たちの陣営が集まる場所へと駆けて行った。
それを見届けたジェールの目はどこか遠くを見ていた。
「勝つんじゃない。生き残るためだ。お前さんも頼むぞ?『剣姫』」
「今だけは協力してあげるわ」
『剣姫』ことカリナが走り出したのを確認したジェールは、深いため息を吐き出した後で、手を空に掲げて魔法を放った。それは空で大きく弾け、閃光を放つと空に融けて消えた。
「……随分と殺気にまみれてやがる。まっ、女の事情に下手に突っ込むのは野暮ってもんだ。馬に蹴られるどころか、毒蛇に噛まれて飲み込まれかねんしな。やれることはやった……はずだ。あとは天運とやらに任せるとしよう」
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