第11話 悪魔とは
「勝ち負け以前にこちらの生死が危ぶまれますね!」
「手を休めるな! 少しでも気を抜けば死ぬぞ!!」
「ウオォォォォォォォォ!!!!!!!」
『堅く、隙がない。面白い』
ジェールの間断ない、羽根を飛ばす遠距離広範囲攻撃。
オーバーンとグローリアによる、攻撃を避けたロードへの銃と魔法の追撃。
バルガンとゼムルの、一撃一撃が致命傷になりかねない重く鋭い連撃。
連撃を避けて生まれる隙を狙うランとカリナ、ナギによる鋭く速い猛攻。
絶え間なく続く攻撃の嵐を、ロードは無言で捌き続ける。
「こいつ…!」
「逃がすなよ、ジェール! 包囲網から出したら今の状況は望めなくなる!!」
「分かってるよ!!」
「ラン、カリナ、ナギ! 貴女たちはバルガンとゼムルから離れないように常に押し込みなさい!!」
「オーバーン、手を休めるな! ヤツに反撃の暇を与えてしまうぞ!!」
ジェールの高所からの攻撃は、逃がさないため。
オーバーンとグローリアの攻撃は、反撃の暇を与えないため。
ラン、カリナ、ナギの役割は少しでも邪魔をしてバルガンたちの攻撃を回避するスペースを潰すこと。
だが、ここまでの猛攻を浴びながらもロードは一切傷を負っていない。
ジェールの羽やオーバーンの魔法、グローリアの銃弾は度々当たるものの、ロードの魔力障壁を貫通するには至っていないのだ。
並みの悪魔ならば一分ともたずに消されている。
グレートデーモンでもこれほどの猛攻を前に無傷では済まない。
このロードは桁違いなのだ。
「堅すぎでしょ!!」
「だとしても、決して手を緩めるな! ヤツの攻撃を受ければタダでは済まん!!」
「逃がさないようにするだけで手一杯だよ!!」
「障壁を撃ち抜く銃弾は……避けられるか」
互いに決定打を欠いたままジリジリと時間は過ぎ、体力と魔力、集中力はドンドン削られていく。
ロードも障壁展開と回避行動で魔力も体力も消費していることが、唯一の救いか。
膠着状態がこのまま続くかと思われたその時、けたたましい蹄の音が近付いて来ていることに、その場にいた全員が気付いた。
ロード以外の全員が心の中で、「余計な事を…!!」と思ったことだろう。
「待て待て! 誰の許可を得て大物を狩ろうとしている!?余の獲物を横取りするでない!!」
状況を理解できない愚か者の登場によって、戦況は悪化することになる。
ロードをなんとか抑え込んでいるギリギリの布陣へ、不躾に、無遠慮に、躊躇いなく踏み込んできたのは第三王子を先頭にした、特に戦闘していないにもかかわらず隊員が三分の一を欠いている貴族軍の部隊だった。
バルガンたちのことを気にも留めない弓の雨と、止まるつもりのない無策の突撃。
何も考えずに来たことを察したバルガンたちは、悔しさに顔を歪めながらも無理をせずにその場を離脱した。
ロードは圧が無くなったことで一旦空へと飛び上がった後、眼下を駆け抜ける騎馬をつまらなそうに眺めている。
「空を飛ぶとは卑怯だぞ! 降りてきて正々堂々と戦え!!」
『……これほどの愚か者がいるとは。やはり人間というのは度し難い』
見下ろすロードの目は心底うんざりしていた。
防戦一方かつ多勢に無勢とはいえ、自分を抑え込んでいたバルガンたちを高く評価していたがゆえに、小物の横槍で楽しみを潰されればこうなるのも仕方なし。
「ここからさっきみたいに抑え込めると思うか?」
「……万に一つの可能性もないだろう。それこそ、ヤツらが協力してくれるなら話は変わってくるがな」
グローリアの視線の先を、バルガンが追う。そこにはロードに威勢よく吠える第三王子たちがいる。
バルガンは手で顔を覆うしかなかった。
ロードを押さえ込んでいた策を、戦況を理解できない愚か者のせいで台無しにされたのだ。誰だって現実から目を背けたくなるだろう。背けたところで現実は変わらないが。
「ですが、やらねばならない。ここで抑えなければ被害は増す一方。我々以外では手も足も出ません」
「だがなぁ……あいつらが俺達に泣きつく時は、部隊がほぼ全壊した時だぜ?それまでは見学してないと後でグチグチ言われる…って、ヤバくないか!?」
「全員衝撃に備えろ!!」
バルガンたちの目の前で絶望が生まれる。
ロードが両手を合わせてから手を開くと、そこには黒い塊が。
放たれたそれは部隊が大勢集まる中心部へゆっくりと近付き、地上から二メートルほどの地点で一気に闇が広がって周囲一帯を包む。
そして、闇が収束した後には、誰一人立っていなかった。
「な、なな……何が起きたのだ!?余のしもべは!!?」
「でで、殿下! 今すぐ撤退を!!」
「愚か者! この余に、撤退をしろと!?」
「ですが、このままでは殿下が危険です!!」
「ぐぬぬ…っ!! トドメを刺すのは余だからなっ!!!」
背後のしもべ達と上空のロードを交互に二、三度見た後、王子は心底悔しそうな表情を浮かべて踵を返すと、最後までつまらない妄言を吐いて逃げ出すのだった。
「邪魔者がいなくなったことでやり直し……ってわけにはいかんよなぁ」
「同じ状況は望めないですね。回復はしましたが、同じことをしても全部捌かれて終わりでしょう」
「個々の能力もおおよそバレてるはずだ」
『――作戦会議は終わりましたか?』
瞬きのうちに現れたロードは予備動作もなく魔力の波動のみで、集まっていたバルガンたちを吹き飛ばした。
ジェールが体勢を整えて顔を正面に向けると、ロードがいつの間にか生成した剣を振り下ろさんとしていた。
眼前に迫る死に目を閉じようとしたその時、重い突風とともに地面を削ぐほどに大きな地響きが聞こえ、閉じかけた目を開くとそこには威風堂々たる猛者が。
「諦めるにはまだ早いぞ!!」
「貴方が諦めたら今度こそ全滅ですよ!!」
「俯く暇があるなら羽を飛ばせ! 後輩の方がまだ勇敢だぞ!!」
バルガンがロードの攻撃を受け止めている隙に、グローリアがジェールを引っ掴んで少しでも距離を取ることに成功した。
ジェールの安全を確保できたのを確認してゼムルは大剣を構える。
「これが今の全力だ。『怪乱蛮』!」
「加減は無しだ。『
ゼムルの大振りから放たれた五つの斬撃は、受け止めることを許さないほどの密度と圧だ。
バルガンはロードが受け止めるのを見ながら自身も最大火力の大技を放つ。
大斧形態で振り下ろした一撃は大地を割り、ロードの周囲を隆起させて逃げ場を奪いつつ、隆起した岩を足場にした上からの双斧形態による重い斬撃の嵐が襲い掛かる。
「……やれやれ。先輩と同僚は厳しいねぇ。『
「切り札を出すしかないか……『覇世眼』」
「ここが正念場です。『多重奏』」
舞い上がった数千もの羽が一斉に殺到。隆起した岩の隙間を縫うように、ロード目掛けて駆け抜ける。
四色の輪が浮かぶ瞳で射殺さんばかりに瞬きもせず見据える中、発射された十発の弾丸は一発一発がそれぞれに曲芸じみた軌道を描きながら羽の雨をすり抜けて降り注ぐ。
握る剣をタクトのように振るいながら幾重にも発動した複数属性の魔法は、上下前後左右から間断なく襲い掛かる。
しかし、ロードはそれらをその場で打ち消してみせた。たった一回、剣を地面に突き刺して衝撃波を生むだけで。
圧倒的としか言えない光景に全員の顔が引き攣る。
だが、絶対的な実力差を実感してなお、誰一人武器を手放すことはない。
勝てる可能性が限りなく低かろうが、自分たちが戦わねば他の者達が殺される。ただその思いだけで踏み止まっているのだ。
震える手足に無理矢理力を込め、武器を杖に立つ。
ロードがゆっくり歩み寄ろうとしたその時、遥か彼方から光の速さで来た襲撃者に、展開された障壁が紙のように斬り裂かれ、ロードは一瞬で警戒度を上げて迫る刃を右手の剣で受け止める。
『まさか、この私の障壁をこうも易々と斬るとは……貴方、何者です?』
「――さあね」
鍔迫り合いから互いに距離を取り、襲撃者はバルガンたちの前に悠然と立つ。
バルガンたちの前に立つ男は不敵な笑みをロードに向けた後、輝くような笑顔でバルガンたちへ振り返って溌剌とした声で宣言する。
「この僕が来たからには大丈夫だよっ!」
七色に輝く鎧を身に纏うその男は、その場にいる誰よりも輝いていた。
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