第10話 小さな冒険のおわり

 街を出発して北のガラン洞穴へ向かい、次に北西の山奥にあったマホロク地下遺跡、一昨日までは南西にあるエシャル火山。

 そして、今は南に大きく広がるセボナ大森林へとやって来ていた。

 ここで残りの素材、薪になる木材を確保したら完了だ。


 長い旅もいよいよ終わりが近付いていた。


―――――――


「――ゲン、これで十分?」

「どれどれ……ああ、これだけあれば十分だ」

「それじゃあ、返りましょうか」

「味気なし」

「――戦闘狂」

「ラン。そうやって噛みつかないの。ナギも自重して。今回はゲンがいるし、目的は素材集めなんだから」


 薪を拾っている間、ナギはずっと護衛をしてくれていたけど、魔物がやって来なくて暇を持て余していた。

 そんなナギを、ランはずっと睨んでいた。

 自分も手伝えって意味なんだろうけど、相変わらずナギは無視。

 それがよりランの神経を逆撫でしているのだろう。

 もう少し仲良くならないものか……。


「ラン、カリナの言う通りだぞ」

「――ゲンは誰の味方?」

「誰のって……」


 ランの目が細くなってる。今日は不機嫌みたいだ。


「俺はみんなに仲良くして欲しいって思ってる。だから、今はカリナの味方だよ」

「――裏切者」


 そう言い残すと、ランは森の奥へと消えて行ってしまった。

 声が普段よりも低かったから、それなりに怒っているらしい。

 はぁ……仲良くして欲しいだけなんだけどなぁ。


「あらら。むくれちゃったわね」

「今回ばかりはな。カリナには全てを押し付けて悪いな」

「いいわよ。普段からこういうこと多くて慣れてるし」

「苦労人なんだな」

「これでも部隊長だから」


 なんだかんだ、カリナもこれまで多くの苦労があったんだろう。

 この旅で何度彼女に救われたことか。

 戦闘になれば指揮を執ってランとナギの手綱を握って、移動中や探索中は常にみんなに気を配ってくれて。


 それに比べて俺は何をしていたのか……はぁ。

 視線を下にしていたら足が見えたため顔を上げると、薪を抱えたカリナが正面から見ていた。


「そんな簡単に人をまとめることは出来ないわよ。これでもそれなりに場数を踏んでるのよ?」

「でも……」

「ただの鍛冶師がいきなり人を率いれると思った?それは思い上がりよ。私だって、務めようになって半年はてんやわんやだったのよ?相手の事を知って、どういう接し方、言い方がいいのかを考えて、その時の状況でも変化させなきゃいけない。それをすぐに出来たら天才よ?人には向き不向きがある。ゲンにはまだまだ無理よ」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。

 全く反論する余地が無いし、正直思い上がっていたんだと思う。

 厳しい物言いだけど、カリナの言ってることは正しいし、目的が終わって気が抜けてたのを引き締めてくれた――んだと思う。そう思いたい。


「さて、それじゃあランのあとを追い駆けましょうか。ナギ、貴女もよ」

「了解」

「ほら、ゲンも」

「お、おう!」


 カリナがいてくれなかったらこのパーティは一日と経たずに空中分解してただろうな……帰ったら何かお礼をしなくちゃな。



――――――



 ゲンはもっと私を構うべき。

 最近は仕事が増えて構ってくれない。

 構ってほしいけど……あの生き生きとした顔を見てたらそんなことを言っちゃいけないって思って言い出せない。

 

 ここしばらくは髪を結ってもらってない。

 自分で毎日してるけど、やっぱり慣れないし……寂しい。


「グフォ―――」


 毎日夜に愛剣を研いでくれるけど、その時にも会話はない。

 朝になったらいつもの場所に剣が置かれてるだけ。

 二人とも仕事があるからすれ違っちゃうのは仕方ないけど……やっぱり寂しい。


「グルル―――キャンッ」


 本当はゲンに私の戦う姿を見せたかったのに……出番が無い。

 ナギがさっさと倒しちゃうし、ゲンのサポートはカリナがしてる。

 私に出来る事は――戦うだけ。


「………寂しい」

「そっか。ランはずっと寂しかったんだな。気付けなくて悪かった」


 ッ!?

 声が聞こえた方を恐る恐る振り返ると、ゲンが穏やかな笑顔を浮かべて立ってた。今の独り言を聞かれちゃった…?


「任される仕事が増えて、ランの相手をする時間が減ってた。仕事ができるのが嬉しかったから、ランのことを疎か――って言い方が合ってるのかは分からないけど、構ってやれなかったのは事実だ。ごめんな」

「ううん……ゲンが悪い事なんてない。私がワガママなだけだから……」

「いや、仕事の忙しさを理由に妹を蔑ろにしていいわけがない。だから、これからはもう少しランとの時間を作れるように頑張る」


 ゲンがしっかりと目を見て話してくれる。

 いつも以上に目力が凄いから、本気なんだって伝わってくる。


「――じゃあ、これからは前みたいにワガママを言っていいの?」

「出来る限り応えるけど……さすがに忙しい時には難しいからな?」

「――いいよ」


 どんよりと曇っていた空が晴れるみたいに、心が軽くなった気がする。

 ふふっ……明日からの生活が楽しくなりそう。


―――――――


 敵に塩を送っちゃったかな?

 でも、ゲンとランには仲良しでいて欲しいから、後悔はしてない。

 まあ、たまにはこういうのもアリでしょ。


「嘘も吐き続ければ真になる。されど、時にそれは己が心を変質させうる」

「助言をありがと。でも、心を偽ってるわけじゃないし、嫉妬で心を狂わせるほど落ちぶれてるつもりはないわよ?」

「仮面を使い分けるのは疲れぬか?」

「このパーティでは仮面を付けてないわよ。付けるのは面倒な相手の時だけ」


 こっちにいる時ぐらいはのびのびやらせてもらうわよ。

 あっちだと堅苦しくて息が詰まりそうになるし、会いたくなくても顔を合わせなくちゃいけないこともあるんだから。


「付けた仮面が剥がれぬようにならないことを祈るばかり」


 ナギの詩人のような物言いの時は忠告であることが多いけど、経験から来る言葉なのかしら?それとも、書物や伝聞なのかしら?



――――――



 俺達は無事にセボナ大森林での薪集めを終え、帰路に就いた。

 ランの心の内を知った日の翌日、ランの可愛いおねだりを聞き入れて髪を結うと、その日は終始鼻歌を口ずさむくらいには上機嫌になってくれた。


 カリナは時折ナギの方を見ては、俯いて顎に手をやり、考えに耽ることが増えた。ナギと何かあったのだろうか?

 そのナギはというと、時折出る魔物を片手間で薙ぎつつ、今回集めた素材を眺めていた。何か欲しい物でもあったのかな?



 街に戻ると、伯母さんと伯父さんが迎えてくれた。

 ランは、一応団長に報告してくる、と言ってクランに顔を出しに行った。

 伯母さんの誘いもあり、カリナとナギ、遅れて到着したランも交えてちょっとした宴会が開かれた。


 伯母さんから後でこっそり聞かされたことがある。

 実は伯父さん、短いけど冒険に出た事を嬉しいと思いつつ、やっぱり凄く心配してくれていたらしい。

 というのも、毎日弟子のひとりに方々へ確認に行かせ、門番や冒険者、商人などから情報を収集して俺達の動向を気にかけてくれていたそうだ。

 夜な夜なお酒を飲んでは酔っぱらって、その日仕入れた情報を伯母さんに何度も語って呆れさせたみたい。



 大変な冒険だったけど、色々と学べることはあったし、新たな仲間もできた。

 それに、目的の物は集められた。

 明日からは挑戦の日々になりそうだ……ランの事を忘れないようしないとな。

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