第5話 祭・上

 いよいよ祭当日。街は朝から賑わっている。

 路上には所狭しと飲食店の屋台が軒を連ねている。この日ばかりは、大通りに面していない隠れ家的なお店も屋台で顧客を増やそうと料理を振る舞っている。


 鍛冶屋や武具屋は、武器を一般人に販売するわけにもいかないので、街を彩る様々な物を提供して、今日だけは店仕舞いしている。


 商店はこの日のために集めた珍しい物や新商品を店頭に並べ、大きな声で街行く人々を呼び込むのに必死だ。

 今日は近隣の村や町からも人が集まって来るから、力も入るのだろう。



 そんな賑わう街中を――


「ねえ、どうして貴女もいるのかしら?」

「――私もゲンの護衛だから」

「い、以前に約束してましたから!」


 右からカリナ、俺、ラン、リルファの順に並んで街を練り歩いている。

 この事態になったそもそもの原因は俺なんだけど………あれでは断るに断れないよな。うん、仕方ないんだ。


 あれは昨日のこと―――




「ようやくあと一個………長かったなぁ」


 残り一個で、夕暮れまで一時間ほど。このまま頑張れば夜には完成するはずだ。

 そう、このまま邪魔が入らなければ………はっ! いかんいかん。昨日と同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。無心だ。無心で作業を終わらせることだけに集中するんだ!


「――ねえ、ゲン」

「ランか。どうした?武器の整備か?」

「――ううん……………明日さ」

「明日?……そういえば、カリナと二人で街を歩く約束してたな。悪いけど、明日は一緒にいられないな」

「――――それ、一緒に行っちゃ駄目?」

「え?うーん……カリナに確認しないとわからないな。俺は構わないけど」


 話始めこそ俯きがちだったが、最後の言葉に顔を上げてきた。よっぽど楽しみなんだろうな。……俺の懐が寒くなるなんてことはないよな?


「ちょっと待った! 私も行きたい!!」

「――なんでいるの?泥棒猫」


 新たに出来た心配事に頭を悩ませていると、工房の入口から元気な声が聞こえてきた。直後に兄弟子たちに見られて恥ずかしくなったようで、慌てた様子でこちらまで早足でやってくる。

 ランは白けた目を向けてたが、リルファは気付いていてそちらを見ないようにしていた。今日は何の用で来たのだろう?


「武器の整備は問題なかったか?」

「え?うん。完璧だったよ――じゃなくて!」

「――うるさい」

「うぐっ………わ、私も明日は一緒に回りたいんだけど、いいかな?」

「リルファもか。ランにも言ったけど、カリナの許可が必要だ。俺は問題ないけど、カリナが嫌な顔をしたら諦めてくれ」

「わかった。今から私達で確認してくるっ!!」

「――今回だけは共闘してあげる」


 ランとリルファが並んで工房から出て行った。あの光景を見ると、姉妹のように見えなくもないかな。カリナも加われば三姉妹といったところか。

 人数が多いと和気藹々として楽しいから歓迎だけど、何かを忘れてる気がしるんだよなぁ……まあ、いいか。それより、さっさと仕事を終わらせなくては。




 ―――ということがあり、当日朝に中央の噴水で待ち合わせをしたところ、カリナが最初に現れ、次にリルファ、最後にランが来た。

 カリナは不満そうだったが、ランとリルファは笑顔だったのが印象に残った。


「はぁ……予定とはだいぶ違うけど、ゲンと一緒だから、まあ許せるかな」

「――抜け駆けは許さない」

「そ、そうだそうだ!」


 今更だけど、凄いみんなと歩いているんだな。

 橙等級のランとカリナに、青等級――いや、最近緑になったリルファの三人と並んで歩いてる。この街に限って言えば、オーバーンさんが相手でなければ最強なんじゃないか?


「はぁ……貴女達は空気を読む気が無いのかしら?」

「――独り占めなんて許されない」

「そ、そうですよ! 祭は一日だけですし、ゲンは一人なんですから、時間には限りがあるんです!」

「それが分かってるから、カリナも許可してくれたんだろう?なら、今日くらいは楽しく街を回らないか?」

「そうよね。私はゲンと、楽しく回りたいわ」

「――二人きりにはさせない」


 優雅さを感じるカリナと、俺を挟んでそんな彼女を睨むラン。

 犬と猫の睨み合いみたいだなぁ……ん?あの後ろ姿。


「 あの魔道具のお店の人か…? ちょっと行ってくる」

「あっ、待って!」


 ここで見かけたのも何かの縁。話だけでもして行こう。


「あら?二人は?」

「――抜け駆け!」


 色んな装飾品が並んでるな。この前見た物よりも良い物ばかりだ。値段が高くてちょっと手が出にくいけど。


「お久しぶりですね、 今日は出店ですか?」

「あら、お久しぶりです。今日はお祭りだから、どうせなら販売ついでに宣伝もしようかなって思って。今日は……二人だけじゃないんですね」

「へぇ~、オシャレなお店ね」

「――勝手な行動は許さな………あれ?見覚えが」

「つ、抓るな! ……覚えてないか?以前に一緒に行ったお店の人だよ。赤の髪留めを買っただろう?」


 ようやく思い出したらしく、店長さんに照れながらも挨拶する。数日前に会って話をした人の顔を忘れてたのか。


「ふ~ん……妹に贈り物、ね。幼馴染にもあっていいんじゃない?」

「――出会って一月も経ってない幼馴染に贈り物はない」

「えっと……喧嘩はほどほどにね?」

「はぁ……二人の欲しい物を買うから、今日は喧嘩しないでくれるか?」

「あっ、私にはないんだ……」

「……仲間外れはよくないな。いいよ、リルファの分も」


 仕方ない。ここは全てを丸く収めるために、俺が犠牲になろう。

 ……三人分買ったらどれだけするんだろう?

 そんな俺の心配をよそに、三人はそれぞれに物色し始めた。


「悩むわねぇ……」

「――ゲンが選んで」

「これかなぁ……でも、こっちも捨てがたい………」


 あ、あんまり高いのはやめてくれよ。

 貯金してたとはいえ、そんなに手持ちは無いのだから。


「モテる男は大変ですね」

「これはモテてると言えるのか?」

「それは当然。両手に華、どころか花束を抱きかかえている状態みたいなものですよ?美人で、しかも腕の立つ冒険者三人。周りの男たちも嫉妬してるはずです」

「そういうものか?俺は自身は振り回されてるって感じしかしないけど」

「……大変ですね」

「まったくだ」


 店長の女性に溜め息を吐かれた。「こいつ何にも分かってないな」って感じたのは俺の気のせいだろうか?


「ねえ、ゲン。こっちとこっち、どっちがいい?」

「右が赤い石の耳飾りで、左は白くて丸い石の耳飾り……か?」

「そうみたい。どっちがいいかしら?」

「うーん……今日の衣装に合わせるなら、赤かな」

「そっか。じゃあ、これでお願い」

「わかった」


 カリナは赤い鉱石を五つ使った、花びらを模った耳飾りで決定と。


「――ゲン、どっちがいいかな?」

「緑色の魔石付き髪留めと――これは?」

「ああ、それですか?本当は売るかどうか迷った品でして。なんでも、魔女が魔力を込めて紡いだ糸で出来た髪紐だそうですが、信憑性が定かでなくて……。安全で綺麗ですし、一応は店頭に並べてますけど、誰も見向きもしませんね」

「欲しいのか?」

「――うん。……ダメ?」

「まあ、ランが気に入ったならいいよ。どうせならもう一つも買おうか」


 申し訳なさそうにしてるから頭を撫でると、照れて俯いてしまった。

 ゾクッとしたから背後を振り返ると、カリナが睨んでた。

 な、何か機嫌を損ねることをしてしまったか?


「むむぅ……」

「何を悩んでるんだ?」

「このネックレスと、こっちのブレスレット。どっちがいいかなぁ、って」

「そのブレスレット、ちょっと大きいんじゃないか?ネックレスのほうがいいと思うぞ」

「あっ、失念してた……。じゃあ、今回はネックレスで」

「お買い上げありがとうございます。ブレスレットや指輪などはしっかりと自分に合った物を買うことをお薦めしますよ」


 結局、リルファは剣と盾を模った金属のネックレスを選んだ。

 三人はそれぞれの物を身に着けると、上機嫌で歩き始める。三人が喜んでくれるなら、少しは見栄を張ったかいがあったというものだ。

 ………やべぇ。まさか、三つ買っただけで財布がかなり軽くなるなんて。

 贔屓になったから少しは安くしてもらえたけど、それがなかったらこの後何も買えなくなってたかもしれないなぁ……。

 次からはもう少し考えて提案しよう、うん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る