冴えない研ぎ師は自分を磨かず武器を磨く

蒼朱紫翠

第一章

第1話 出会いは突然

「ねえ、私の専属にならない?」


 この言葉を言われたのは、彼女と出会ってから三日後のことである。これがモテ期なのだろうか!?……夢見過ぎるとロクなことにならないからやめとこ。





――モテ期の三日前


「ゲン!仕事は終わったか!?」

「今やってるのが最後だよ!」

「それが終わったらメシにしろ!そのあとはまた仕事だ!」

「了解!」

 

 俺の名前はゲン。今いるのは街の工房だ。俺は幼い頃に両親を亡くした。一人になった俺を引き取ったのは、この工房の主である伯父のバルフレアだった。

 両親を亡くして茫然としていた俺に仕事を与えて悩む暇を与えなかった。不器用だけど、伯父さんなりの気遣いだったと今では理解できる。

 俺の仕事は初心者用の武器と防具の研磨だ。コツを覚えればガキでも出来る。



「今日の調子はどうだ?」

「まあまあかな。段々慣れてきたよ」

「慣れたからって油断するなよ。そういうときに怪我をすんだからな」

「わかってるよ。毎日口酸っぱく言われてるから」

「ならいいが。そうだ、お前に新しい仕事がある。この剣の研磨だ。そこそこの腕の冒険者のだから、中途半端は許されねえぞ」

「新しい仕事か……わかった、やるよ。伯父さんに恥はかかせない!」

「……いい顔すんじゃねえか。そんじゃあ任せるぞ。わからないことがあったら何でも聞け。今知らないのは恥じゃねえ。知らないままにすることの方が恥だ」

「困ったら頼るよ。早速取り掛かるってことでいいのか?」

「そうだな。丁寧に仕上げろよ!」

「おう!」


 働き始めた時から一歩前進だ。ついに誰かの武器を研ぐことができる!

 ようやく少しは認めてもらえた証拠だ。期待に応えてみせないとな。

 さて、どんな剣なんだろう?これか?軽いなー。


「これが言ってたやつか。そこそこの冒険者の武器にしては安物の感じがするなぁ……」

「それであってるぞ。明後日までに仕上げろよ!」

「わかったよ!」


 等級はどれくらいなんだろうか?


 

 この国では、冒険者は等級を色で分けられている。

 一番上から、金、銀、銅、赤、橙、黄、緑、青、紫、白の順番だ。

 黒色もあるが、皇帝陛下に認められた冒険者しかなれない希少な存在で、滅多に見かけない。この大陸に4人しかいないという話だ。



 それで、今回の依頼者の等級は……青か。確かにそこそこだな。この街ではたくさん見かける。この街でもっとも多いのが青と緑だ。銅以上は見たことが無い。

 たまにふらっと上位冒険者がやってくることがある程度だ。


「見たところ刃こぼれはそこまでないみたいだし、研磨はすぐに終わりそうだな」


 武器の状態によって修理の内容は変わる。

 刀身の先が無くなったなら小型に作り直すことも出来るが、半ばからだとそうもいかない。買い替えるほうが安く済むことが多い。

 愛着を持ってる人には言いにくいみたいだけど。

 一度見たのが、伯父さんに斬りかかろうとした冒険者がいたんだけど、仲間に止められていたっけ。

 逆に状態がいいと研磨だけで済む。

 俺としては斬りかかられるよりはそっちの方がいいな。怖いし。


「っし! 終わり!! 伯父さん、これでどうだ?」

「…………………まずまずだな。仕上げまでちゃんとやっとけよ!」

「おう!」


 伯父さんから許可が下りた!

 早速仕上げに取り掛かろう……って、そういえばこの前砥石使いきって、今はアレしかないんだった。


「なあ、親父の形見を使ってみていいか?」

「あん?あれか……別にいいが大事にしろよ。あいつの唯一の形見なんだからな」

「うん……唯一の形見だもんな。試し研ぎしてみていいか?」

「構わんが、気を付けろよ。それは呪われた石なんだからな」

「わかってる。気を付けて使うよ」



 親父は炭鉱で働く鉱夫だった。

 採掘作業の途中で落盤事故に遭って亡くなったと聞いた。

 その報せを聞いた母さんは、精神的なショックで倒れてそのまま息を引き取ったらしい。

 親父の形見は死ぬ直前に掘り出した物らしく、知り合いのおじさんが形見としてくれた。

 ただ、この形見は呪われているらしい。採掘した人に災いを呼び、使った者にも災いを呼ぶとか。

 俺はそんな迷信を信じないし、災いなんかで殺されない。



「………ふぅ。これで終わりだな。あとは明日にでも渡して完了だ」


 この時から、俺の人生の歯車は回り出した――らしい。



―――――――



「頼んでおいた剣は仕上がってますか?」

「ん?嬢ちゃんか。ああ、終わってるよ。これで合ってるな?」

「……はい。これです。ありがとうございます」

 

 どうやら持ち主が来てたらしい。

 これで今日から魔物退治が捗ってくれると嬉しい限りだ。

 俺達鍛冶師は武器や防具があってなんぼの商売だからな。

 まあ、俺はまだまだ見習いで、武器や防具を作った事も無いんだけど。


「おい!溜まってる仕事があるんだ!ぼうっとしてる暇があるなら働け!」

「はい!」


 伯父さんが本格的に怒り出す前にやらないとな。





――そして、運命の日


「あの~、ここに研ぎ師の人っていますか?」

「あん?いるがどうした?何か不備でもあったか?」

「いえ、感謝しに来たんですよ。会えますか?」

「ああ、いいぞ。ゲン!! お客さんだ!」


 作業中だってのに。いきなり何の用だ?

 伯父さんのところに行ってみると、そこには三日前にちょろっと見た冒険者が立ってた。俺が研いだ剣に何か不備でもあったのか?


「急に何?どういうこと?」

「この嬢ちゃんがお前に会いたいんだとさ」

「初めまして、リルファって言います。よろしくね」


 俺が言うのもなんだけど、青には見えないな。紫くらいに見える。

 武器も初心者用の武器みたいだったし、今身に付けてる防具もちょっとな。

 印象は、あんまり戦いに向いてなさそう――って、失礼過ぎるな。


「ゲンだ。それで?」

「そう! この剣を研いだのって君なんだよね?君のおかげで仲間を守れたから、その御礼をしに来たの。ありがとう!!」

「どういたしまして。それが俺の仕事だから、当たり前のことをしただけだ」


 自分の研いだ剣が活躍したって聞くとなんか誇らしいな。

 研いだだけなんだけど。


「ううん!それだけじゃないの。君のおかげで魔法に目覚めたの!パーティのみんなもビックリしてたよ!一番驚いたのは私だけどね。えへへ。」

「それだけか?なら仕事に戻りたいんだけど――」

「へえ~、君がリルが言ってた研ぎ師か……」

「……あんたは?」


 リルファの背後から、黄緑色の髪をした女性が現れた。

 こっちは防具がキッチリしてる。

 ……ちょっと露出度が高い気もしなくはないが、本人が気にしてないなら指摘することでもないか。


「名乗ってなかったわね。この子のパーティでリーダーをしてるヨハンよ。君のおかげで大切な仲間が救われたわ。改めて御礼をさせて、ありがとう」

「そこまで大したことはしてないんだが……」

「あなたはそう思うかもしれないけど、私達は仲間を救う力を与えられたの。だから、こうして御礼に来たのよ」

「……御礼は受け取った。もう仕事に戻っていいか?」

「もう一つ、話があるの」

「なんだ?」

「この子がね……ほら、自分で言いなさい」

「え、ええっとね?迷惑じゃなければだけど――」



「わ、私の専属になってくれないかな?」


 これはモテ期に含んでいいのだろうか?駄目だよな。

 あくまで仕事上の関係なんだから。そう、仕事上の関係。つまり健全だ。


「すまん、専属は無理だ。やることは他にもあるし、まだまだ俺は未熟だから」

「…………そうだよね。私の専属なんて嫌だよね」

「え?いや、誰も嫌とは言ってな――」

「ごめんなざぁーーーーーい!!」

「えええ!?走って逃げるほどのこと!?」

「はぁ……ごめんなさいね。後日また伺わせてもらうから今日のところは帰るわ。気が変わったらいつでも言ってね」


 ヨハンはそう言うと、リルファを追って出て行った。一体何が何だか……。

 困ってるとどっかに行ってた伯父さんが呆れ顔で戻って来た。


「お前、あの砥石で何かしたのか?」

「いや、いつも通りのことをしただけだよ。……ちょっとは持ち主の力になれればな、とは思ったけど」

「はぁ……とりあえず、厄介事は持ち込むなよ?」

「わかってるよ!」


 この日から、俺の日常は騒がしくなる……なってしまった。

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