第2話 仕事の合間のティータイム

 昨日のリルファだったか。いきなり専属契約を持ち掛けてきたが、なぜだ?

 そういえば、急に魔法が使えるようになったとか言ってたような……。

 まさか、あの砥石に秘密があるのか?でも、珍しいだけのただの砥石のはず。

 これまでにもどこかで使われたことがあるはずだが、今回のような話は聞いたことがない。

 ……うーむ。



「伯父さん、あの砥石を一度鑑定に出した方がいいかな?」

「さあな。見た目は他の砥石と変わらねえ」

「でも、どんな鍛冶師でも、これまで魔法が使えなかった人を突然使えるようにすることなんてできないだろう?」

「偶然が重なったか、使い手が奇跡的に目覚めたんじゃないか?」

「伯父さんらしくないな。使。そう言ったのは伯父さんだろ?」

「生意気言うようになったな。それで、何が言いたい?」

「俺はあの形見の砥石に何か秘密があると思う。確証はないけど。だからこそ、一度鑑定した方がいいんじゃないかと思ってる」

「あれはお前の物だ、お前が決めろ。ただし、形見を売ろうなんて考えるなよ?」

「当然。あれは父さんの大事な形見なんだから」

「ならいい。それを努々ゆめゆめ忘れるな」



 伯父さんは別に気にしていないみたいだけど、俺としては今回の事で変に目立つのは避けたい。伯父さんに迷惑をかけられないからな。

 それに、あの砥石をこれからも使っていいのか知っておきたいし。






「あのー! 昨日訪ねたヨハンですが、ゲン君はいますか?」

「俺がそうだが、何の用だ?」

「これから一緒にお茶でもどうかなと思って」

「仕事が――」

「行ってこい」


 剣が四つに盾が五つ。

 丁寧にやらなくちゃいけないから、一日はかかる仕事なのに。

 伯父さんはそれを知ってるはず。なのに、許可を出されてしまった……


「でも、まだ仕事が――」

「すぐ必要になるもんじゃねえよ。行ってこい」

「……わかった」


 拒否権は無いらしい。仕方ない、行こう。


「じゃあ、外で待ってるから。急がなくていいよ」

「わかった。着替えてくるから待っててくれ」


 突然暇を与えられて困ったが、待っていると言われた以上は行かないとダメなんだろうな。何を着て行けばいいんだ…?





「……ゲンのことを頼む」

「承りました。夕食までには戻るようにしますので、安心してください」

「どうせならそのまま大人にしてもらってもいいんだがな」

「へぇ……いいんですか?食べ尽くしちゃいますよ?」


 バルフレアがニヤッとして冗談を投げると、ヨハンはそれに妖艶な表情を浮かべて返した。傍目には悪だくみしているように見えた事だろう。


「それも経験だろ」

「冗談ですよ。嫌われたくはありませんから」

「あいつが嫌うとは思えんがな」

「それに今は信頼関係を築く時期ですし」

「……狙っているのか?」


 憮然とした表情を浮かべていただけのバルフレアは、ヨハンの言葉を受けて少し目を細めた。

 少し空気がピリッとしたことにヨハンは気付いた。ただ、それで怖気づくほど柔ではなかった。


「いえ。ただ、他のパーティに渡したくないだけです」

「あいつは欲が薄い。手懐けるのには苦労するだろうよ」

「頑張りますよ。とりあえず今日は御礼のためのデートです」

「デートね。誰とのだい?」

「……察しがいいですね」

「それくらいわかる。あの子に伝えといてくれ。あいつには苦労するってな」

「ふふっ、伝えておきます……来たみたいですね」



 着替えて戻ってくると、ヨハンさんと伯父さんが一緒にいた。

 伯父さんと話してたみたいだけど、何を話してたんだ?


「待たせて申し訳ない……伯父さんに何か言われたか?」

「いえ、特に。行きましょうか」

「わかった」


 伯父さんに見送られることもなく、工房を二人で出ると、太陽はすでに頂点を過ぎていた。……そういえば、メシ食ってなかったな。



 街中を二人並んで他愛もない話をしながら歩いていると、商業区画の喫茶店にやって来ていた。初めから決めていたらしく、店の前にはリルファが立って待っていた。こちらを見ると小走りで駆け寄って来た。

 三人で中に入ると、すぐに窓側の席に案内された。四人掛けの席に三人だ。

 座席の並びは、テーブルを中心に席が二つずつ対面している、一般的な配置だ。


「……昨日は取り乱して申し訳ありませんでした」

「いや、気にしていない」

「さて、とりあえず何か注文しましょう。ゲン君も何か食べる?」

「いや、特にない。俺はコーヒーだけでいい」

 

 腹が減ってるのは確かなんだが、書かれてるのを見たらそこそこの値段のモノばっかりで、そこまでお金を持っていない俺としては簡単に注文できない。昨日砥石買って財布軽くなったばかりだしなぁ……


「私はケーキセットとカフェオレを」

「私もケーキセットを。あとコーヒーも」

「それで、今日の用件はなんだ?」

「そんなに急がないで。ケーキが来てからにしましょう?」

「……わかった」


 俺としては腹が減ってるからさっさと用件を済ませて帰りたいんだが。

 途中で腹がならないか心配だよ。


「先に、改めて自己紹介をしておきます。私はパーティ『湖の騎士団』のリーダーを務めてるヨハンです」

「私はリルファ。最近入団したばかりの新人です」

「バルフレア工房で鍛冶師見習いのゲンだ」

「さて、今日は私達のお願いを聞いて欲しいの」

「なんだ?」

「その前に、昨日はこの子が急な申し出をしてごめんなさい」

「ごめんなさい」


 話しが始まると思ったら、いきなり頭を下げられてしまった。

 女性二人から頭を下げられているから、周囲からの視線が痛い。

 俺、何も悪い事してませんよ?たしかに、目つきは良くないけど。


「気にしてないから顔を上げてくれ。だが、昨日言った通り、俺はやることがあるから専属は無理だ」

「その事だけど、この子の武器だけでも担当してくれない?防具はいいから」

「武器だけ?」

「そう。この子――リルの分をお願いできないかしら?専属じゃないから私達の方から出向くわ」

「そちらから出向いてくれるなら問題ない。なんなら、全員分うちで担当してもいいぞ。伯父さんならキッチリ仕上げてくれるからな」

「……確かに。一つの工房で全員が御世話になると楽ね。オジサンに聞いてみてくれる?」

「でも、団長。今の工房はどうするんですか?」

「最近質が落ちてきててね、新しい所を探してたのよ。だから、ゲン君の申し出は渡りに船なの」


 質が落ちてきた?世代交代でもしたのか?俺が知らないだけで、伯父さんは知ってるのかな。

 うーん……うちも無関係とは言えないな。伯父さんが引退したらどうなるのやら。一番弟子のあの人は……どうかなぁ。



「にしても商売上手ね。ちょっと見直しちゃった」

「そうか?とりあえず戻ったら伯父さんに聞いてみる。暇な時にでも工房に来てくれ。それで、話が終わったなら戻らせてもらうぞ」

「ちょっと待って。もう一つあるの」

「……なんだ?」


‶ほら、あなたが言いなさい″‶うっ……はい″

 何やら二人でコソコソ話をしている。リルファの方に用件がありそうだ。


「その…この後暇があれば、このまま町の中を一緒に歩いて回らない?」

「デートか?」

「えっ!?ええっと、その…はい……」

「いいぞ」

「やっぱり駄目ですよね………ってええっ!?いいんですか?!」

「いいと言ったんだ。今日は伯父さんから休暇をもらったからな」


 それに、このまま帰ったら伯父さんに何か理不尽な事を言われそうだし。

 おばさんにはからかわれそうだな。


「じ、じゃあ、行きましょう!……って、これを食べてからでいいですか?」

「ゆっくりでいいぞ。時間はあるからな」




「ヨハンさんも来るんだろ?」

「「…………」」


 え?普通、ヨハンの都合も確認するべきだろう?なんでそんな、ここで私誘うとか馬鹿なの?、みたいな目で見てくるんだよ。

 あと、リルファは思考停止したみたいに固まってしまったし。

 何か悪いことしたか、俺?


 自問自答していると、はぁ、とため息を吐いたヨハンが脱力して疲れた表情を浮かべながら話し掛けて来た。

 俺、やっぱり何かやらかしたのか?


「私はこの後用事があるから、二人で! 楽しんで」

「そうか。じゃあリルファ、二人で回るとしよう」

「名前で呼ばれた…っ!」


 無邪気に喜ぶリルファを母親のような温かい目で見守っているヨハン。

 ここで思ったことを口にしたらナイフが飛んで来るだろうから、今度は何も言わずにいよう。

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