第5話 素材集め

「伯父さん、これからあそこに行くから。昨日の依頼主が来たら渡しといてくれるか?多分時間がかかるはずだから」

「おう、任せとけ。だが早く帰って来いよ?上級冒険者と会えるまたとない貴重な機会なんだからな」

「ああ、わかってるよ。滅多に御目にかかれない存在なんだ。会って話くらいはしたいもんだ」

「可能ならそのまま契約をもぎ取っちまえ!」

「可能ならな。じゃあ、行ってくるよ」

「気を付けて行けよ」「いってらっしゃい!」



 今日は朝から街の外に用があって出掛けるつもりだ。

 目的地は山の中にある滝。道中は魔物が出て危険だが、必要だから行く。


「――ゲン。今日も行くの?」

「え?ああ、ランか」

「――今日も一人?」

「うっ……そんな責めるような目で見ないでくれ。一人の方が楽なんだ」

「――でも危険。一人で行くようなところじゃない」

「わかっちゃいるけど、あそこまで護衛を雇う気にならないし、金もない」

「――知ってる。だから私がいる」

「いつも思うが仕事はいいのか?」

「――リーダーには話して許可はもらってる」

「でも、お前のクランはこの時期忙しいだろう?」

「――問題ない。今は少し余裕がある」

「俺に付き合うよりもっと有意義な時間の使い方があるんじゃないか?」

「――ゲンは私が邪魔?」

「いや、そうじゃないけど……」

「――なら問題ない。私が付いて行きたくて勝手にしていることだから」

「……ありがとう。頼りにしている」

「――えっへん。任せて。泥船に乗ったつもりで」

「それ沈むからな!?」

「――ゲン、緊張しすぎ。大丈夫、私が守るから」

「男としては情けないことこの上ないがな」

「――気にしたら負け。さあ、行こっ」

「そうだな。時間を無駄に出来ないし」


 一度行くと言ったら絶対に撤回しないからな。


「――今日は仕事はないの?」

「特に急ぎの仕事はないな。特殊な依頼が昨日あったが、その日のうちに終わらせたから」

「――特殊?」

「王都の上位冒険者がどこからか噂を聞きつけて、俺を指名して研ぎの依頼をしてきたんだ」

「――上位?武器は?」

「星銀製のレイピアだった。だから上位だと分かったんだ」

「――王都で星銀のレイピアを持っているのは限られてる。有名なのはクラン『星の見える丘』の突撃隊長であるカリナ」

「王都で新進気鋭として有名で、ギルドになるのではって言われてる、あの?」

「――そう。規模はまだ小さいけど実力者揃い」

「女だけのクランでも有名だよな?」


 クランとは所属人数20人以上のパーティのことを言う。

 クランのメリットは、個人や少人数パーティよりも指名されやすいという点。

 それから、移動時の手段――例えば馬車や船――を借りやすい点が挙げられる。


 そして、50人を超えると今度はギルドとして扱われる。

 ギルドとして国から認定されると、ギルドの集会所を与えられ、補助金も出る。

 ただし、功績を挙げなければ認定されないという非常に厳しい基準がある。

 そのため、今のところギルドは8つしかない。



「――あそこくらいになると専属がいるはず。何でゲンを指名?」

「それが謎なんだよ。俺にもわからん」

「――もしかして、何か恨みを買うようなことを?」

「そんなわけないだろ! しがない町工房の弟子だぞ!?」

「――じゃあどこかで会った?」

「いや、そんな有名人なら周りが気付かないはずがないだろう?」

「――謎のまま」

「考えても仕方ないな。それで、そっちはどうなんだ?」

「――どう、っとは?」

「ランも有名クランの一員だろう?」

「――私はまだまだ下っ端。仕事も雑魚狩りばっかり」

「雑魚って言うけど十分強いからな?」

「――そんなことない。まだまだ足りない。リーダーは〈赤〉だから」

「そういえばそうだったな。ランは〈黄〉だっけ?」

「――もうすぐ〈橙〉」

「凄い。このまま上位まで行きそうだな」

「――まだまだ。これからも頑張らないと」


 謙遜しているが、ちょっとだけ口の端が上がってる。

 照れてるのか、頬もちょっと赤くなってる。可愛いな~。


「そうか。また武具の整備が必要になったら言ってくれよ」

「――ゲン以外には頼まない」

「その期待に応えられるよう、努力し続けるよ」

「――そのうち武器作って」

「……知ってるだろう?俺が武器作れないって」

「――今度は大丈夫」

「何を根拠に」

「――『雷羆の爪』が手に入った」

「は!?……まさか、それを俺に加工させるつもりか?」

「――これなら失敗しない」

「失敗した時のダメージが大きいわ!!」

「――失敗、するの?」

「俺には荷が重いって話だ!!」


―――――


「――ここでいいよね?」

「ああ。たくさん集めるから、少し待っててくれ」


 二人で来たのは、街からかなり離れたところにある山の奥地。滝が流れる樹海。


 ここには神聖な水に神秘的な大木、希少な鉱石と金属などの、なかなか市場に出回らない素材が取れる穴場だったりする。

 しかし、この場所は〈橙〉ほどの実力が無ければまず来ることが出来ず、採掘技術や荷物持ちがいないと持ち帰ることもままならない。

 だから、危険を冒してまで取りに来る冒険者は滅多にいない。

 まあ、俺は抜け道を知っているから、来ること自体は問題ない。


 ならばなぜ来たのかと言えば、今の時期でないと採れない必要な素材が大量にあるからだ。

 まあ、ランがいないと貴重な素材がある奥まで行くことも出来ないけど。


――――――


「――もういいの?」

「ああ、十分に集まった。周りの警戒をしてくれてありがとう」

「――それが今日の仕事だから」

「これでランの武器の整備が出来るよ」

「――あの子のも?」

「あの子?……リルファのことか」

「――随分と親しくなったね?」

「お、おう。どうした?急に目を細めて。何か気に入らないのか?」


 ランがこんな態度を見せるのは珍しいな。

 いつもは半眼で、何を考えてるのか分からないくらい無表情なのに。


「――ゲンに女は似合わない」

「とんでもないことを言うんだな」

「――ゲンにはこれまで女の影がなかった」

「確かにそうだが、別に男女の関係とかはないぞ」

「――それはゲンの主観。周りのみんなは違う意見」

「そんなことは――」

「――パパもママもゲンの鈍さには気付いてる」

「うぐっ!」

「――ゲンは恋愛のことを知らなさすぎ」

「ランも人の事を言えないだろう?!」


 ランは小さい頃から戦うことに傾倒していた。

 家族を守るため、とは本人の言。

 そのため町では知らない者がいないくらい強い。

 というか上から数えた方が早いくらいの実力がある。



「――確かに私はまだ付き合ったことはない」

「だろう?なら」

「――でも色恋は女の得意分野。クランでもそういった話はいっぱい聞く」

「聞いてるだけ実体験では――」

「――全く知らないゲンよりはマシ。聞くだけでも全然違う」

「わ、わかったから。もう帰ろう」

「――だからゲンは初心」

「もういいよ。俺は女心のわからない男で。それより、昼からリルファが来るからもう帰らないと」

「――女のために帰る軽い男」

「酷い中傷だ!仕事であって女に会うために帰るわけじゃないからな!!」


 無表情で人の心を抉って楽しいか!!


「――仕事内容は?」

「……武具の製作だ。『城亀の甲羅』と『太刀蟹の爪』を持って来るらしい」

「――私の前に製作するなら良い実験台」

「俺としてはどっちも荷が重いから嫌なんだけどな……」

「――良い機会。武器を作れるようにならないと」

「俺も作りたいよ?でも、過去何度も失敗してるからこそ、上質な素材を使っても作れないだろうと確信に近い予感があるんだよ」

「――大丈夫。『亀』と『蟹』なら『羆』に比べても被害は少ない」

「俺とリルファの精神的なダメージがあることが前提じゃないか!」

「――逃げるの?」


 俺を信じているからこそ、こんな純粋な目を向けてくるんだろう。

 こんな目を向けられると、反論する気が失せるんだよな。

 なんだろう、男が廃るって言うか。


「仕事として依頼される以上はやれるだけのことはやる。ただし、失敗しても知らないからな?」

「――大丈夫。ゲンは成長したから」


 ランの信頼はどこから来るんだろう?

 そう思う時もあるが、この無償の信頼は俺を支えてくれている。

 この信頼を裏切るわけにはいかない、そう思わせるほど純粋な瞳はいつも俺が弱気になった時に力をくれる。


「そうか。ランが言うならそうなんだろう。――よし!帰って早速作業に取り掛かるとするか!」

「――うん。それでこそゲン。弱気は似合わない」

「ありがとう。頑張って作るから期待していてくれ!」

「――名前は一緒に考えよう?」

「もうそんなことまで考えてるのか。まあ、使い手のランが言うなら俺が拒否する理由はないぞ」

「――楽しみにしてる」

「任せろ!」

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