第二章

第1話 兄の心は複雑です

「今日はエラく不機嫌じゃねえか。どうした?」

「なんでもないよ」

「……どう見ても何かあっただろうに」

「なんでも、ランちゃんに近付く男がいるからピリピリしてるんですよ」

「そうなのか!?」

「まあ、どう見ても相手にするのがメンドクサイって感じだったんですけど、ゲンは気が気じゃないみたいですよ」

「…………………」

「あっ、おやっさんが気絶してる。誰か担架持ってきてー。大至急」



 ランと一緒にいた男。あいつは何なんだ?

 毎日朝になるとランを迎えに来て。ランはランで追い払おうとはしないし。

 クランで決まったことなのか?

 ………ああ、もうっ!! 毎日あのいけ好かない男のことが頭の中でグルグルする!



「――ゲン?ねえ、聞いてる?」

「っ! リルファか。どうした?」

「どうした、じゃなくて。今日から正式に、私のところのパーティと契約を交わすでしょ?だから、リーダーと一緒に来たの。おじさんが倒れたからゲンに言ってくれ、って他の人に言われたのよ」

「伯父さんが倒れた?そろそろ年か?」

「あはは………それで、契約書は?」

「ああ、今から取って来るよ。少し待っててくれ」


 ゲンがお家に入ってから少ししてヨハンさんが来た。

 キョロキョロしてるのは、ゲンかおじさんを探してるのかな?


「ゲン君は?」

「今、契約書を取りに行ってますよ」

「そう。そういえば、まだ剣を作ってもらってないのよね?」

「はい。まだこれがあるので問題はないですけどね」

「まあ、正式に契約するんだし、これからはいくらでもおねだりする機会はあるでしょう。――おねだりの仕方は分かってるわよね?」

「ちょっと! ゲンに誤解されたらどうするんですか!」

「あら、何を誤解されるのかしら?」

「っ!」


 意識しないようにしてるのに、なんで煽ろうとするかなー!


「――二人は仲が良いんだな」

「まあ、妹みたいなものよ。それで、オジサマは?」

「ソファで寝てるよ。今はとりあえず安静だってさ」

「そう……じゃあ、今日はゲン君が対応してくるのね」

「そういうことだ。といっても、契約書を確認して判を押すだけなんだよな」

「不備の確認はキチンとしないとね。不公平な契約になってることが稀にあるし、そうじゃなくてもミスがあったりするからね」

「そうか………問題ないな」

「そうね。じゃあ判を押しましょうか。――はい」

「よし。問題ないな?」

「ええ、これで契約完了。これからよろしくね」

「鍛冶師のプライドにかけて、完璧な状態にして届けるよ」

「じゃあ、早速で悪いんだけど、リルファの剣と盾を作ってもらえる?」

「………4日もらっていいか?」

「ええ、急いでるわけじゃないから大丈夫よ」


 もう! 自分でお願い出来たのに………


 とりあえず、ゲンの工房との正式な契約が無事完了したので、これから集合場所に行ってみんなに報告。

 それから、街の周辺を一通り見回ったら今日の仕事は終わり。


「そういえばこの前、ランさんだっけ?妹さんが大活躍だったみたいね」

「正確には従妹だけどな」

「なんでも、ミノタウロスと一騎打ちをして勝ったとか。ただ……その直後に不意打ちを食らって危なかったところを仲間に庇われたって話みたい」

「そうか。だからあの日………」

「でも、庇った仲間も大した怪我じゃなかったみたいでよかったじゃない」

「自分の不注意で仲間が傷付けば落ち込んじゃうよね……」

「リルも経験があるのか?」

「あっ、怪我はしてないよ?ただ、その…仲間に迷惑を掛けてる自覚がね……」

「自覚があるだけマシよ。無自覚に迷惑を掛けて、それを他人に責任転嫁してパーティを崩壊させた、なんて話は毎年一つは聞くからね」

「随分と傍迷惑なヤツがいたもんだな」

「自覚がないからどれだけ説明しても耳を傾けないのよ。全て周りの責任にして他人を非難してばっかり。知り合いから散々聞かされたわ」


 問題を起こすのはいつも男の人。

 周りを振り回して、付いて来れないなら容赦なく罵倒するらしい。

 さらに、クエストで得た報酬は全て自分で管理し、自分のためにほとんどのお金を使うため、一ヵ月ほどで解散するって、私もリーダーに耳がたこになるくらい聞かされたな。


「冒険者も大変だな」

「だから、パーティに加入する時に試験期間を設けて情報収集を徹底するのよ。それ以外にも、他のパーティと組む時、あるいはクランを設立する時にも同様のことをするわ」

「不和をもたらす存在は排除しないとね」

「そうすると、ギルドなんかはもっと厳しい審査があるってことか」

「国が審査するからね。前科持ちは勿論、親族まで調べ上げるみたい」

「犯罪組織になられたらたまったもんじゃないからね」

「へ~。なかなか興味深い話を聞かせてもらえたよ」

「そうそう、今朝偶然見かけたんだけど、ランさんに恋人でも出来たの?」


 あ。ゲンの表情が険しくなった。

 触れられたくない話題だったのかな?


「俺も詳しいことは知らない。クランの関係者ってことくらいだ」

「そう。付き人って表現の方が合ってたから、どういう関係なのかなって思っていたのよ」

「でも、確かに急だよね。どうしたんだろう?」

「俺は何も知らない。知りたかったら本人に聞いてみたらいいんじゃないか?」


 妹のようなランさんに近づく存在に心中穏やかではいられない、みたいな表情になってるのに本人は気付いてないんだ。

 ということは、おじさんが寝込んでるのもこれ絡みかな?


「よそのクランの事情に首を突っ込んだりはしないわ。そろそろお暇させてもらうわね。これからよろしくね?」

「任せてくれ」

「頼もしいわ。リル、帰るわよ。それじゃあね」

「ああ。約束の物は忘れずに四日後に取りに来てくれよ」

「リルが窺うわ」

「た、楽しみにしてるね! それじゃあ、バイバイ!」

「気を付けて帰れよー」



 

 リルファたちとの話が終わって家に戻ると、伯父さんがちょうど起きた。


「うっ…ん……俺は………」

「気絶してたらしい。兄弟子たちが運んだんだ」

「ああ…ランの事を聞いて……ランはどうした!?」

「まだだよ」

「そうか……お前はどう思う?」

「二人で話し合っても仕方ないんじゃないか?」

「そうれもそうだな。帰って来たら聞くとするか」

「……伯父さんが聞いてくれよ?」

「お前が聞けよ。兄貴だろ?」

「伯父さんこそ、父親だろう?」


 伯父さんとどれだけの時間睨み合ったか。一瞬か、それとも十秒以上か。

 背後から声を掛けられるまでこの攻防は続いた。

 

「――二人で何睨み合ってるの?」

「ラン!?……いきなり声を掛けないでくれ」

「――ただいまって言っても反応なかったから」

「そうか。それはすまなかった」

「――それで、どうして睨み合ってたの?喧嘩?」

「いやいや、なんでもないんだ」

「ちょっと話し合いをしてて熱くなっただけだから。気にしないでくれ」

「――そう」

「さあ、メシでも食べよう。御腹が減って仕方がなかったんだ」

「そうだな」

「――てっきり、私のことで話し合ってたんだと思ったけど、違うんだ」


 ランが自ら爆弾を投下したことで伯父さんがまたフリーズしてしまった。

 ランははっきりと聞こえる声で、俺と面と向かった状態で腰に手を当てて溜め息をついた。

 まるでこちらの心情を完璧に把握しているかのように。


「――はぁ……気にすることなんて何もないのに。二人は心配性」


 照れてることはわかったが、指摘すると脇腹を抓ってきそうだからやめて――痛い痛い! まだ何も言ってないだろう!?


「――ニヤけてる。バカ」

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