第5話 王都目前

 王都へ旅立ってから11日目。

 オーバーン一行は王都の目前まで来ていた。




 5日目の襲撃以後、『灰被り』らしき人物たちからの襲撃はなかった。

 それまで以上に警戒を厳しくし、俺がいる馬車には常に五人の護衛が付くようになった。ちなみに、ランは固定である。


 加えて、夜間はオーバーンさんが能力を使って周囲を監視しているらしく、オーバーンさんがいる馬車の警備には必ずゼムルさんを含めて四人が付いている。

 

 一つ気になるのは、襲撃以来、バーニヤさんと顔を合わせていないことだ。

 遠目に見かけることはあっても、話しをするどころか面と向かう機会もない。

 なんというか、避けられてる気がするんだよな~。


「――ゲン、他の女のことを考えてた?」

「……勘違いだ」

「――嘘。間があった」


 こういう時、結構鋭いな。

 こっちの変化には必ず気付くし、目端が利くって言うのかな。

 とにかく、嘘を吐いてバレなかったことが無い。


「はぁ……バーニヤさんと最近話をしてないなって思ってさ。なんとなく、避けられてる気がするんだよ」

「――ゲンが何か言った?」

「え?………多分、あの襲撃の日だと思う。何か言ったわけじゃないけど、助けてもらったのにお礼も言えてないんだよ」


 助けてもらった直後は怖いと思ったけど、すぐにお礼を言わなきゃって立ち上がった時にはいなくなってた。それ以降は先に言った通り、顔を合わせられていない。


「――だって。聞いてるんでしょ?」

「え?」


 聞いてる…?まさか……!!


「ごめんなさいね、ゲン君。そのぉ……お姉さんのこと、怖がってるんじゃないかと思って話し掛けられなかったの」

「そのっ、怖いとは思いましたが、それよりもお礼を言わなくちゃいけないって思ってたんです」

「やっぱり怖いのね……」


 あっ! バーニヤさんの顔が曇ってしまった!

 なんとかしなくては……でも、何をすればいいんだ?

 わ、笑わせればいいのか?


「――バーニヤ。ちっとも悲しんでないでしょ」

「あら、少しは傷付いてるのよ?男の子に怖いと思われるのは、女の子としては嫌なことだもの」

「えっと……」


 じゃあ、今のは所謂いわゆる嘘泣きってことか?


「ごめんね?からかうようなことをしちゃって。でも、嬉しいな。私のあの姿を見た人はみ~んな、見る目が変わっちゃうから。ゲン君がそれでも普通に接してくれようとして、お姉さんは嬉しいな」

「――魔性の女」

「何か言った?」

「――ゲン、バーニヤには気を付けてね」

「あっ、待ちなさい! ゲン君、また後でね」


 一足先に馬車から降りて逃げたランを、バーニヤさんが慌てて追い駆けて行ってしまった。

 まあ、とりあえず仲直りできたと思っていいのかな?


「――気を抜きすぎではないか?」

「おわっ!?な、ナギかぁ……驚かせないでくれ」

「油断大敵なり」

「うっ……そうだな。気を付けるよ」

「して、一つ言っておくべきことがある」


 ナギが俺に?何かの忠告か?


「我には為さねばならぬことがある。そのためにここまで付いて来た」


 いまいちナギの行動理由が分からなかったが、王都に用事があったのか。

 しかし、どうして俺達の街に来たのだろう?

 わからないことだらけだが、ひとまず話を聞こう。


「何のためだ?」

「倒さねばならない者と、果たさねばならない約束のため、とだけ言っておく」

「……罪を犯したりはしないよな?」

「そのようなことはせぬ。ただの決闘だ」


 決闘って……。

 それに、どう見てもその表情で何事もないってことはないと思うんだけど。

 どちらかが死ぬまで終わらない予感がする。

 

「……心配か?」

「まあな。なんとなくだけど、死ぬ覚悟を決めてるように見える」

「死ぬ気はない」

「だけど、死ぬ可能性は否定しないんだな?」

「……生意気を言う」


 怒っているような口ぶりだけど、ニヤリとしてるから面白いとか思っているんだろうな。何が面白いのかはわからないけど。


「では、汝には立会人になってもらうとしよう」

「立会人?」

「決闘を見届ける者のことだ。それならば安心だろう?」

「うーん……まあ、立会人になるのは別に構わないけど、厄介な事だけは起こさないでくれよ?」

「……ふっ」


 今、笑ったな。何も言わないってことは約束はできないってことか。

 でも、俺に言ってくれてるだけ信頼されてるってことなのかな?

 その点を考慮して、今回は信じてみよう……オーバーンさんには相談するけど。


「それでだが……刀の整備を頼みたい」

「わかった。しっかりと仕上げるよ」

「よろしく頼む」


 話は済んだらしく、頭を一度下げてから馬車を降りて行った。

 心配は心配だが、水を差すのは駄目だよな。

 俺が出来る範囲で力を貸してあげよう。




 王都まで半日ほどの距離を残して、今日が最後の野営になる。

 ナギとランの武器の手入れをしていると力強い足音が聞こえてきたため顔を上げると、ゼムルさんが近付くまで来てた。


「精が出るな。二人分の整備か」

「自分の出来る事をしてるだけですよ。二人のはもともと担当してるので」

「そうか。無理はするなよ?一人での行動も厳禁だ」

「はい、わかってます。……ゼムルさんのも見ましょうか?」

「いいのか?」

「任せてもらえるのなら喜んで」

「そうか……では、頼もう」

「任せてください!」


 ナギの太刀を念入りにやるつもりだったけど、ゼムルさんの大剣も興味があったからな。両方ともしっかりやり遂げてみせる!!

 ……ランのも忘れてない。忘れてないぞ?

 


 おおぉ……重い。ずっしりとした重みで、気を抜くと圧し潰されそうだ。

 ナギの刀と違って全体的に重いな。

 普通は刀身に重きを置いて、持ち手は多少軽くなるように設計されているはずだけど、この剣は違う。ゼムルさんが使うことを前提に作られた、ゼムルさん専用の武器なんだ。一見するとどこにでもありそうな大剣に見えて、実はゼムルさんに合わせて作られてる。

 例えば持ち手。ゼムルさんがしっかり握り込んでも簡単にはほどけないし千切れないように丈夫な紐を使ってる。これって……いや、今は気にしないでおこう。それから、微妙に凸凹してるところがあるけど、これは握りやすくするための工夫だ。

 見れば見るほど、使用者の事を考えて作られてることが分かる……凄いな。俺もこういうことに気を配れるようにならないと。


 ランの短剣の整備はすぐに終わった。魔法を纏わせてるおかげもあるけど、丁寧に扱ってくれてることの証明でもあった。刃毀れはなし。全体的に修理の必要な箇所もない。ははっ……仕事がほとんどないや。


 最後にナギの太刀。これはかなり神経を使うから最後にした。

 どこか一箇所でも刃毀れを残したままにすると技の冴えに支障が出る、って言われてるからだ。ちなみに、その時のナギの顔が無表情過ぎて怖かった。

 そんなこともあって、ナギの太刀を扱う時が一番緊張する。普段は飄々としている彼女でも、自分の武器に関しては決して確認を怠らない。太刀に関しては自分が納得するまで絶対に妥協しないのだ。

 まあ、だからこそ、彼女に手入れを一任されるということは信頼されているってことなのだろうと自分で勝手に納得してるんだけどさ。




 手入れに集中しすぎて呼びかけに気付かなかったせいで、音を消して忍び寄って来ていたランにからかわれてしまった……兄を何だと思っているんだ?

 まあ、集中しすぎて周りの事に意識を向けられなかった自分が悪いんだけど。

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