第4話 王都への道中 下
王都までは十日ほどかかるとゲンには事前に説明があった。
一般の馬車で行けば倍以上かかることを考えれば、かなり早いことがわかる。
ただし、オーバーン率いる『月下の夜会』が護衛しているからこそだ。
道中はゲンにとって未知の体験ばかりだった。
色とりどりの花々が咲き誇る花畑。
透き通る水で満たされた湖と、そこで泳ぐ魚や休息に訪れた多種多様な鳥たち。
丘の上から見下ろせる平原でのんびりと歩き回る羊や牛たち。
遠く
山の中を彷徨うゴーレム。
雷鹿を追いかける魔狼の群れ………
「って、あれはさすがにヤバいんじゃないんですか!?」
「こっち向いちゃってるわね。ゼムル」
「了解した」
ゼムルさんはオーバーンさんから指示を受けると、愛馬を走らせて魔狼の群れに突っ込んで行ってしまった。
大剣を横薙ぎすると、衝撃波が生れて目の前に迫っていた魔狼たちが吹き飛ばされ、後続はその光景に足を止めた。
剣をチラつかせるゼムルさんに気圧されたのか、魔狼たちは元来た道を戻って行くのだった。
「すげえ」
「彼ならばこの程度は当たり前に出来ることです」
「――さすが銅等級」
銅等級――つまり、上から数えた方が早いくらい強いということ。
ちなみに、金等級は現在10名。銀等級は約50名。銅等級は100名ほどらしい。
金以上も存在するが、滅多に人前に出ないため幻の存在となっているとか。
「銅ってことはオーバーンさんと同じ?」
「ええ。我々のクランには私を含めた銅が三名、赤四名、橙三名います。ランは先日赤に昇格し、ファールスも橙になりました。仲間が強くなると私も心強いです」
三名…?あと一人って誰なんだろう?
「ちなみに、私も橙よ?」
「えっと……意外でした。なんとなくですけど、サポートに徹してるイメージがあったので」
「それも間違いじゃないけど、これでもちゃんと戦うのよ?」
「――影の実力者」
「何か言ったかしら?」
バーニヤからの圧力にランは即座に首を左右に勢いよく振って否定する。
彼女が副団長である理由と、ランとの関係が垣間見えた瞬間であった。
旅を始めて五日目。
魔物との接敵は何度かあったものの、順調に来ていた一行の行く手を遮る事態が発生した。
「何か問題が?」
「土石流があったらしく、広範囲で通行止めの状態のようです」
「土石流?この地域の天候は安定していたはずですが……」
「雨が降って少し経過してから起こることもあるそうだし、不思議ではないんじゃない?」
オーバーンは頭の中の情報を整理していたが、バーニヤの言葉でひとまず団員への指示を優先することに。
「ファールス、状況の確認を。他の団員も周囲を調査して。あまり遠くまでは行かないように」
オーバーンから指示を受けると、団員たちは各自で二人から三人のパーティを作って調査を開始。行動の迅速さは日頃の訓練の賜物だ。
ゲンにとっては不思議な光景として映っているらしく、感心したように口を開けて見ている。
そんな時、突然ゲンの頭の上にウィーネが現れる。
『ゲン~』
「ん?ウィーネか。どうした?」
『あの土石流、自然じゃないよ?』
ウィーネから
水の精霊であるウィーネが、自然に起きたモノではないと断言したのだ。
「どういうことだ?人為的だってことか?」
『えっとね~。ここでは全然雨が降ってないの』
「そうなのか?」
『そうだよ~。だから、ここで土石流は起こり得ないの~』
「起こり得ない…?まさか――オーバーンさん!!」
ウィーネの言っていることを一つ一つ理解していたゲンは、最後の言葉で土石流が発生した理由を察して咄嗟に叫ぶ。
オーバーンは名前を呼ぶ声だけで状況を察し、即座に能力を発動して味方の安全確保に動いた。
ゼムルもまた、ゲンの叫び声を聞いてすぐに馬車まで引き返していた。
その視界には灰色の外套を羽織る集団が馬車に迫っているのを捉えている。
ゲンのこの行動は最適ではあったが、不用心でもあった。
敵の狙いが自分であることを失念していたが故に、安易に荷台から顔を出してしまったのだ。
ターゲットであるゲンを見つけた男は馬車の護衛の一瞬の隙を突いて荷台の中へ突入し、ゲンを捕まえようと手を伸ばしたところで前のめりに倒れた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
男の背後にはいつの間にかバーニヤが立っていた。
手には武器を持っておらず、それが余計にゲンの恐怖心を刺激していた。
そのことに気付いたバーニヤは一瞬寂しい表情を見せたものの、すぐに笑顔を浮かべて馬車の外へと消えて行くのだった。
「――ゲン!」
「ラン! 俺は大丈夫。それよりもバーニヤさんが一人で外に行ったんだ!」
「――大丈夫。あの人は強いから」
ゲンは一人で出て行ってしまったバーニヤを心配してランに援護を要請しようとしたが、ランの信頼していることが伝わる笑みを見て落ち着きを取り戻す。
「盗人の類にあらず。気を付けたし」
「ナギか。こっちは大丈夫だ……って、もう行くのか」
静かに荷台に入って来たナギは、ゲンの安否を確認に来たらしい。
だが、ランがそばにいるのを見て問題なさそうだと判断すると、ナギはすぐにまた外へ出て行ってしまった。
「しかし、盗人じゃないってことは……」
「――『灰被り』」
「そうなるよな」
「――大丈夫。私達がちゃんとゲンを守るから」
ランがゲンを励ましている最中、外には瞑目するナギが立ち止まっていた。
「……そうか」
馬車から離れようとした時、ゲンとランの会話を聞いてしまったからだ。
少しの間目を瞑ってから静かに息を吐き出し、誰にともなく囁いたその小さな呟きは、誰にも聞かれることなく風に流れて行った。
ゼムルは腕を組み、厳しい表情を浮かべている。隣に立つオーバーンも同様。
二人の視線の先には道路を塞ぐほどに大きな岩と、大量の土砂があった。
「この土砂をどうする?」
「時間を使い過ぎましたね。ファールスの報告では、広範囲に土砂が広がっていることが確認されています。作業を始めれば夜まで掛ることでしょう」
「では、野営を?」
「ですね。少し引き返したところに――って、ゲン君?何をしているのですか?」
ウィーネ、ノーランと共に土砂を見分していたゲンは顔を上げると、二人の意見をオーバーンに伝える。
「あの~。ここから少し登った地点から水を流せばまとめて押し流せるって言ってます」
「………え?」
ゲンの思わぬ提案に半信半疑のオーバーンだったが、精霊の力を見てみたいという欲と、無謀でなければいいと考えてその提案を受け入れることにした。
水魔法を得意とする団員十名と、ゲンと護衛のランを連れて比較的足場がしっかりしている斜面に移動。
団員たちも半信半疑の様子だが、オーバーンの指示に従って魔法の準備を進めている。
ゲンはウィーネ、ノーランと共に土砂の確認と、上から道路の状況を確認中。
「――ここでいいの?」
「ああ。オーバーンさん、お願いします」
「じゃあ、一気に行きますよ――放て!!」
オーバーンの合図のもと、団員十名の『水砲』が放たれる。
しかし、水源が周囲には無く、術者の魔力を水に変換して放出しているため一人一人の量は多くない。
だが、そこに強化された精霊の力が加わると―――
「――――すごい」
「まさか……」
ウィーネは水を束ね、さらに自分の力を加えることで激流へと変えてみせた。
ウィーネに制御された激流は、綺麗さっぱり斜面に残っていた土砂ごと道の土砂を押し流すことに成功。その光景に、団員たちはただただ唖然としていた。
「すごいな、ウィーネ!」
『えっへん』
「……すぐに移動の準備を。日も傾いています。急ぎますよ」
団員と同様、呆気に取られていたオーバーンだったが、すぐに気を取り直して団員に指示を飛ばしていく。
結果的に、今日の目標地点までは辿り着かなかったが、ゲンのおかげで遅れをかなり取り戻せたことは確かだ。
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