第3話 王都への道中 上

「この飛空艇に件の少年が乗り込んでいるらしい。邪魔が入れば殺して構わん。少年を確保次第撤収だ!」


 飛空艇の貨物に乗り込んでいた男たちは目的を確認し合うと、各々の担当場所へ向けて動き出した。


 客室を飛空艇の上から順番に開けて中にいる者を確認していく。

 見るからに怪しいその風貌に、見かけた人々は怪訝な目を向けるが男たちは気にしない。

 さっさと任務を終わらせてこの飛空艇を離れることに集中しているからだ。





 とうとう男たちは飛空艇の底へと戻って来た。

 ここまでで少年を見つけることは出来ていない。

 男たちの間では不安と焦燥が心を満たしていたが、そんなことはおくびにも出さない。


「ここまで虱潰しに探していないということは、ここ以外にありえない。いいな、行くぞ!」


 合図とともに最後の客室へ男たちが雪崩れ込む。


「――どういうことだ! 目標がいないではないか!!」


 しかし、最後に突入した部屋にもゲンの姿はなく、あるのはそれらしい見た目をした人形だけだった。

 偽情報を掴まされたと歯噛みする男達の背後から、コツコツとゆっくりとした足音が聞こえてくる。 


「罠だったってことさ」

「なっ!?」

「さっさと捕まえろ」


 退路を塞ぐようにして立つ右眼に眼帯をした男が号令を下すと、その後ろで待機していた男の部下たちが一斉に動き出す。


「やれやれ……骨折り損にならなきゃいいが」


 役目は終わったとばかりに背を向けた男の背後では、次々と灰色の外套を纏った男たちが拘束されていくのだった。



―――――――



 飛空艇での騒動から半日ほど前―――


「我々は、これより王都へゲン君を護衛しながら向かいます。昨日話したように、道中は魔物以外の脅威と接触する可能性があります」


 オーバーンさんの言葉に団員の人達が真剣に耳を傾けてる。

 みんなから尊敬されてるんだな。ランは……眠そうだけど。

 あっ、オーバーンさんの顔の向きがちょうどランの方向に。


「決して、王都に着くまで気を抜かないように。気を緩めれば死ぬと思いなさい」


 これ、絶対にランに向けて言ってるよな。

 聞こえてたみたいだけど、全然気にしてないな。

 うぅ……兄として心配だよ。


「それでは出発!」


 オーバーンさんの号令に従って列が動き始める。

 荷馬車が五台、馬は合計で30頭ほどいる。

 一体どれだけのお金がかかってるんだろう…?



 出発してから少ししてオーバーンさんが荷車の中に入ってきたから、気になっていた疑問をぶつけることにした。


「どうして急遽変更したんですか?」

「――眠い」

「事前に情報を頂いたので、急ではありますが陸路に変更となりました」

「――情報?」


 まだ眠そうにしていたランが、気になる単語に敏感に反応する。

 ようやく目がパッチリしたみたいだ。よかったよかった……いや、遅いか。


「空路――つまり、我々が乗船予定だった船に例の組織が潜入するとの情報を受け、陸路に変更したのです」

「その情報源は……」

「彼女です」


 彼女というのは《鷹の目》のグローリアさんのことだろう。

 どうやって手に入れたかはわからないけど、重要な情報を渡してくれたらしい。

 しかも、かなりの急ぎで。


「――でも、油断できない」

「ええ。当然、陸路の方にも網を張っているでしょう。ゲン君には申し訳ないけど、街に近付いてもこの荷車から降りれません。退屈な旅になりますが、我慢してくださいね?」

「御要望があれば、私が御話を語り聞かせますよ?」


 いつの間にか背後でバーニヤさんが穏やかな笑みを浮かべながら座ってた。

 いや、むしろその笑みで怖さが倍増してるんですけど……。

 神出鬼没なのか?


「大丈夫です。話し相手には精霊がいますから」


 バーニヤさんが残念そうな顔をしたかと思ったら、こちらの顔を覗き込むような体勢に。いや、胸元がチラチラ見えちゃってますよ!

 

「そう。でも、無理はしないでね?男の子は無理しちゃうから」

「あはは……気を付けま――痛っ!?」


 ランの方を見るとそっぽを向いてた。

 胸を見たから怒って抓ったのか?それとも何か別の理由?

 まさか……俺、わかりやすく鼻の下を伸ばしてたのか??


「――今日はゲンの隣にいる」

「駄目ですよ。貴女も周囲の警戒をしなくてはいけませんから」

「――団長、ゲンにだけ甘い」

「当然です。彼は客人であり、大事な護衛対象ですよ?団員とは扱いが違います」


 オーバーンさんの反論は正論だ。若干まくし立ててる感じがしなくもなかったけど、正論は正論。

 だけど、ランは半眼でオーバーンさんを見詰めてる。

 あえて表現するならジトっとした目で見てる。

 まるで嘘つきを見るような目で。


「――本当に?」

「ええ、本当です」

「――普段よりちょっと口角が上がってる」


 ランの指摘に、一瞬だけどオーバーンさんの肩がビクッてなった。

 その反応に、バーニヤさんの目がうっすらと開く。


「そういえばそうねぇ……」

「――そういえば以前、『彼みたいな弟が…』って言ってたっすよ?」

「ちょっ!? いつの間に……いえ、そうではなくてですね!」

「「 ふーん 」」


 ファールスさんからの突然の暴露に、あのオーバーンさんが珍しく焦ってる。

 その様子を見ていたランとバーニヤさんの口がニヤニヤしてる。


「べ、弁明の機会を……」

「――ゲンは渡さない」

「まあ、オーバーンも女の子ってことね。うふふふふ♪」


 バーニヤさん、絶対『いいネタ見つけた』って思ってるんだろうな。

 口元を手で隠してるけど、笑みを隠し切れてない。


「ですから……もう! ファールス! あとでお話しがあります!!」

「うげっ! お説教は勘弁すよ!?」

「逃げたら明日まで食事抜きにしますからね?」

「……了解っす」


 可哀想だとは思うけど、人の秘密を安易に口にするのは駄目だ。

 まあ、うん……この件に関しては絶対に触れないようにしよう。

 俺自身にも少なからず被害が出そうだから。





 結果だけ言うと、『灰被り』からの襲撃はなかった。

 道中、魔物との戦闘は何度かあったけど、いずれもオーバーンさん指揮のもと素早く排除された。


 風の精霊であるシル曰く、オーバーンさんは風の魔法を使って声を確実に遠くまで届けたり、団員を守ったり、場合によっては攻撃して牽制していたらしい。


 全体を見つつ、適宜指示を出し、団員をサポートする。

 言うのは簡単だが、それを実行するのがどれだけ難しいことか。

 魔法の併用だけでも集中力をかなり使う。ちょっとでも制御が甘くなると魔法は霧散してしまうからだ。

 加えて、団員全員を常に捉え続ける視野の広さと、襲来した魔物への対策。

 オーバーンさんは頭の中でいくつもの作業を同時並行して処理しているのだ。


 並の人間には到底できることじゃない。

 一体どれだけの経験をしたらあんなことを出来るようになるのだろうか?


「ふふっ、驚きましたか?」

「はい。迷いなく指示を出す姿は、団員にとってとても安心できるだろうなって思いました」


 素直に感想を述べると、オーバーンさんは満足げな顔をして団員たちのもとへ歩いて行った。

 入れ替わりでランがこちらに近付いて来た――って、みんな集まってるんじゃないのか?いいのか?


「――活躍、見てくれた?」

「ああ。武器も丁寧に扱ってくれてるみたいで安心したよ」

「――当然。大事な物だから」


 俺が作った武器を大事に抱えている姿を見ると、本当に良い仕事をしたなって思える。これからもランを守るために頑張ってくれ。


 バーニヤさんに呼ばれたランは俺に武器の手入れをお願いすると、バーニヤさんのもとへ駆けて行った。

 他にやる事がないためランの武器の手入れをしようかと立ち上がると、いつの間にか目の前にゼムルさんが立ってた。 

 相変わらず大きくて、近づき難い雰囲気を放ってるなぁ。良い人なのに。


「まだ余裕がありそうだな」

「ゼムルさん。まあ、貴重な経験ばかりでしたから」

「学ぶことを止めはしないが、団長の邪魔だけはしないようにな。彼女が揺らげば団員も揺らぐ。何事もほどほどに、だ」


 余裕、ってことは心配してくれてるのかな?

 

「はい、邪魔はしません。それと、ちゃんと指示には従いますよ。足手まといにはなりたくないですから」

「分かっているならいい。……暇になったら、明日から少し鍛錬でもするか?」


 鍛錬…?

 理解が追い付いてないことが顔に出ていたようで、すぐに補足してくれた。


「武器を手に取ったようだからな。念のため、自衛の訓練くらいはしておいた方が

いいだろう。何が起こるか分からないからな」


 ランの武器が盗まれた時のことを念頭に話してくれてるんだろう。

 あの時はみんなが来てくれたから助かったけど、本当に危ないことをしたって今は反省してる。

 ゼムルさんは素人目にも凄く強いってわかる人だ。

 こんな機会はなかなかないから、しっかりと教わろう!


「自分の方からお願いします。自分の身くらいは守れるようになりたいので、是非お願いします!」

「そうか。今日はもう遅いから明日からだ。荷馬車の中で出来ることを教える。大事なのは日々の積み重ねだ。……鍛冶師と同じだ。お前なら出来る」


 それだけ言うとゼムルさんはオーバーンさんのもとへ歩いて行った。

 「お前なら出来る」……か。そうだな。

 同じ作業を繰り返すことも、積み重ねることも仕事で慣れてる。

 焦らず、しっかりとやっていこう。

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