第6話 今だけは思いは同じ

「――間に合ったようね。ケガはない?ゲン」

「その声……カリナか?」

「カリナ!?《剣姫》がどうしてここに!!?」


 そうだ、王都にあるクランに所属するカリナがどうしてここにいるんだ?

 この前の戦闘の後、王都に戻ったと聞いていたんだが………


「ゲンを解放してくれないかしら?人と戦うのは趣味じゃないの」

「ぐっ……だが、相手は一人だ、やっちまえ!!」

「――ゲン!」

「遅かったわね。やっぱり、貴女じゃゲンは守れないわ」

「――カリナッ!!」

「待て、ラン!! 今は抑えろ!」

「――――わかった。今だけは共闘してあげる」

「足を引っ張らないでね、《閃姫》さん?」

「キャプテン、この二人が相手じゃ太刀打ちできねえよ!」

「二人くらいでなに泣き言言ってやがる! やるんだよ!」


 カリナとランが現れて焦りだした盗人たちは、俺を囲うようにして工房への入口に向けて少しずつ移動を開始した。俺は戦えないため、彼らに従うしかない。

 あと少しで扉をくぐると思った、その時―――


「二人だけではないぞ」


 ――新たに二人の女性が現れた。どちらも一目見ただけで強いことが分かるくらい存在感があった。

 一人は分かるが、もう一人は誰だ?


「なっ!? た、《鷹の目》だと!?それに《賢者》まで!!どうしてここに……」

「彼女が言うことを聞かないから全員で来るハメになっただけだ」

「私は約束を果たすためです。遅れてごめんなさいね、ゲン君」


 ランから少しだけ聞いたことがあったから分かるが、《賢者》はオーバーンさんのはずだ。

 じゃあ、《鷹の目》ってあの…?


「『星の見える丘』がなぜ…!?それに『月下の夜会』までも!!」

「無駄な御喋りは不要だ。それと、逃亡は無意味だぞ。周りは既に囲んでいるからな。さて、すぐにその首――」

「待って、団長。ここは私と彼女に任せてくれないかしら?」

「――今回は私たちの手でケリをつける」

「そうね。ゲンに危害を加えようとしたのだもの、ただでは済まさないわ」


 カリナとランが戦闘態勢に入る。

 周りにいる盗人たちも緊張した表情に変わった。

 か、体が震えて……え?

 

「ファールス、上出来です」

「団長たちが上手いこと気を引いてくれたので簡単でした。もう大丈夫っすよ」


 いつの間にか後ろにいたファールスと呼ばれた人が、俺を抱えて一瞬でオーバーンさんの元まで連れて行ってくれた。

 どうやったんだ?


「もう大丈夫ですよ。ランの短剣は……持っていますね」

「ランの短剣だけじゃなかった。他にもいくつか剣や槍もあった。たぶん他のところからも盗んでいたんだと思う。集めた後はまとめて売るつもりだ」

「他にも…?」

「――団長、やっていいよね?」

「どうぞ。これまでの鬱憤はここで晴らしておいてくださいね」

「――うん」

「ラン! これっ!」


 見たところ間に合わせの短剣を持っていたから、取り返したランの短剣を投げて渡す。

 一瞬輝いたように見えたけど……幻視か?

 

「――これじゃないと。ありがとう、ゲン」

「キャプテン! 人質が逃げちまったよ!」

「う、狼狽えるんじゃねえ! まだだ。まだ終われねえだろ!!」


 ヤケを起こした男たちは、各々の武器を構えてカリナとランに対峙している。

 逃げられないと分かって徹底抗戦の構えのようだ。

 あれ?誰かを忘れているような………



 幕引きは呆気なかった。

 カリナとランの二人だけで盗人たち十人――外に待機していた五人も加わった――を相手にしても危なげなく制圧した。

 さすがは第二級冒険者。


「これで全員かしら?呆気なかったわね」

「我々の苦労も知らないで。それより、どうしてこんなことをしたんだ?聞けば、他にも武具を盗んでいたみたいじゃないか。闇取引か?」

「し、知らねえな。さっさと憲兵にでも突き出せばいいじゃねえか」


 誰かを忘れているような………


「――ゲン?大丈夫?ナデナデしようか?」

「い、いや、その必要はないから」

「ゲン君、さっき言っていた盗品のある場所まで案内してくれますか?」

「ああ、覚えてるから大丈夫だ」


 まあ、いいか。

 それよりも、オーバーンさんに協力することが先だ。


「ファールス、彼らを捕縛した後、憲兵のところまで連れて行きなさい」

「了解です!」


 先程の戦闘で盗人は一人を除いて全員意識を刈り取られたため、無抵抗のまま縄で手を拘束されて連れて行かれた。

 やっぱり、誰かを忘れているような………


「さあ、行きましょう。ああ、そうです。ゲン君――もう何も心配いりませんよ」


 俺には、オーバーンさんの言葉に言外の意味が含まれているように感じられた。

 具体的に言うなら、こちらの思考を読んでの言葉だったように感じた。




「これがその他の盗品ですか……。どれもそれなりの品ではありますが、ゲン君の短剣には劣りますね。売ってもせいぜい60ゴールドといったところですね。20人もいてはとてもではありませんが生活できないでしょう。もって三週間と言ったところでしょうか」

「あ、あの……」

「何ですか? ゲン君」

「ランの短剣の事をここで言ってもいいんですか?」


 そう、ここには俺とオーバーンさん、ランに加えてカリナと、カリナが所属するクランの団長がいる。


 クラン「星の見える丘」の団長にして二つ名〈鷹の目〉の第一級冒険者、グローリア。銅等級に位置する、王都でも最強の狙撃手にして指揮官。

 冒険者に詳しくない俺でも知っている、超有名冒険者だ。


「大丈夫ですよ。すでに情報は共有させてもらっていますので」

「――ごめん、ゲン。勝手に話して」

「いや、いいんだ。必要だったんだろ?それはいいとして、今更ではあるんだけど、どうやってここが分かったんだ?」

「……迂闊でした。まさか、間者を紛れ込ませてくるとは思いませんでした」

「間者?」

「私が彼女達『月下の夜会』に部下を送り込んでいたのだ。カリナが入れ込む男がどんな者なのかを知るためにな。そしたら、まさか今回の事件に巻き込まれるとは思わなかった。一応は関わりがあったから、影ながら手伝いをさせていたのだ」


 だ、誰のことを言っているのか分からない………


「――ゲン、最近ウチに入った新人のこと」

「ああっ! あいつか! あいつがカリナのクランの人間だったのか?」

「そうよ。私が知らない間に派遣してたみたい」


 カリナはそう言いながら、憮然とした表情でグローリアさんを見ていた。

 グローリアさんはそれを軽く笑って流す。


「私は彼自身に興味があったんだ。カリナのレイピアをしっかりと整備出来ていたし、噂も聞いていたからね」

「だからといって、彼は渡さないですよ。ランの兄で、専属鍛冶師ですから」


 オーバーンさんが俺とグローリアさんの間に立って距離を取らせる。

 ランまでそばに寄って来た。

 な、なんで対立構造が生まれているんだ…?


「と、とりあえず、ここから出ませんか?もう用は済みましたし、伯父さんに報告しないといけないですから」

「そうですね。話の続きは工房でしましょう。私はまだやることがあるので先に工房へ向かってください。後ほど伺いますので」

「分かりました。待ってますね」


 廃屋から出た後、オーバーンさんだけは一人別の方向へと向かって行った。

 何をしに行ったのだろう?



―――――――


 

 東門から数十メートルほど離れたところにある小屋に、その男はいた。


「くそっ! あいつらは捕まった。このままでは俺も同じ運命だ。その前にこの街を離れねえと……組織に報告を――」

「一人だけ逃げられるほど甘くはないですよ?ゼブラ君」

「……な、なぜ、ここにいる。あいつらと一緒にいるはずだろ」

「伊達に〈賢者〉などと呼ばれていないというわけですよ」

「俺は痕跡は残してなかったはずだ」

「痕跡など無くても私にはわかります。あの時、あなたも現場にいたことには気付いていました」


 オーバーンは話しながら少しずつゼブラへと近付いて行く。


「ど、どうするつもりだ?たとえ俺を拘束しても罪には問えないぞ。証拠はないんだからな」

「どうする、ですか。どうせ下っ端でしょうから、拷問しても無駄でしょう」

「なら……」

「なので、この場で殺します」

「……は?」


 オーバーンがそう口にした瞬間、ゼブラの首がとんだ。

 殺したのは彼女ではない。

 ゼブラの後ろに立っている大剣を肩に担いだ大男。


「お疲れ様です、ゼムル。いつも通り、証拠は隠滅しておいてくださいね」

「しかし、よかったのか?こいつは『灰被り同盟』の一員だろう?」

「その下っ端です。彼は捨て駒ですから、碌な情報を持っていません。さて、私はこれから工房へ向かわなければならないので、後のことは任せます」

「了解した。なんでも知ってるってのも大変だな」

「……私が望んだことですから。それでは」



 オーバーンが立ち去った後、ゼムルは死体に一切触れることなく燃やした。

 死を悼むこともしない。

 死体が灰となったのを確認した彼はその場をあとにした。

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