第5話 精霊ノーラン

「ここは……廃工房?」


 こんなところにあったか?こんなもの。

 聞いたこともないぞ。



 円形のこの街は、中央を通る大きな街道によって四区画に分割される。

 北東部に住民区、北西部に冒険者・住民関係なく集う飲食区、南東部は冒険者用の拠点や道具店など商業区、南西部に鍛冶・武具販売区に分類される。


 街の南西部にある工房から北東方向に移動した住宅区の中でも廃屋が目立つ一角にその工房はあった。

 整備されていないことを考えると、確かに盗人が隠れるには最適な場所だ。



 しかし、この地区は住宅区だから工房があること自体おかしいような………


『知らないのですか?ここに工房があったことを』

「ああ。ここは住宅区だからまず来ることのない場所だ。ここに工房があるってノーランは知っていたのか?」

『いいえ。来て初めて気付きました。放棄されてから十年以上は確実に経っているようですから、貴方が知らなくてもおかしくありませんね。入ってみましょう』

「大丈夫か?盗んだヤツがいるかもしれないだろう?」

『安心してください。人の気配はしませんから。さあ、行きましょう』


 人がいないのなら、さっさと回収したら問題ないよな。

 ノーランもいることだし。


『あっ。私は非戦闘員ですので、何かあっても出来ることはありませんから』


 俺の予防線を見事に破壊してきやがった。

 ……探索以外で役に立つのか?


『今、役に立つのか?、とか思いましたね。残念ながら、精霊は複数の役割をこなすようには出来ていないのです。一体につき一つの能力が原則です。私ならば、研いだ武器に精霊の力を付与、といった感じです。もちろん、汎用性のある能力を持つ子もいますが』

「なるほどな。ノーランは鍛冶に特化した存在なのか」

『ですが、今回に限っては私がいてよかったですね。他の子では探す手掛かりすら見つけられなかったでしょうから』


 確かにそうだな。

 汎用性はあるとはいえ、火の精霊サラと水の精霊ウィーネでは今回みたいな捜索は難しかっただろう。

 そういう意味でも、ノーランがいてくれてよかった。


「さっさと見つけて出よう。戻って来たら大変だ」

『そうですね。ここまで近くだとはっきり分かります。案内するのでちゃんと付いて来てくださいね』


 中に入ってみると、放棄されていたから当然だが、至る所が傷んでいた。

 屋根も崩れ落ちて空が見えるほどだ。雨が降ればとても人が寝泊りできるような場所ではないことが想像に難くない。


『この奥です』


 入ってきた場所は工房ではなく御店だったようだ。

 奥ということは工房だろうか?

 扉を開けると………


「炉が原型をあまり留めてないけど残ってる。ただ、他には工房らしいものが残っていないな」

『もう十年以上は放置されてますからね。目的の場所はさらに奥のようですよ。行きましょう』


 さらに奥? 周りを見回すと、扉が一つだけあった。

 朽ちかけてはいるが、まだ残っている。扉を開けて中へと入るしかないよな。


「……居住区か。しかし、物が多いな。慌てて出て行ったのか?」

『見てください。足跡が残ってます。やはりここに来ていたようです。長年放置されていた廃屋だからこそ、隠し場所には最適だったのでしょう。なにより、住民区ですからね』


 盗みを働くのは往々にして冒険者だ。

 簡単に金を稼げるという事で冒険者になったものの、ライバルに負けて稼げなくなった結果盗人になり下がった、なんて話は毎年聞くくらいだ。

 冒険者が住民区を歩いていれば噂になるはずだが、今回の犯人は問題なく行動できたのだろう。


「ここで合ってるのか?何も見当たらないが」

『いいえ、違います。どこかに地下への扉があるはずです。探しましょう』


 地下?……そういえば、昔は冒険者が少なかったから、地下を作って一時的な避難場所としていたことがあったって伯父さんが言ってたな。


『ここらへんに足跡が集中しています。探してください』

「とは言ってもな………うん?これ、不自然じゃないか?」

『どれです?……そうですね。ちょっと待ってください。ふぅ~』

「何をしてるんだ?」

『痕跡探しです……ありました。その取っ手を持ち上げてください』

「任せろ。せぇ、のっ!!」


 偶然発見した、わずかな凹みに手を掛けて持ち上げてみると、人一人がギリギリ通れるくらいの地下階段が見つかった。

 マジか………


『行きましょう。私が先行しますので、後から付いて来てください』


 そう言うと、肩に乗っていた人型精霊のノーランは飛び立った。


 そう、ノーランは人の形をしている。

 半透明ではあるが、女性の体形をした小人の姿をしている。

 驚いたことは、御伽噺に出てくる妖精のような翼が無くても飛べることだった。

 本人曰く、これくらいは当然だとか。


「暗いな。なんとかならないか?」

『ちょっと待ってください……はい、これで見えますよね』


 どこかに飛んで行ったかと思ったら、火の点いたランプを持って来た。

 どこにそんなものがあったんだよ………


『おそらくここに来た時に置いていったのでしょう。念のために』

「俺にとってはありがたい事だが、それ以上にだ。どうやって火をつけた?」

『その辺にあった小石どうしを打ち合わせて火を点けました。まあ、かなりの荒業ですけどね。今回はどうしても必要だったので頑張りました』

「それは精霊の力があったからか?」

『ええ、そうですよ。一応、土精霊の系譜にあたりますので、石を扱うことは可能です。まあ、本来は砥石専門なんですけどね?』


 ノーランは土精霊の系譜なのか。

 まあ、砥石に宿っていたのだから当然と言えば当然か。

 しかし、石を打ち合わせて火を点けるって、いつの時代だよ。


『この先に反応があります。行きましょう』


 地下は想像以上に簡単な構造をしてた。

 階段を降りると広い空間が広がっていて、奥に扉が一つだけ。

 おそらく貯蔵庫的な役割だろう。

 大きな空間には人が二十人は入れるのではと思えるくらいの広さがあった。


「開けるぞ――よっ!……意外と重かった」

『ありました! 他にもいくつかありますね。どうしますか?』

「とりあえず、ランの短剣を回収するのが優先だ。工房に戻ったらこの事をみんなに伝えないと」

『分かりました。場所は覚えましたので、案内は任せてください』

「頼む。さあ、出よう。早くしないと盗人が戻ってくるかもしれないからな」


 無事、ランの短剣を回収できた俺達は、階段を上って地上に出た。

 崩れ落ちた天井の隙間から見た空は若干赤くなってきていた。

 夕暮れまでに戻らないと家族を心配させそうだな。


『待ってください。誰か来ます』


 ノーランの忠告を聞いて静かにしていると、確かに声が聞こえてきた。


“ あの短剣を作ったっていうガキはまだ見つからないのか?”

“ ガキの周りに護衛が付いてて簡単には接触できないんすよ。”

“ あいつ、ゼブラはどうした。あいつなら簡単に接触できるだろう。”

“ なんでも、ここ数日は部屋から出てこないから接触のしようもないみたいっす。”

“ ケッ!根性のねえガキだな。剣の一本盗まれた程度で寝込むなんざ。”

“ 盗んだ俺達が心配することでもないですけどね。へっへっへ。”

“ ったく、そのガキがいねえと魔剣だってことが証明できねえんじゃ、いつまで経っても売り捌けねえじゃねえか。さっさと連れて来い!”


 やはり、短剣のことを知っていての犯行だったのか。

 まさか、ゼブラが手引きしていたなんて………いや、あいつが盗んだのか?

 いやいや、今はあれこれ考える前にここから無事に脱出することを優先しないと。


『この扉は無理ですね。少し遠回りですが、あちらから出ましょう』

「そうだな。案内よろしく」


 店側ではなく、住居側から出ようとした時………


「おい、なんでここにガキがいんだ?」

「さあ?ただ、ここにいる以上、殺しておくしかないでしょ」

「おい、どうした――って、なんだそのガキ?」

「キャプテン! 例のガキですよ! それにあの短剣も持ってますよ!」

「あ?……なんだ、手間が省けたじゃねえか。おい、ガキ。どうやってここを見つけた?ここは簡単に見つかるような場所じゃねえんだがな」


 まずい。相手は五人で、しかも武装している。

 こっちは非戦闘員の精霊と鍛冶師だ。戦う前から結果は見えている。

 だが、ここで捕まるわけには……!



「――間に合った! 大丈夫?ゲン」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る