第6話 祭・下
三人は三者三様に上機嫌を顔や雰囲気で表しながら、多くの人でにぎわう街を闊歩する。そんな三人から一歩引いた位置で、俺は後を追っている。
普通に美人な三人が着飾って、さらに笑顔なものだから、道行く男たちから視線を向けられている。男だけでなく、女の人達からも視線を浴びていた。
先程の約束通りに喧嘩はせず、時に黙って睨み合うカリナとランを、リルファが悪戦苦闘しながらもフォローしている。
そんな様子を眺めていると、背後から声を掛けられた。
「あら、ゲン君ではないですか。今日は随分と楽しそうですね」
「………なんか、凄い組み合わせですね。どうしたんですか?」
「街を見回っていたらオーバーンさんに声を掛けられたの」
「見覚えのある人間がいたから声を掛けた」
「偶然会ったヨハンさんと一緒に街を歩いてたら、祭と聞いてやって来たグローリアに捕まって、今に至るの」
苦笑いを浮かべるオーバーンさんに、グローリアさんが肩に手を回しているという、何とも言い難い状況になっていた。ヨハンさんは一歩引いた位置に立ってる。
グローリアさんは右手に酒瓶を握っていて、顔が少し赤いところを見ると、すでに酔ってる可能性が高い。絡み酒かな?
「ゲン君は……大変ね」
「リルファが苦労してるみたいね」
「カリナは相変わらず不愛想だな。もう少し素直になれば、友人も出来るだろうに。やれやれ……」
先を行く三人の姿を見て、三人とも溜め息を吐く。
それはどういう意味のなんだろうか。訊くのは野暮って言われそうだから訊かないけど。
「ゲン君も苦労するだろうけど、よろしくね?」
「心配はしてませんが、御迷惑をおかけしたら遠慮せず仰ってくださいね?」
「迷惑ばかり掛けるだろうが、大目に見てやってくれ。数少ない人との気の置けない貴重な時間を、本人なりに楽しもうとしているんだ。甘えさせてあげてくれ。それくらいの度量は当然、持ち合わせているだろう?」
御三方から信頼されて託されてるのが伝わってくる。
これで期待に応えないのでは、男が廃る!……俺の方が非力だけど。
「三人が、俺と一緒にいることを選んでくれてますから、選ばれた以上は彼女達が楽しめるように最大限応えてみせます。俺は俺で楽しいですからね。……財布が軽くなり過ぎないように加減してくれると嬉しいですけど」
「最後の最後で締まらないわね。でも、ゲン君らしいかな」
「もう少し自信を持った方がいいですよ。それでは彼女達に気を使わせてしまいますからね。男なら、堂々としているくらいで丁度いいのです」
「謙遜する必要はない。お前は十分に良い男だ。なんなら私が貰おうか?そうすれば――」
「駄目ですよ?彼女達が先約なのですから」
いつの間にか出していたレイピアを、オーバーンさんがグローリアさんに、人に見られない場所で突き付けていた。顔は笑顔なんだけど、目が笑ってない。
周囲の人間に見られないか心配してる、後ろのヨハンさんの顔が引き攣ってる。
「冗談だ。カリナがご執心だし、他にもいるみたいだからな。まあ、空きが出来たらその限りでもないが」
「そんな日が来ることは未来永劫ないでしょうね。それと、酒臭いです。離れてくれませんか?」
釘を刺しつつ苦言を呈しながら、オーバーンさんは素早くレイピアを仕舞った。
背後では人知れず、ほっと溜め息を吐き出すヨハンさんだった。
「さて、私達は行くとしましょう。彼女達に気付かれては、後でいらぬ誤解を受けかねませんからね」
「そうですね。それじゃあ、ゲン君。リルファのこと、よろしくお願いね?」
「一つ言っておくと、カリナは求婚者が多い。その分色々と溜め込んでいたりしてな。相談されるようなことがあれば、真剣に応えてやってくれ。それじゃあな」
言うだけ言って御三方は行ってしまった。
……あっ、三人がだいぶ前に行ってしまってるから、まずは合流しないと。
――チリーン
鈴の音がしたため振り返ると、遠く異国の衣装――和服というものを身に着けた少女が通り過ぎて行った。
はっ! 他の女の子に見惚れたのをランに見られようものなら、後で気が済むまで詰られそうだ。早く追いかけなくては。
※※※
「――バルフレア工房の、ゲン」
※※※
三人に追いつくと、すぐにランが振り返った。
「――団長は何か言ってた?」
「三人をよろしくってさ」
「なんかごめんね?もう……心配性なんだから」
「はぁ……お酒臭かったでしょう?ごめんなさいね。基本、こういう催しでは周りを気にせず飲み歩く人なのよ、団長って」
「気にしてないよ。御三方とも団員が心配なんだよ。愛されてるな」
「――……うん………」
「あぁ……うぅん……あはは……」
「え、ええ! そうね……」
三人は言葉を濁したかと思うと、集まった小声で話し始めてしまった。
(ちょっと! あ、あれは反則はじゃない!?)
(――ゲンは無邪気なところがあるから)
(ほわぁ……はっ! あんなに直接言われると、こっちが照れちゃう、ね……)
俺だけ除け者にされてる……。
「なあ、何かまずいことでも言ったか?」
「そ、そういうわけじゃないよ!?」
「別に、ゲンを除け者にしようとしたわけじゃないの!」
「――だ、だから、そんな悲しそうな顔しないで?」
「俺、そんな悲しそうな顔してたか?」
「あはは……眉が下がってて、ちょっと可愛い感じだったよ?」
「――そろそろ時間」
「あっ、忘れてた! バーニヤさんが出るんだっけ?」
バーニヤさんはランの所属するクラン『月下の夜会』の副団長。
普段は穏和で慈母のような笑みが特徴のお姉さんだ。でも、怒らせるとかなり怖いらしい。あのオーバーンさんも頭が上がらなくなるくらい、凄い人だそうだ。
「――うん。見ないと後で言われる」
「確か、ランちゃんのところの副団長さんだよね?」
「へえ……貴女よりも強いの?」
「――ううん。あの人は統率力?で副団長に選ばれた」
ああ、うん。以前にランが御説教されてる時、借りてきた猫みたいに大人しくなって――いや、させられてたな。
あれは心配してくれてる証だけど、ランからすれば過保護ってことなのだろうな。子供扱いされるのが嫌いなランらしい……と思うのは兄故か。
……今更だが、子供扱いが嫌いなのに毎朝髪型を整えるのと、なでなでを要求するのは子供扱いではないのだろうか?今度訊いてみよう。
「それなら、早めに行って場所を取らないとね」
「この祭り最大の見せ場なんでしょ?是非とも見たいわね」
リルファとカリナの二人は少し早足で会場へと向かう。その後に続くランの足取りは重そうだ。何か言われるから渋々って感じだな。
演舞会場に到着すると、すでに観客でいっぱいになっていた。
ギリギリ四人でいられる場所を確保したが狭かったため、ランは俺の前に。リルファが左で、カリナが右。どこかの店の壁にもたれかかる形で眺めている。
例年はここまで人で埋め尽くされることはないのに、今年に限っては座る場所などなく、立ち見客まで出るほど盛況だ。何故だろう…?
考えていると時間が来たらしく、案内人に従って、今回演舞を踊る冒険者三人が登場した――瞬間、会場からは大きな声援が飛んだ。よく見ると、男の割合が多いのは気のせいか?
とりあえず、自分も踊り子を見ようとしたら――目隠しされてしまった。
「――ゲンは見ちゃ駄目」
「えっと……」
「これはゲンのためだから!」
「いや……」
「無理に見ようとしたら、その両目を抉るから」
身長と位置からして、左にいるリルファに目隠しされているようだ。
何があっても見せてくれないらしい。
それとカリナ。脅しにしては声のトーンが本気っぽかったけど、冗談だよな?さすがに、幼馴染にそんなことしないよな?
「これは確実にゲンに悪影響だと思う」
「――あんなのは反則」
「ぐぬぬっ……私も脱げばあれくらい………」
「ち、血迷っちゃ駄目だよ!?」
「――あれには誰も勝てない」
三人は何の話をしてるんだ?悪影響?脱ぐ?勝てない?
わ、訳が分からない……。
えー、終始リルファによって目隠しされていたため演舞は見ることが出来なかった。ただ印象に残ったのは、演舞終了後に偶然出会ったランのクランの男の人に、三人が蔑んだ目で見ていたことだ。
三人にそんな目で見られたらたじろがない男はいないわけで、かなり動揺していたのを覚えている。ランに言い訳と口止めをしてたのも印象深かった。何があったんだろう?
「今日はありがとう。……お邪魔虫が二人ほどいたけど、久しぶりにゆっくり出来て楽しかったわ」
「気分転換になったならよかった」
「――次からは私を通して」
「あら、貴女を通す義理はないでしょ?」
「――抜け駆けは許さない」
「あはは……でも、楽しかったのは一緒だな。来年も一緒に回りたいなー」
「予定が合えば俺はいいぞ」
「ほんと!?えへへ……約束だからね?」
「――ゲンは甘い」
「なら、私も予約しておこうかな。来年こそは二人で…ね?」
「――そんな日は永遠に来ない」
俺とカリナの間に仁王立ちして、カリナを睨み上げるラン。
本人としてはかなり威厳のある恰好のつもりかもしれないけど、どうにも微笑ましさを感じてしまうのは、身長のせいか。
「そろそろ戻った方がいいんじゃないか?明日からまた仕事だろう?」
「そうだね。それじゃあ、またね」
「また明日」
「――べー」
リルファとカリナがそれぞれの宿へと戻る後ろ姿に、ランが舌を出して見送った。女の子のすることじゃないぞ?
今日は色々なことがあったけど、楽しくて、良い気分転換が出来た一日だった………財布はあの後も軽くなり続けたけど。
何か装飾品を作ってみようかな?
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