第8話 マホロク地下遺跡

 マホロク遺跡までの道程は長かった。

 馬で移動すること3日。

 地図通りなら一日半で着くはずだったが、天候の悪化によって足止めを受けた。

 さらに、地図には無い洞窟にナギが迷い込んでしまい、その救出に一日を消費。

 ただ、偶然にもお宝を発見して回収していたりする。


 

 そんなこんなで長い旅をして辿り着いたのはマホロク遺跡。

 ここは地下へと続く遺跡で、最下層には清らかな泉があり、希少な動物が多数生息していることで知られている。

 魔物がこの遺跡に近寄ることはなく、「スポット」と呼ばれており、周辺にやってきた冒険者は時折、休息のためにここを訪れることがある。



「――ようやく到着」

「誰かさんが迷わなければここまで苦労しなかったのに……ね?」

「ふむ……気を付けなされ」


 突然、肩に手を置かれてゲンが驚いている間に、カリナがナギに詰め寄って説教を始めた。

 途中、カリナが憤慨するとすかさずランが援護に入る。なんだかんだで二人の息はピッタリだ。

 

「――あれ?ゲン?」


 三人が言い争いをしているうちにゲンの姿が周囲に見当たらなくなっていた。一人でどこかへ行ってしまったらしい。

 カリナとランは焦った様子で、ナギへの説教を切り上げてゲンの捜索を始めた。


「ちょ、ちょっと! ゲン!!」

「――今は追い駆ける」


 三人がゲンを追い駆けること少し。

 かすかに光が差し込んでいる部屋にゲンが立っていた。

 立ち尽くしている様子に疑問を覚えつつ、追い付いた三人が目にしたのは………


「――遺跡の中に……木?」

「こんなところに木が生えてるなんて」

「……不思議な気を感じる」

「これは……」


 わずかな光が差し込んでいる場所に、か細くもしっかりと成長している小さな木が生えている。

 それは掴めば簡単に引っこ抜けそうなほど弱々しい姿だが、どこか神聖な空気を感じて四人は立ち尽くしていた。

 ゲンが何かを感じ取ったのに気付いてノーランが肩に現れる。

 ウィーネはゲンの頭に現れると、木に水を掛けた。


『ええ。精霊の力を感じます。何者かが環境を整えていたのでしょう』

『はい、水あげる~』


 ウィーネが水やりをして我に返ったカリナは、素朴な疑問が浮かんでゲンに尋ねた。


「ねえ、どうしてゲンはここに来たの?他にも道はあったと思うけど」

「なんていうか……匂いみたいなものがして、不思議と引き寄せられたんだ。そしたら目の前にこれがあった」

「――匂い?」

「誘われたか?」

「今のところそんな気配はないわね。一先ずここから離れましょうか」


 ゲンの話を聞いてランとナギは警戒態勢を取ったが、カリナの言葉を受けて武器から手を放す。

 カリナが先導するように部屋を出て行こうとしたところで、ゲンが部屋の奥へ顔を向けて目を閉じた。


「待ってくれ。何か囁く声が聞こえた」

「えっ!?」


 ぎょっとしたカリナが周囲を見回す。

 その姿を見たランの顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。


「――カリナ、怖がり?」

「ななな、何を言ってるのかしら?私はちっとも怖くなんて無いわよ!」

「――左足にサソリが」

「キャァァァ!!!!」


 これぞ、脱兎の如く、と言わんばかりに一瞬でその場からゲンの背後にまで移動したカリナは、息を切らしながら自分がいた場所を見詰める。


「いないじゃない!」

「――可愛い悲鳴」

「この…!!」


 ニヤニヤとするランに、恥ずかしさと怒りで顔が赤いカリナの、不毛な闘いが始まった。

 ランが逃げてカリナが追う。

 そんな騒がしい中、ナギは我関せずといった感じで壁のあちこちを調べ始めてしまうのだった。


 かれこれ五分ほど走り回り、今は地面に座って小休止しているカリナが、ゲンに顔を向けてそもそもの疑問を尋ねた。


「それで、囁きは何て言ってたの?」

「『こっち』って言ってた。でも、どこのことを指してるんだ?」

「こちらに」


 ナギに呼ばれてゲンが壁際に行くと、よく見るとかすかに穴が空いている箇所を発見した。

 そこから空気が漏れているらしく、顔を近づけたゲンの前髪が揺れた。


「うーん……秘密の部屋があるのか――なっ!?」

「――ゲン!」


 風に引かれてバランスを崩したゲンが壁に手を突こうとした瞬間、突如壁が崩壊し、ゲンは穴の中へと吸い込まれていった。

 ラン、カリナ、ナギは一様に驚いたが、すぐに思考を切り替えて次々と穴に飛び込んで行くのだった。




 暗い穴の中を滑る。滑る。滑る。

 闇の中を滑走していると、突如目の前に光が溢れた。


「あっ! 三人とも無事でよかった」

「ゲン!――まさか、ここって最下層?」

「――凄い」

「聖なる気。ここは聖域なりや」


 光が見えたと思った瞬間、三人は水の中へ放り込まれた。

 三人が顔を上げると、天井を埋め尽くす水晶から放たれる光が目に入った。

 足元に目を向けると、膝の高さまで水が満ちている。

 目線を前に向けると、木が生え、苔で覆われた小さな丘がいくつもあった。


 先に来ていたゲンの頭に乗っているウィーネが、掛け声とともに水の中へと飛び込んでいった。 


『やっ!――ぷはぁ。凄く癒される~』

「ウィーネはここを気に入ったみたいだな……あれ?」


 ゲンはウィーネの警戒感の無さに呆れつつも周囲を見渡していると、宙に浮かぶ存在を見つけた。

 ゲンの右肩に乗っているノーランも気付いたようだ。


『手招きしています。行きましょう』


 近付くと、ソレが見覚えのある見た目をしていることにゲンは気付いた。

 半透明で掌に乗るくらいに小さい体は、ある意味特徴的かもしれない。


「君が俺を呼んだのか?」

『うふふ♪初めまして、人間さん。私はシル。風の精霊ですよ』

「そうか。俺はゲン」

『私はノーランです。一応、土の精霊です』

『火精霊のサラよ』

『ウィーネだよ~』


 シルは長い髪に薄緑の体、おっとりとした雰囲気をしている。

 シルの丁寧な挨拶に、ノーランたちもそれぞれ挨拶を返す。


『仲が良いのですね』

「まあな。それで、上に生えてた木は君が?」

『はい。元々は上にいたのですが、段々と力が弱まり、なんとかしなくてはと思っていたところ、あの穴を見つけました』

「力を蓄えるためにここに下りてきたのか」

『ですが、想像以上に衰えていたらしく、数日前までは上に戻ることが出来ておりませんでした』

「なるほどな。じゃあ、あの隠し扉は君が開けてくれたのか?」

『はい♪清らかな人間であると判断して御招きしました』


 悪意のない笑顔に、ゲンは顔を引き攣らせながらも何も言えなかった。

 胸中では「心臓に悪かった」と思っていても。


「ここへはあの穴以外では来れないのか?」

『いいえ。他にも道はありますが、いずれも魔物が徘徊しており危険です』

「そうか。ありがとうな、比較的安全な道を教えてくれて」

『いえいえ。こうして人と話すのは500年ぶりですので、少し興奮しております。人間様、もっと御話をしましょう?』


 ゲンの皮肉にも笑顔で返す。皮肉を言われたと気付いていないのだろう。

 本人の言う通り、興奮しているからかゲンの顔に近付いて行っている。


「それは構わないんだけど、俺達はここに素材を取りに来たんだ。それを先に済ませてもいいかな?」

『何を御所望ですか?』

「泉の水と、水晶。それからクナラの花が必要なんだ」

『わかりました。クナラの花の場所まで案内しますね』


 ゲンの要望を聞き入れたシルは、ゲンたちを先導して少し奥にある林の中へと入って行った。

 少し歩くと、開けた場所にやって来た。

 そこには色とりどりの花々が咲き誇り、その中でも真っ白な花の上でシルが待っていた。


「これがそうなのか」

『長い年月をかけて咲く花ですので、大切にしてくださいね』

「ああ、大切に使わせてもらうよ」




 その後、必要な素材を集め終えたゲンたちは、元の場所へと戻って来た。


「これで全部だな」

「――意外と少ない」

「貴重な素材なんだもの。採り過ぎはいけないわ」

「そういうことだ。ナギ! そろそろ行くぞー」


 ただ一人、岩の上で瞑想していたナギにゲンが声を掛ける。

 カリナは見るからに不機嫌で、ランも表情には出ていないが態度で不満を表明している。

 そんな二人を前にしてもナギは普段通りだった。


※※※


「道案内ありがとう。何事もなく地上に戻れてよかったよ」

『これくらい、大したことありません』

「重ねて、ありがとう。それじゃあ、行くよ」


 遺跡の入口まで戻って来た四人は、荷物を積んで馬に乗った。

 ナギに先導されながら、ゲンは地図を確認する。


「次は――」

『あちらですね。エシャル火山へはこちらの道を通って行った方が安全ですよ?』

「そうか。ありがと――え?」

「「えっ!?」」

『うふふ♪付いて来ちゃいました! よろしくお願いしますね、主様』


 ゲンのつぶやきにランとカリナが同時に振り返ると、ゲンの目の前に先程別れたはずのシルが浮いているのだった。

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