第五章

第1話 お呼び出し

 ランの所属するクラン『月下の夜会』のクランハウスにゲンが招かれたのが昨日のこと。

 今はランと並んで椅子に座り、机を挟んで反対側にはオーバーンが座っており、その背後にはゼムルが直立不動で立っている。


「今日来ていただいたのは、御話したいことがいくつかあるからです」

「――ゲン、緊張しなくていいよ」


 ランに小声でそう言われても、ゲンはなかなか緊張が解けずにいた。

 理由は二つ。霊剣の件を問い詰められるのではという不安と、ゼムルの無言の圧力であった。


「こちらの話をする前に、その短剣を見せて頂いてもよろしいですか?」

「は、はい」


 事前に持ってくるように言われていたため、ゲンは大事に布で包んで鞄にしまっていた短剣を取り出してオーバーンに手渡した。


「これが……」


 オーバーンは鞘から抜いて刀身を見た後、鞘に納めて全体を眺め始めた。

 特に見ていたのは柄の魔石で、かなり真剣な目をしていた。

 見分を終えると顔を上げ、ゲンに視線を合わせる。


「名は決まっているのですか?」

「霊剣『スサノオ』です」

「霊剣……精霊の宿る短剣ですね?素晴らしい出来です」

「ありがとうございます」


 笑みを浮かべたオーバーンから短剣を返されたゲンは、緊張してぎこちないながらも笑みを浮かべて謝辞を述べる。

 隣のランが心配そうな表情を浮かべていることにゲンは気付かなかった。


「それで、柄の魔石は――」

『私達が』

『住処に』

『してるよ~』

『お初にお目にかかります』

「キャッ!?」


 呼ばれたと思ったのか、ノーラン、サラ、ウィーネ、シルの順番で次々と現れる。

 突然の事態にオーバーンの口から可愛らしい悲鳴が漏れたが、ゲンもランも茶々を入れることはしなかった。


「コホン……。 なるほど、精霊の力の源になっているのですね」

「今までは短時間しか現界出来なかったんですけど、これがあれば好きな時に好きなだけ現界していられるようになりました」

「加えて、新しい仲間も増えたようですね」

「風精霊のシルです」


 名前を呼ばれたシルは、その場でくるりと一回転してみせた。

 平静を取り戻したオーバーンさんはゲンの目を見詰めていたが、少しして視線を短剣に移す。


「注意を促す必要があるかもしれないと思っていましたが、その必要はなさそうですね。良い眼をしています。覚悟の上、という理解で良いですね?」


 オーバーンが短剣から再びゲンへと視線を戻すと、ゲンは真っ直ぐにオーバーンの目を見返していた。


「はい。この短剣は大切に扱う。でも、飾りじゃなくて、もしもの時には抜く覚悟も出来てる…つもりです」

「わかりました。では、この話はここまでです」


 その姿を見て、オーバーンは先程よりも穏やかな笑みを浮かべていた。

 一段落したと判断したのか、オーバーンがティータイムを提案したため背後に控えていたゼムルも加わった四人はしばし世間話を楽しんだ。



 四人がお茶を飲み切ったタイミングでオーバーンが居住まいを正したため、ゲンとランも自然と背筋が伸びた。

 二人が聞く態勢になったことを確認したオーバーンは、先程までの和やかな雰囲気から一変して真剣な表情で話し始める。


「さて、ゲン君を呼んだのは最初にお話ししたとおり、我々から話しておくべきことがいくつかあるからです。少し時間を頂きますが、問題ありませんね?」


 ゲンは黙って首を縦に振る。


「ありがとうございます。まず、カリナさんについて。彼女が王都に戻られたのは御存じですね?」

「はい。本人の口から聞きました」

「理由は?」

「いえ、そこまでは……」


 オーバーンは一度目を閉じ、少しの間を置いてから話を続けた。


「ゲン君には知る権利があると考えて機密事項をこれからお話しますが、他言無用にお願いしますね」


 オーバーンの言葉に、ゲンの表情は強張り、ランの表情は無になった。


「彼女が王都に戻った理由は二つ。一つは、近々クランによる大規模な討伐任務があるため、全戦力を集めることになったそうです。そして、もう一つ。こちらは個人的なモノになりますが、婚約の話が来ているからです」

「婚約!?」


 オーバーンの口から出た意外な理由に、ゲンだけでなくランまでも目を見開いて驚いた。衝撃の大きさで言えばランの方が大きかったようだ。


「ええ。こちらと王都では少し事情が異なります。我々冒険者を子飼いにしたり、伴侶として迎えようとする貴族もいるのです。理由は戦力の保有、あるいは子孫に力ある者をと考えて。貴族も領地を持っているため、なるべく安く自衛の手段を確保しておきたいのでしょう」


 合理的な理由ではある。

 貴族は領内で民から討伐依頼が上がってきた場合、自身の所有する兵を派遣するか、冒険者に依頼して討伐させなくてはならない。

 そんな状況にあって、貴族の中ではクランと協力関係を築いたり、クランそのものを買収しようとしたりする動きが近年活発になりつつあった。



「貴族の間では、妾の子に正妻の子を護衛させる習わしがあるそうです。つまり、カリナさんには護衛のための子供を産ませたいと考えているのでしょう。高い戦闘能力に加えて頭も良く、容姿も整っています。彼らが欲しがるのも分かります」


 オーバーンの最後の言葉にゲンは憮然とした顔をした。

 カリナを物扱いしているように感じられたのだろう。

 だからか、ゲンの口調は意識しないうちに棘のあるものになっていた。


「その話を俺にして、何をさせるつもりですか?」

「ふふっ、そんなに身構えなくてもいいですよ。特に何かをさせるつもりはありません。第一、ゲン君は我々の最優先保護対象です。危ない橋を渡らせることはさせません」

「だけど、カリナが知られたくないと思って隠していたことを俺とランに聞かせたんんです。何か裏があると勘繰ってもおかしくないでしょう?」


 安心させようとして逆に失敗したことにオーバーンは苦笑するしかなかった。


「この場合は信用が無いと悲しむべきなのかもしれませんが、今は話が早いと喜ぶことにしましょう」


 ゲンの機嫌は悪くなっていたが、オーバーンは気にせず話を続ける。


「裏……というわけではありませんが、ゲン君の力を借りようかと思っています」

「それは……婚約を無理矢理ぶち壊すってことですか?」

「いいえ。まず先に言っておきますが、この提案をしてきたのはグローリアです」


 予期せぬ名前にゲンが固まる。

 逆にランは警戒心を露わにし始めたらしく、その柳眉が逆立っている。


「なんで……いや、グローリアさんが破談させたいってことですか?」

「ええ。先程も申し上げた通り、カリナさんはあらゆる方面で優秀です。やがては団長にまで上り詰められるほどに。ただ、それだけではないのも事実」


 思いもよらぬ話の流れに戸惑いながらも、ゲンは必死に現状の把握に努めた。

 オーバーンの話を聞き、カリナのことが心配になってきたからだろう。


「彼女に今婚約を申し込んでいる男は悪い噂が多い人物で、これまでにも何度か申し込んできたものの全て断ってきたそうです。にもかかわらず、今回も懲りずに申し込んできたそうです」

「今回も同様に断ればよいのでは?」

「それがそうもいかない事情があるようです」

「――事情?」


 オーバーンが溜め息を吐き出すその姿に、ゲンとランはなんとなく面倒事の予感がし、それは当たっていた。


「今度行われる大規模討伐にその男と手勢が参加するそうです。勿論、正規の手続きを経ているため、加勢を拒否するわけにもいきません。男は討伐対象の魔物を仕留めた暁には、自分と一度でいいからデートをして欲しい、と言ってきたそうです」

「そんな要求を呑む必要はないのでは?」

「ええ、普通であればそうです。しかし、これはクランのメンツに関わることであり、拒否は即ち醜聞になります」

「――さっさと倒してしまえばいい」


 約束を拒否すればクランの実力に疑惑がもたれ、万が一後れを取ったらメンツは丸潰れ――ゲンはそう理解した。

 ランの言う通り、カリナたちは先に仕留めればいいのだが、オーバーンの表情はその楽観を否定していた。


「今回ばかりはそうもいかないようです。相手は街を三つ滅ぼした大悪魔グレートデーモン。参加するクラン三つにギルド一つ、貴族軍が一つ。総勢500名にも及ぶ大規模討伐なのです。必ず勝てる、とは言い切れません」

「そこに……オーバーンさんは加勢に行くんですか?」

「ゲン君が望むなら……という言い方は卑怯でしょうか?」


 オーバーンの言葉に、ゲンは思考の海に沈もうとしたところで声を掛けられる。


「先程の話と関係のある話がまだ残っています。これから話すことを聞いてからでも考えをまとめるのは遅くありませんので、今しばらく聞いていてくださいね」

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