第11話 始まりの一振り
ようやく……ようやく仕上がった。
刃には波の模様が浮かんでる。
黒い刀身に白い紋様が凄く合ってる。渾身の出来だ。
刀身を形にするのに二日、研ぎに三日、仕上げに一日。
本当に長かった。でも、その分最高の仕上がりだと自負してる。
あとは柄と柄頭に魔石をはめ込んで―――
『ゲン、私達の力を注いでおきましたよ』
『ちょっと疲れた~』
『……私も少し疲れたわ』
『難しかったです』
「ありがとう。これでだいたい完成だ」
ノーランたちには、それぞれの魔石に自分たちの力を注いでもらっていた。
ノーラン曰く、精霊の力を注ぐことで魔石が変質して、それぞれの精霊の依代になるんだとか。
これでほぼ出来上がりだ。
あとは名前を考えなきゃいけないんだけど……うーん。
「――ほうほう」
「うおっ!?ナギ、いつからそこにいたんだ?」
「つい先ほどから。刀の整備を頼もうかと思ったが、唸っておったので覗かせてもらった。その短剣の名か?」
「ああ、なかなか名前が決まらなくてな。ノーランたちの名前を一文字ずつ入れてやりたいんだけど、良い組み合わせがないんだよ」
「ふむ……ノーラン、サラ、ウィーネ、シルか」
顎に手を当てて考えていたナギが、顔を上げてこちらを真剣な目で見てきた。
「……少し大仰だが、一つ浮かんだ」
「本当か?教えてくれ」
「少しばかり変わるが――『スサノオ』というのはどうだ?」
「スサノオ?」
聞いたことが無いな……ナギがいた国の特別な名称なのか?
「祖国に伝わる伝説の大剣豪……その名がスサノオだ」
「そんな凄い人の名前を貰っていいのか?」
「名は体を表すという。その名に相応しい得物であるが、曇るも光るも持ち主次第。汝の意志が試されることを、努々忘れるなかれ」
つまり、この短剣に相応しい人間にならなければならないってことか。
振るうべき時にのみ握る。
コレそのものがとんでもない代物に加えて、偉大な人の名前も冠するんだ。
生半可な覚悟ではいられないな。
「その忠告、しっかりと胸に刻むよ。そして、ありがとう」
「良き顔付きなり」
ナギは笑顔を浮かべると、家に入って行った――あれ?もしかして、ナギの笑顔って初めて見たんじゃないか!?
笑うとかなり印象が変わるなぁ……って、いかんいかん。気を引き締め直さなくては。
「この短剣の名前は霊剣『スサノオ』に決めた」
短剣に銘を刻むと、はめ込んだ魔石が輝き出し、ノーランたちが一斉に現れた。
『良き名です。大切にしてくださいね』
『前よりも強くなった気がする~』
『ようやく本来の力くらいは出るようになるのね』
『なんだか力が漲って来ます』
本人たちの言う通り、なんとなくだが少し体が大きくなった気がする……そこまで劇的な変化ではないけど。
これで完成だ。
自分で一から作り上げた……俺と精霊の短剣。
『これで我々だけでもあなたを守れることでしょう。期待しててくださいね?』
「頼りにしてるよ」
成長の証であり、誓いの証でもある。
父さん、母さん……俺、頑張ってるよ。見守っててくれ。
※※※
「ラン、いるか?」
「なに?」
部屋に入ると、ランが不思議そうな顔を浮かべて椅子に座っていた。
「ちょっと動かないでくれよ」
言う事を聞いてランは目を瞑ってジッとしてれている。
その間に俺はやるべき事を済ませた。
「目を開けていいぞ」
「――これ……」
「ノーランたちの力を注いでもらった魔石を使ってる。これを身につけておけば、多少の攻撃は防いでくれると思う。あとは、俺が安全を祈願しておいた」
ランは彩り豊かなネックレスを手に取り、じっくりと眺めてる。
「一生大事にする! えへへ♪」
「気に入ってくれて嬉しいよ」
ランは目を閉じると、ネックレスを握りしめて頬にあてた。
ここまで喜ばれたなら、作った甲斐があるってものだ。
――――――
「待たせてしまったかしら?」
「いや、問題ない。それで、用事ってのはなんだ?」
今いるのは以前に訪れた喫茶店。
カリナから話があると聞き、こちらも用事があったから二つ返事で受けた。
到着して早々だが、カリナの用事を済ませることにした。
言い難いことなのか、苦い顔をして口を開けては閉じてを繰り返している。
悩み始めてから一分経った頃、カリナはようやく口を開いた。
「あー、うん。ええっと……」
「ここだと話しにくいことか?」
「ううん。ちょっと待ってね………よしっ! 驚かずに聞いて欲しいんだけど……私、王都に戻らなくちゃ行けなくなったの」
唐突な話だが、そもそもカリナのクランは王都にある。当然といえば当然だ。
だけど、カリナは寂しげな表情を浮かべている。
ここでの生活にも慣れてきた矢先の帰還命令だ、思うところがあるのかもしれない。
「だから、まず最初にゲンに伝えておきたくって」
「そっか。寂しいけど、もう会えなくなるってわけじゃないんだろ?」
「ええ」
「なら、安心して見送れるよ。ちょうど良かったのかもしれないな」
「何がかしら?」
カリナがむくれた顔で睨んできた。
あんまり怖くないというか、むしろちょっと可愛い。
まあ、指摘すると怒りそうだから言わないけど。
「これを作ったんだ。お礼……にしては小さいから、そっちはまた別の機会に」
「髪紐……もしかして、手作り?」
「とはいっても、クナラの花で染めて装飾品を付けただけなんだけどな?」
水色の髪紐にはランと同様、サラとシルの力が注がれた魔石を邪魔にならない大きさで飾りとして付けている。
受け取ったカリナは掌の髪紐をしばらく眺めていたが、突然口に咥えて髪を手で纏め始めた。
「結んでみるから、感想を頂戴」
「俺でよければ」
普段は結ばずにそのまま流していた長いブロンドを、俺が上げた髪紐でまとめ上げる―――
「ど、どうかしら?」
「……あっ、ごめん。思わず見惚れてた」
「見惚れ…!?――コホン。か、感想はないの?」
赤面したカリナは咳ばらいをして気を取り直す。
だが、まだ頬が赤いのを自覚しているからか、上目遣いでチラチラとこちらを窺ってくる。
「あ、ああ。普段以上に凛々しく見える。思わず見とれてしまうくらい、印象が変わったよ」
「そ、そう……ああ、ありがとう。大事に使わせてもらうわ」
感想を述べた時から今まで、カリナはずっと髪紐を触り続けている。本人は自覚していないのだろう。
俺としては、気に入ってくれたみたいでなによりだから何も言わない。
俺が不用意な事を言うと相手の機嫌を損ねることは学習したからな!
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