第2話 本題
「さて、最も重要な話を今からします」
オーバーンはゲンを見た後にランへ視線を移すことで、二人ともに重要な話であることを示した。
「『灰被り同盟』が活動を始めたようです」
「『灰被り同盟』?」
聞き慣れない単語にゲンとランの頭の上には?が浮かんでいる。
「これは一部の人間しか知らないことです。以前、ランの短剣を盗んだ者達のことを覚えていますか?」
「ええ、今でも覚えてますよ。あいつらが?」
「いいえ、彼らは末端。いつでも切り捨てられる存在です」
「――それよりも上が動いてる?」
ランの目には怒りの炎がチラついていた。
オーバーンはそれに気付いていながら、あえて指摘せずに話を続ける。
背後のゼムルから咎める視線を向けられたが、オーバーンはそれを無視した。
「密かに集めている情報によれば、精霊の噂がある場所を
「なんで精霊に興味を示しているんですか?」
「理由は不明です。しかし、何かしら大きな目的を持って活動していることは明らか。精霊だけではありません。古代の遺物を含めた強力な武具も探しているようです。すでに荒らされた遺跡がいくつもあります」
「戦争を始めようとしているのか。あるいは、どこかを占拠しようとでも考えているのか。いずれにせよ、我々を含めたクラン、ギルドには内々に通達が来ている」
ゼムルがここで初めて口を開く。
ランは初めてその事実を聞かされたらしく、オーバーンを睨んだ。
「俺やランを狙ってくるかもしれないってこと?」
「その可能性が非常に高いです。そして、それはグローリアもそのことを非常に憂慮しています」
「――ゲンのことを知られたら、守り切れない?」
「ええ、我々だけでは厳しいでしょう。相手は未知数で、何をしてくるか分かりません。それこそ、この街で大規模な破壊工作を行う可能性だって捨てきれません」
オーバーンの口から出た非現実的な可能性に、ゲンは閉口するしかなかった。
あり得ないとは分かっていても、自分のせいで街が、工房が、住人が、家族が危険に晒される。
その事実は、まだまだ若いゲンにはとてつもなく重かった。
「グローリアも同様のことを懸念し、我々を護衛としてゲン君を王都に招くということを提案してきました」
「それは……カリナの件もまとめて解決するには都合がいいからですか?」
「それもあるでしょう。ですが、それ以上に王都であれば下手な行動は取れないだろうという考えがあってのことかと。あそこには我々と同等かそれ以上の猛者が
王都に行けば自分の身の安全は保障される。
しかし、その事実はあまりゲンには効果が無かった。
嫌な想像ばかりが頭の中を占有しているから。
「……オーバーンさんの考えは?」
「難しい判断ですね。身の安全を考えれば、確かに王都の方がいい。ですが、ゲン君にはこちらでの生活があり、仕事もあります。安全か、日常か……どちらを選んでも我々はゲン君を守るだけです。どちらにしても、あまり余裕はありません。王都行の飛竜便は明後日に来ますからね」
「――性急過ぎない?」
「我々としてももっと余裕が欲しかったのが本音ですが、なにせ急な報せでしたので。ゲン君には申し訳ないですが、早いうちに返答を頂ければと思っています」
ゲンは俯き、膝の上で拳をキツく握り締めている。
周囲の視線も気にならないほどに、葛藤しているのだ。
「ゲン君、急な話です。今日は御家族としっかり話し合ってから、明日返答してください。ゼムル、送って差し上げて」
「了解した」
立ち上がったゲンは、ランに支えられながらゼムルに付き添われる形で部屋を出て行った。
ゼムルは二人をクランの入口まで送り届けると、元いた部屋へと戻って来た。
「ランの言う通り、性急過ぎるのでは?」
「なるべく早く伝えることで、自身の立場を理解してもらいたかったのです。彼はまだ、自分の真の価値を理解していないのですから」
「ランが聞いていれば激怒しただろうな」
「私に刃を向けていたかもしれませんね」
オーバーンは窓の外の景色を眺めながら、さも当然のように言い切った。
その姿を見て、ゼムルはランが脱退することも覚悟の上であることを悟り、それ以上は何も言わなかった。
「これは必要なことなのです。彼は自分の事をちゃんと理解しなくては、いずれ周囲の大事な人間までも傷付けかねないのですから」
彼女は心の底から二人を心配している。
それが分かるからこそ、ゼムルは簡単に口を挿めない。
「大いなる力は時に名声を、時に災厄を招く。力の扱い方を知らなければ、いずれ破滅へと至ってしまう。だから、今のうちから意識させなくてはならないのです」
オーバーンの語るその表情には、深い憂いの色を帯びていた。
まるで過去に同じ経験でもあるかのように。
――――――――
工房へと帰ってきたゲンは、挨拶もそこそこに部屋に籠ってしまった。
ランから事情を聞かされたバルフレアはそっとしておくことにした。
本人から声を掛けてくるまでは待つつもりのようだ。
ナギを含めた四人で夕食をとっていると、階段を下りてくる音が聞こえてきた。
皆が箸を止めて音の方を向くと、ゲンが下りてきたところだった。
ゲンの表情を見てランは痛ましそうな表情を浮かべ、ラナは椅子から腰を上げかけた体勢で固まっている。
最初に声を掛けたのは師匠であるバルフレアだった。
「おい……大丈夫か?」
「さ、先にお風呂に入ってきたらどう?それからご飯に……」
「伯父さん、伯母さん。俺、王都に行くよ。行かせてほしい」
ゲンの言葉にバルフレアは厳しい表情を浮かべ、隣に座る妻のラナは驚きの表情を浮かべた。
「そうか……」
「戻ってくるんでしょ?」
「たぶん…としか今は言えない」
「そう……」
ラナの表情が暗くなったことにゲンは心が痛んだが、何も言えなかった。
「――もう決めたの?」
「ラン………ああ、行くよ。ここを一時的にでも離れるのは寂しいけど、俺は知らないことが多すぎるし、まだまだ学ぶ余地があると思ってる。だから、一度ここを出て王都に行き、見分を広げてみようと思う」
「――ゲンがそれでいいなら、私に異存はない」
はじめこそ無表情でゲンの話を聞いていたランだったが、聞き終える頃には笑みを浮かべていた。
ランの笑みを見て少し安堵したのか、ゲンもつられて笑みを浮かべる。
そんな二人の姿を見て、不安が払拭されたバルフレアは難しい表情から一変、笑顔でゲンの背中を押すことを決めた。
「お前が決めたんだ、行ってこい。ただし! 泣いて帰って来るなんてのは許さねえからな!!」
「もう、お父さんたら……。ゲン、無理しないでね?あなたはいつも何でも溜め込んじゃうから心配だけど……男の子だもの、やりたいようにやるのが一番よね。ランも、ゲンが無理しないようにちゃんと見てなさい」
「伯父さん…伯母さん……本当にありがとう」
「――ママ、任せて!」
今度はニッコリと微笑んで応えるランの姿を見たラナは安心したらしく、穏やかな笑みを浮かべた。
一人静かにしていたナギが目を開ける。
「我も同行するゆえ宜しく頼むぞ」
「ナギも来るのか!?」
「汝の傍にいれば愉快な出来事に出会えそうであるからな」
ナギの発言にゲンは苦笑するしかなく、ランは目を細めて咎めるような視線をナギに送る。
「ナギがいてくれるのは心強いな。これからも頼りにさせてもらうよ」
これまでも共に行動してその実力と人柄を知っているからこそ、ゲンにとってはありがたい申し出であった。
「王都に行けば……ふふっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます