第6話 ガラン洞穴 上

 山の中腹にあるその穴は、自然に出来た洞――ガラン洞穴である。

 豊富な資源を有するその洞は、魔物にとっては特に得る物はない場所だが、人にとっては違う。

 奥に行けば行くほど希少な鉱石があり、一攫千金を夢見てここを目指す者は毎年数多く現る。


 しかし、魔物の住む森が入口を囲っており、冒険者なくしてここに来ることは叶わない。だが、冒険者がいても来れるとは限らない。

 なぜなら、森の主の気まぐれ次第では全滅もあり得るのだから。

 ゆえに、実力のある者以外がここを目指すことはなく、クランに属する者達は許可を得ずに近付くことはない。

 それほど危険な場所に今、四人はやって来ている。


「まもなく問題の『森』ね」

「――気配が濃くなってる」

「一体来たもう」


 ナギの発言にランとカリナが即座に迎撃態勢を取る。

 全員の馬もどこか興奮している。

 馬に気を取られている一瞬の隙を逃さないかのように、〈鬼猿〉がゲンに襲い掛かる。


「まずっ――」

「努々油断なさらぬように」


 跳びかかった〈鬼猿〉を、ナギが背負った大太刀ではなく、懐の短刀を投擲して仕留める。短刀は正確に頭部を貫いていた。

 短刀の柄頭には紐が結わえられており、仕留めたのを確認したナギは短刀を紐を引っ張って回収した。


「すまない。助かった」

「――ゲン、ここでは周囲の警戒を疎かにしないで」

「私達も戦闘が始まったらゲンを守り切れないから、ゲンは自分で身を守れるようにしておいて。倒す必要はないわ。追い払うだけでいいから」

「わかった」

「疾く駆けよ」

「行くわよっ!!」


 カリナの掛け声とともに、ゲン、ラン、ナギの三人も馬を走らせる。

 最短で森を突っ切ることは事前に四人で決めていた。

 ゲンがいるため、いちいち全ての相手をしていては時間を浪費するだけ。

 だから、カリナを先頭にラン、ゲン、ナギの順番で縦列を作って駆け抜ける事を選択したのだ。


「何かが右側から近付いて来てるわ!」

「――〈桜鹿〉が並走してる」

「背中に〈鬼猿〉が乗ってるぞ!」

「囲まれておるようじゃな」

「……ラン! 魔法の展開を代わって! 私が牽制するわ!」

「――任せて」

「背中のを撃ち落とす!『雷線』!」

 

 カリナの剣が雷が纏った直後、三本の線となって右側を並走する〈桜鹿〉と〈鬼猿〉を襲う。

 桜鹿は首を前に出すことで避けたが、背中に乗る〈鬼猿〉は直撃し地面へと落下した。

 右側は、さらに奥にいた〈桜鹿〉を巻き込んだおかげで全ての撃退に成功した。

 反対に左側はというと―――


「ゲン、しばし預ける」

「って言われても!」

『もう、今回だけよ! はい!』

「これは…?」

火扇かせんよ。扇を開いて振るってみなさい』

「開いて…振る?おわっ!?」


 ゲンが火で出来た扇を振るった瞬間、辺り一面を炎の波が襲った。

 虚を突かれた〈桜鹿〉たちは驚き背に乗る〈鬼猿〉を落としてしまう。

 だが、不思議なことに周囲の木々は炎に触れても一切燃えなかった。


「木を燃やさなかった…?」

『私は精霊よ?この程度のこと、造作もないわ』

「サラ、凄いな!」

『……ふ、ふん! 当然よ!』


 キラキラした目で興味深そうに「火扇」を眺めるゲンと、ゲンの肩で素直に褒められてそっぽを向くサラであった。

 



「ひとまずは安心ね」

「――でも、まだまだ油断できない」

「あの動き、統率が取れてるように感じたな」

「主は意外に近くかもしれぬな」

「ゲン、その扇はあと何回くらい使えそう?」

「えっと……」

『二回が限度よ。貴方、魔力がほとんど無いんだもの』

「二回が限度だってさ」

「分かったわ。無理しないでね」

「――それはギリギリまで取っておくべき」

「ああ、分かってるよ」


 ゲンの状態を気遣いつつ、カリナたちは馬を走らせる。

 しばらくは魔物の妨害もなく、着実に洞穴へと近付いていた。

 しかし、あと少しというところで背後から地鳴りが響いてくる。これまでとは違い、確実に大物がやって来ていると全員が感じ取っていた。


「――どうする?」

「誰か一人はゲンを洞穴まで連れて行く。残る二人で後ろのを相手する」

「妥当であろう」

「誰が残るのか――」

「我が殿を務めよう。行け」

「――私も残る。カリナ、お願い」

「………わかったわ。でも、無茶だと思ったらこっちまで退きなさいよ」

「助太刀無用」

「――危なくなったら助けるだけ」

「行くわよ、ゲン!」

「無理するなよ、二人とも!!」


 少し開けた場所へと出たところで、ゲンとカリナは馬をさらに加速させて森を駆け抜ける。

 対してランとナギは、馬を停止させて下りた。

 二人とも愛剣と愛刀を抜き、来る大物を待ち受ける。


「――本当に一人で戦うつもり?」

「ええ」

「――無茶」

「それを押し通すが我が人生」

「――死ぬよ?」

「なれば我はそこまでの武士だったというだけ」

「――あなたが死んだらゲンが悲しむ」

「……我の死を嘆く者がいる。それは幸福な事なり」

「死んだら許さない。地の果てまで追い駆けて引き摺り戻してやる」


 ランの本気の目を見て、ナギは肩を竦める。

 冗談が通じないと呆れたのだろうか。


「汝忘れる事勿れ。愛は容易く憎悪に変わる。常に心を制すべし」

「――あなたも忘れないで。ゲンはみんなの幸せを願ってる。ゲンを悲しませたら、私はあなたを許さない」

「ふふっ……我は死なぬ。悲願を成就するまではな」


 木々が揺れ、大地が震え、息遣いが聞こえてきた時、ランとナギは来訪者の方を同時に向いた。

 そこには、全長5メートルはあろう黒色の毛並みをした狼がいた。

 その背後には〈鬼猿〉、〈桜鹿〉、〈灰狼〉が数匹待機している。


「雑魚の相手は汝が」

「――お手並み拝見」

「この程度では我が力量は測れぬぞ?」


 不敵な笑みを浮かべたナギは、軽く大太刀を振るう。

 すると、10メートルは離れている場所にいる黒狼の左前脚の毛が剃られた。

 黒狼は気にしていないが、背後の魔物たちはにわかにざわめく。何が起こったのか理解できないようだ。


「では、我はあちらに」

「――こっちも始めようか」


 ナギと黒狼が移動を開始したのを見届けたランは、魔力を放出して他の魔物たちの意識を引き付ける。


「――面倒だしゲンが色々心配だから、さっさと終わらせる」


※※※


 ランのいる場所から西へ少し移動した、大樹の根元。

 そこで黒狼とナギが睨み合う。


「グオオオォォォォォ!!!!」

「容易い」


 黒狼の素早い直線的な引掻きに対し、ナギは懐へ一歩踏み込んで右下から左上への逆袈裟で斬り返す。

 負傷しても黒狼は怯まない。果敢に連続引掻き攻撃を繰り出すことでナギに攻める隙を与えないつもりのようだ。

 そのことを理解したナギはひとまず回避に専念している。

 ひらりひらりと、黒狼の爪は全くナギを捉えられずにいた。時折、咬みつきで虚を突こうとするが、それを予期していたかの如く、ナギは跳躍して回避。

 隙を見せた黒狼の背を、ナギは上空から重力と慣性を利用して容赦なく斬る。

 背と腹から血を流す黒狼は、憤怒の形相を浮かべて

 

「矮小ナ人間如キニコノ姿ヲ見セルコトニナロウトハナッ!!」

「ほほう……人狼とはこれ珍しきかな」

「貴様ハ決シテ逃ガサヌ!!」


 腕が伸びた代わりに脚が縮んだが、その素早さは健在だった。

 ナギの周囲を縦横無尽に、目にも留まらぬ速さで駆けて跳び回る。


「韋駄天とは正にこのこと。目で追えぬ程に素早い」

「貴様ノソノ余裕、何時マデ保ツカナ!?」

「追えぬなら追わなかれば良い」

「目ヲ閉ジタ!?遂ニ観念シタカ! ナラバソノ首、掻キ切ッテヤロウ!!」

 

 ナギが目を閉じ、大太刀を背中の鞘に仕舞ったのを見た黒狼は、好機とばかりに一直線に跳びかかった。それが罠だとも知らずに。


「浮雲流一ノ型――『飛燕』」

「ァ――」

「狩るのは我なり」


 一太刀。それで決着はついた。

 大太刀を背負った状態で右回りに回転。

 黒狼の爪が襲いかかるよりも一瞬早く大太刀が閃き、黒狼は地面に到達する直前に水平に両断された。


「――心配するだけ無駄だった」

「そちらも無事なようでなにより。では、参ろうか」


 ナギの無傷な様子を確認したランはすぐに踵を返して洞穴へと向かう。

 軽薄にも思えるランの様子をナギは特段気にした様子もなく、大太刀を鞘に納めながら歩き出すのだった。

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