第8話 対峙
「さて、これで益々ゲンの存在価値が高まったわけだが……」
「――ゲンを物みたいに言わないで」
「そうだな、すまない。不適切な発言だった。でも、認識としては正しい。そうだろう?」
グローリアさんが目を向けると、オーバーンさんは渋々頷く。
ただ、その顔は先程の言い方に抗議しているようでもあった。
グローリアさんはそれから俺に視線を向けてくる。
「君は私が知っている限り、世界で唯一精霊と会話ができる存在だ。だから、この事を他の者に教えるつもりはない。君は何物にも代え難いのだ。決して喪うわけにはいかない」
「それは私も同意です。ですが、この事を彼だけに背負わせるわけにもいきません。保護、というよりも護衛は付けるべきでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。護衛?いらないよ、そんな物々しいの。第一、誰がこんな辺境の街に、男を連れ去りに来るんだよ」
俺がそう言うと、オーバーンさんとグローリアさんは二人して真剣な目で俺を見てきた。その目には一切の打算が無いように感じた。
「ゲン、君が思っている以上にこの世には醜い人間がいる。そして、そんな人間はどんな手段を使ってでも欲しいモノを手に入れようとする。それが人間であれ、物であれ、な」
「加えて、金のためなら何だってする下衆な者達もこの世にはたくさんいます。今日の彼らのような者達が。だからこそ、君の秘密を知っている私達は、何がなんでも君を守らなくてはならない。でないと、そこで少しずつ殺気を放ち始めたランに殺されてしまいますから」
オーバーンさんが視線を横にズラしたから追ってみると、ランの顔が普段以上に無表情で、腰の剣に手を掛けていた。いつでも抜刀できる状態だ。
「ラン、大丈夫だから」
「――――ゲンがそう言うなら」
言葉を発するまでにいつも以上に時間が掛かったところを見ると、相当怒っているんだな。
俺のために怒ってくれてたのか。
「さて、話を戻そう。私達のクランは本拠地が王都にある。そのため少人数しか派遣できない」
「ええ、知っています。ですから、ゲン君の護衛は我々に任せて貴女方は御帰りください。有名なクランが、一人の男のために王都を離れるなど外聞が悪すぎるでしょう?」
今度はオーバーンさんとグローリアさんが睨み合いを始めてしまった。
これにはさすがに両クランのメンバーも静観とはいかないようで、ワタワタと慌てている。
唯一、ランは俺の隣から一歩も動こうとしない。
「今ここで決着をつけるか?」
「私は構いませんよ?」
ちょ、ちょっと待ってくれ! これはもしかしなくてもヤバいのでは!?
このままここで始められたら工房が大変な事に!!
「――団長、やるなら外でやって」
「団長、私達がここで争っても意味がありませんよ」
「……そうですね。ここで我々が争っても無駄な被害を出すだけ。お互いに益のある妥協点を探す方が賢いですね」
「そうだな。無駄に時間を浪費する必要はない。それで、妥協点はどうする?」
なんとか収まってくれた……。
ランとカリナのおかげだ。二人がいなかったらどうなっていたことやら。
さっきなんて睨み合った瞬間から呼吸出来なくなってたくらいだ。二人が本気出したらどうなることか。
「……面倒だ、こうしよう。こちらはカリナをここに置いていく」
「ふむ……では、私達はランをそのまま護衛とします」
「――今まで通り」
「ちょっと待ってください! 私にここに移れと!?」
ランは当然とばかりに頷いたが、カリナはそうはいかなかった。
言われた瞬間に驚き、次に動揺していた。
まさか、自分に白羽の矢が立つなんて思ってもみなかったのだろうな。
それに一人だけという点もか。
「それが最も賢い選択だ。なにより、お前も幼馴染と一緒にいれて嬉しいだろう?なんなら一緒に住んでしまえばいい」
「嬉しいことは嬉しいですが、それとこれとは別でしょう!? あと、同居なんてそんな、まだ早いと言うか……」
「――ゲンはここに住んでる。私と、一緒に」
ランは俺の前に立つと、カリナに向かってそう言い放った。
しかも「私」を強調して。
まるで縄張りを主張する猫のようだ。牙を見せて威嚇してるイメージ。
『人というのは面白いですね』
「ん?どうした急に」
『私達も個性はありますが、争うことはありません。そもそも争うということを知りませんからね。ですが、こうして見ると、争う――人の言葉では議論すると言うのでしたか、悪い事ではないと思えます』
「そうだな。議論することは悪い事じゃない。だけど、過熱しすぎて相手を必要以上に攻撃してしまいかねない危険性を孕んでもいる。さっきも、かなり緊張する場面が何度かあっただろう?」
『はて、いつですか?私には議論しているようにしか見えませんでしたが』
あぁ~……見る人によって抱く感想が異なるように、ノーランからすればこれまでの一連の流れはあくまでも「議論」として納得できてしまうモノだったということか。
「これからも度々こういう状況を目にすると思うから、少しずつ学んでいくといいよ。うん」
『?』
ノーランは首を傾げていたが、いつかは分かる時が来るだろう。
……毎度こんな事が起こっていては俺の心臓と胃がもたない気がするけど。
「カリナが拒否するとなると、他の者に任せるしかなくなる。もしくは、ゲンにこちらに移ってもらうか」
「その選択肢はあり得ませんね。彼はこの家の住人ですから」
「――ゲンがここを離れるのは私が許さない。それにパパもまだ免許皆伝してない。つまり、まだまだ独り立ちは先」
「俺も、まだまだ技術を盗めてないからここから離れるつもりはない」
「ということは、やはりそちらから派遣してもらわないといけませんね。このまま関与するのなら」
「はぁ……カリナ、諦めてここに住め。別に左遷というわけではない。お互いの協力体制を築くためだ。依頼があれば自分で受けてもらってもいいし、なんなら協力して活動しても構わない。要は一時的な自由行動だ」
「グローリア団長、支部をこちらに設けてもよいのでは?王都にいるよりも実戦を積めるかもしれない。新入りには丁度良い」
ここで割って入ったのは長い銀髪で左目を隠している女性だった。
腰の左側には剣を下げている。
盾は持っていないみたいだから片手剣での戦闘スタイルなのだろう。
身長は高めで、俺と同じくらい。
ほっそりとしていて、剣を下げてなかったら冒険者には見えない。
「一理あるか……。今新入りはどれくらいいる?」
「最近入ったので十人ほど。少し前に六人」
「カリナを指導官として、新人育成施設として支部を設けてみるか……」
「なら、場所は我々の方で用意しましょうか?」
「頼めるか?」
「ここではそれなりに顔が利きますから。では結論として、こちらはランと私が。そちらはカリナさんをということでよろしいですか?」
「それで頼む。カリナ、新たな仕事だ。気合入れて頑張れよ」
「は、はいっ!!」
こうして俺の意思は横に置いて、俺を守るための体制が着々と築かれていく。
そもそもランがいるし、工房の兄弟子たちがいるから危険は少ないんだけどな……。
あと、精霊たちも守ってくれるみたいだし。
『我々も微力ながら貴方の身を守る手助けをさせていただきますね』
『新しい話し相手~。大事~』
『私の力を存分に揮える機会をくれるから、少しくらいは守ってあげるわ』
ウィーネの理由は何とも言えないが、サラは一応守ってくれる……らしい。
頼もしい、とは言い切れないが、少しくらいは頼りにさせてもらうとしよう。
俺は俺で、自分の身は自分で守れるように力を付けないとな。
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