第三章

第1話 準備期間

 パーティーが集まる小屋で読書をしていると、扉が開いてリルファが入って来た。四日ぶりかしら?最近会わなかったからなんだか懐かしく感じるわね。


「リルファ、三日前に彼女に呼び出されていたけど、何を言われたの?」

「え?……ああ、オーバーンさんから?」

「ええ」

「ゲンの剣についてです」

「それで?」

「あの剣をみだりに人前で見せないこと。誰かに製作者を聞かれても工房名を教えること。そして最後に――絶対手放さないこと。この三つを約束させられました」

「当たり前の事だけど、それだけに忘れやすいから忠告したのね」

「…………団長、ゲンはどうでした?」


 そうだった。あの場にはいなかったから、事件の後にまだ顔を合わせてなかったのね………ん?事件から三日経ってるのに会いに行ってない?


「元気だったわ。今も元気に仕事をしてるんじゃないからしら?」

「ほっ……」

「会いに行ってみる?」

「えっ!? さ、さすがに用もなく会いに行くのはちょっと~」

「…………このままだとあの幼馴染の子に取られるわよ?」


 分かりやすいわね。肩がビクッと上がっちゃって。

 ライバルは多いのにのんびりしてちゃ取られるわよ、って言っても踏ん切りがつかないんでしょうね。

 どうにかして煽らないと………

 

「義妹のランちゃんには大差付けられてる状況で、さらに幼馴染の子まで出てきたらあなた、勝ち目ないわよ?」

「うぐっ!」

「彼、優しいし物腰柔らかだから悪い女に引っ掛かるかもしれないわね」

「なっ!!」

「義妹のランちゃんはかなり積極的で兄妹の仲も良くて、お互いに信頼し合っているみたいだから、今の状況ではとてもあなたの割り込む余地はないわよ?」

「ぐふっ!!!」


 あらら……ちょっとやり過ぎたかしら?机に突っ伏しちゃって――あっ、よろよろと起き上がった。


「ま、まだ……まだ余地はある――」

「と思ってるのはあなただけよ」

「がはっ!!!!」


 とうとう突っ伏して動かなくなっちゃったわ。急所を貫いたみたいね。ううー、と情けない表情で涙を流しちゃって……。

 でも、これくらい煽らないとこの子も踏ん切りつかないからしょうがないわよね。反応を楽しんでたってのもあるけど。

 さて、これで少しは積極的になってくれるといいんだけど。



――――――



「――ゲン、これいる?」

「うーん……ちょっと小さいかな」

「――分かった」

「はぁ……。これで今日何回目……」

「――ゲン、これ飲む?」


 先日の一件以降、ランは暇な時にこうして傍にいるようになった。オーバーンさんから直々に護衛に任命されたからなのか、それとも失態を取り戻すためか。理由は分からないが、基本的に傍から離れない。

 ずっと黙って俺を見てる。もはや護衛じゃなくて監視なのではとさえ思えてきた。まあ、あの人ならそれも含めてなのかもしれないな。


「ラン。ありがたいんだけど、今は仕事中だから工房に入らないでくれるか?兄弟子たちも仕事をしてるから、ランが工房内を動き回ると集中できないんだよ」

「――ん。……ゲンの邪魔しちゃった?」


 ああっ! ランが分かりやすく気落ちしちゃった!!


「いや! 全然邪魔じゃないぞ! ただ、今は立て込んでるからちょっと集中させてほしいんだ!」

「――分かった。ここで大人しく見守ってる」

「あ……うん…………はぁ、わかったよ。でも、大人しくしていてくれよ?」

「――ゲンの邪魔はしない」


 結局これまで通りか。どうにもランに強く出られないんだよな。こう……小動物みたいな、守るべき存在って意識があって叱るみたいなことが出来ないんだよなぁ……。これじゃあ伯父さんを笑えないよ。

 

「ゲン君いる!?」

「――泥棒猫。何しに来たの?」

「ど、泥棒猫じゃないわよ! 用もなく会いに来ちゃ駄目なわけ?」

「――ここは工房。武器も持たずに来る場所じゃない」

「うぐっ!」

「――それにゲンは仕事中。邪魔しないで」

「ランはリルファに辛辣だな……。リルファ、何か用事があるのか?」

「あっ! えっと……あるような………ないような…………」


 訪ねてきたリルファに声を掛けるも、もじもじして中々反応が返ってこない。

 隣を見るとランが白けた目でリルファを見てた。その雰囲気は、呆れたとでも言わんばかりだった。若干イライラしてるか?


「――うじうじと目障り。用がないなら帰って」

「ら、ラン……そう邪険にするもんじゃないぞ」

「――ゲンは甘い。この女はその甘さで付け上がる」

「ようやく出来た友達だろう?大事にしないと駄目だぞ。さて、俺は仕事に戻るから、仲良くしろよ?」


“ いや、お前に用事があって来たんだろう!? ”


 この時、兄弟子たち全員の心の声が一致したが、ゲンには届かないのであった。




「――フラれた」

「フラれてないから! ぐぬぬっ……」

「二人で何をしているのかしら?」

「――何をしに来た?」

「そう邪険にしなくてもいいじゃない。団長からの命令なんだから」


 あわわわわっ! ランとカリナさんが睨み合いを始めちゃった!!

 ううっ……この二人の睨み合いに割って入れる気がしないよぅ………


「――ここじゃなければ今すぐにでも斬ってやりたい」

「と、とりあえずここで剣呑な雰囲気になるのはマズイと思うんだけどっ!!」


 ランが剣の柄に手を置いちゃってるんですけどー!

 ここっ、工房内で刃傷沙汰はマズイんじゃないかなー!!


「――帰って」

「そうもいかないわ。任務放棄になってしまうもの」

「――ゲンの護衛は私一人で十分」

「はぁ……ラン、そろそろ許してあげたらどうだ?団長同士が決めたことなんだ、いがみ合っても仕方ないだろう」

「――ゲンはどっちの味方?」

「俺はどっちの味方でもないよ。あえて言うなら中立。護衛対象だからね」

「えっと……お仕事はいいの?」

「こんな状況を放って置いたら伯父さんに怒られるからね……」


 ゲンは苦笑いを浮かべてるけど、ランはむすっとして不服そうな表情を浮かべてる。兄が自分の味方じゃないことに不満なんだろうか…?

 カリナさんが終始余裕のある態度で受け流してたのも、ランの不機嫌を助長してるのかもしれないなぁ。

 ゲンが戻って来たのは兄弟子さんたちの無言の圧力があったから……みたい。さっきまで咳の音がいくつもしてたのに今は治まってる。ちょっと微笑ましいな。


「ねえ、ゲン。明日以降って仕事の状況はどうなってる?」

「ん?えっと……今日の分が終わったら、明日以降は空きになってるはずだ。誰かが持って来ない限りは暇だな。それがどうした?」

「えっとね……団長から、王都に一度招いたらって言われてね?」

「「「王都!?」」」

「そう。団員との顔合わせと観光を兼ねてどうかって」


 ランの顔が再度険しい表情になった。眉間が寄ってるし、雰囲気もまるで猫が毛を逆立ててるみたいになってる。威嚇してるみたいだなぁ。

 ゲンは顎に手を当てて悩んでる。魅力的な提案だもんね。でも、私としても行って欲しくないけど……。


「う~~ん………どうかな。これから準備もあるし、正直王都に行ってる余裕はないんだよね」

「準備?」

「ああっ! か!!」

「――そういうこと。ゲンは準備に忙しいから王都には行かないし、泥棒猫とどこかに行くこともない」


 ぐぬぬっ! カリナさんだけじゃなく私にまで釘を刺してくるなんて。二人で言い争ってる隙にゲンを誘おうとしたのに。


「悪いんだけどさ、そういうわけだから断っておいてくれないか?今の時期はちょっと忙しいんだよ」

「えっと……アレって何?」

「あれ、知らない?十日後にこの街で祭があるんだよ。かつてこの街を創った者達への感謝と追悼のね。最後にはこの街の選ばれた冒険者による演舞をやるんだ」

「へぇ~。それで、ゲンはその時に何かするの?」

「いや、前日までに提灯を作って飾らないといけないんだよ。この街にある四つの工房で分担して担当するんだけど、今年は俺も提灯づくりに参加することになってる。だから、王都に行ってる時間はないんだ」

「わかった。団長に伝えておく。それはそれとして……祭当日は空いてる?」

「え?……たぶん仕事はないと思うけど。それが?」

「じゃあ、私と一緒に回らない?護衛も兼ねるけど、久しぶりに二人だけの時間を過ごしたいと思ってるの。……ダメ、かしら?」

「うん………仕事がなければいいぞ」

「本当!?」

『先を越された!!』



 カリナの一言から三人での姦しい話し合いが始まった。周りを気にしない大きな声だったから工房全体にまで届き、兄弟子たちの作業を邪魔してしまっていることに申し訳なく思うけど、俺のせいではないと思うんだよ。

 少ししてうるさいと思ったのだろう。伯父さんがやって来て、「うるさいぞ!」って言った直後に三人揃って、『黙ってて!!』なんて言うものだから、あの伯父さんが圧倒されて気落ちしながら家に帰って行った。あの姿は、申し訳ないけど少し笑ってしまった。

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