第9話 想いだけでも技術だけでも
「本当に魔物が奇襲を仕掛けてきたのか!?」
『ええ。そして、最後の一戦になることでしょう』
「なんでわかるんだ?」
『精霊とはどこにでもいて、それでいてどこにもいない存在なのです』
「???」
『つまり、我々は世界そのものと考えてください』
「はあ……それで?」
『世界そのものですから、当然何かが起これば知ることは可能です。ただし、認知力は存在の強さによって差が出るので私の場合はこの街の外半径3キロが限界です』
さっきはスゴイ存在だと強調したのに、よくよく聞くとそこまでじゃないか?
俺の理解力が無いからダメなのかもしれないが。
「もっと強い存在がいるのか?」
『いますよ。教えませんけど』
「そうか………って、そうじゃなくて!みんなに知らせないと!!」
『それは不要でしょう。気付いた者がすでに知らせに向かっているようですから』
「俺は――」
『作るのでしょう?彼女のための武器を』
「そうだった。でも、俺じゃあ必ず失敗するからな……」
『今度は大丈夫です。もう一度やりましょう』
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
『ふふっ……精霊だからです』
「……わかった。やってみるよ」
伯父さんとランの期待に応えないと。
もう失敗はできない!
『あまり感情的になってはいけません。無心で叩き、鍛えることだけを考えてください。でなければ同じ失敗をしますよ』
「どういうことだ?」
『あなたの失敗の原因。それは感情の昂りです。心当たりがあるのでは?』
「…………」
確かにこれまでは無意識のうちに、ランのため、伯父さんの期待に応えなきゃ、って思いながらやっていたような気がするな。
『その思考、感情が邪魔をしていたのです』
「……てか、なんで人の思考を読めるんだ?」
『そこはそれ、秘密です。さあ、無駄口を叩く暇があるのならさっさと作ってしまいましょう。あなたの至高の一振りを』
「わかった。手伝ってくれ」
『そのつもりです。初めのうちは問題ないでしょうが、途中から指摘させてもらうのでそのつもりで』
「お手柔らかに頼むよ」
材料と炉の準備をしないと。あと水もか。
今から持って来るのに時間が掛かっちまうな。
でも、誰かに助けてもらうわけにもいかないしな……
『気になったのですが、そちらの液体は何ですか?』
「これか?これは魔物の素材を溶かすための液体だよ。取り扱いはかなり注意しないといけないんだ」
『……これもまた一つの要因ですね』
「え?これが?」
『はい。ここでは素材を部分的に溶かして金属と組み合わせていますね?』
「そうだけど……それが?」
『魔物の素材は本来危険な物です。さらに言うと精霊とは相反する存在なため、あまり良い方法とは言えないのです』
「でも、上位の冒険者はみんな魔剣を使っているぞ?」
『あれはゴマカシです』
「ゴマカシ?」
『はい。金属のみで作られた武器と、素材と組み合わせた物とでは耐久度の面で圧倒的に異なります。さらに、素材そのものの性能を十二分に発揮できません。だから、真の冒険者は前者を選びます』
「そうなのか?全く知らなかったな」
『知らなくて当然です。この事実に気付くのは長年鍛冶を生業にしている人か、熟練の冒険者くらいですから』
「そうなのか……」
ということは、伯父さんは知ってるのか?このことを。
なんせ、ここで店を始めて40年は経つって言ってたし……
『それで、です。これからは素材を使わずに作りましょう』
「俺はそれでも構わないが、そうなるとこの素材はどうしようか?」
『保存することは出来ないのですか?』
「一度浸けてから取り出すと使い物にならなくなるんだよ」
『そうですか……どうにか出来ますか?』
『私にも出来ることと出来ないことがあるよ?』
『とりあえず、やれるだけのことをしてくれませんか?』
『……やってみる』
「あれは?」
『水の精霊、ウィーネです。水に関することは彼女に御任せです』
突如現れたのは水のような体を持った掌サイズの人のような存在だった。
眠そうな目をしているのが特徴的だ。
体が青いだけで、体の形は人間そのものだ。
『――準備出来てるんだけど?』
『あら、サラも来てくれたんですね』
「こっちは?」
『火の精霊、サラです。今回はウィーネとサラが手助けしてくれるそうです』
今度は人の形をした火が現れた。
尻尾みたいなのが生えているが、何の動物のものかはわからない。
『ねえねえ、抽しゅちゅ――抽出出来た』
『そうですか。今回は』
「今噛んだよな?抽しゅちゅ、って噛んだよな?」
『――次指摘したら二度と手伝わない』
「悪かった。悪かったから拗ねないでくれ」
『コホン。今回だけ、素材を使った武器を作ります』
「ああ、わかった」
『あんたの感情が強すぎて、つい燃えちゃうのよね』
……え?俺の感情を感じとれんの?
精霊って実は―――
『精霊は認めた相手の力になろうとします。ですから、サラはあなたの感情に呼応するように火加減を強くし過ぎていたのです』
「あっ! だから感情的になるなって言ったのか」
『そういうことです。それは他の精霊でも同じなので気を付けてくださいね?』
「わかった。気を付けるよ」
『では、作りましょうか。ウィーネ、いいですか?』
『準備万端』
『サラは?』
『今のところ問題なし』
『ゲン、一回限りです。これまで培ってきた技術の全てを、ただ無心で注ぎ込んでください。そうすれば必ず作れますから』
「……了解。やるだけのことをやるよ。みんな、よろしく」
この時、俺は精霊っていう曖昧な存在と、その見た目で優しく教えてくれるものだと思い込んでいた。
この考えが甘かったことは、この後の作業の中で身に染みて良く分かった。
人間と変わんねえよ。
『素早く取り出して!』
『すぐまた火の中へ』
『また感情が昂ってる!』
『ひま~』
さっきからこんな感じで指示が飛びまくってる。
時々違うのが入っているが、基本的には二人の指示に従って工程を進めてる。
まあ、大きな声を出しているのはサラだけで、ノーランは言い聞かせるように静かに、でもはっきりと聞こえる声で指示を出してくれる。
ウィーネは今のところ何もしてない。
『そろそろですね。ウィーネ、準備はいいですか?』
『いいよ~』
『これから素材と鋼を融け合わせます。あなたは叩くことに集中してください』
「わかった。俺も準備は出来た、いつでもいいぞ」
『では、いきます!』
そこからは時間との勝負だった。
溶かしたとは言っても魔物の素材、鋼と融け合わせるのは容易ではなかった。
精霊の力が無ければ出来なかっただろう……口煩かったけど。
本来、魔物の素材を利用した武器の作り方は二通り存在する。
1つは素材そのものから削り出す方法。
耐久度は素材に依存するため、職人次第では一度使用するだけで壊れてしまうことがある。
もう一つは素材と鉄を組み合わせる方法。
素材をほとんど加工することなく使うため、耐久度は問題が無い。
しかし、鉄と組み合わせるために接合面の劣化によって武器が壊れやすいという問題が存在する。
使い手・職人次第ではあるが、魔剣は強力な反面壊れやすいのだ。
しかし、今回の方法はこの二通りとは異なる。
溶液によって素材の硬度を緩め、熱した状態で鋼と素材を融合させるという方法だ。上の方法と溶かすという工程までは同じだが、その先から異なる。
普段の武器づくりに使う温度よりもずっと高い温度を必要とし、素材を融かしきらないように細心の注意を払いつつ、鋼と少しづつ混ぜ合わせるように叩かなければならなかった。加減を知る精霊がいて初めて出来ることだ。
使う魔物の素材によって最適な温度が異なるため、これまで色々な職人が試して出来なかった技術だ。今までの人生で最も神経を擦り減らした時間だったのは間違いない。
「これが、俺の初めての……」
創った後は、親父の形見で精霊の宿るあの砥石で最後の仕上げをした。
最後まで精霊に頼ってばかりだったな。
『ふぅ~。さすがに疲れました。ですが、最高の一振りが出来ましたね』
『もう無理~』
『はぁ~。火加減を維持するのに疲れたわ。先に休ませてもらうから』
『はい、お疲れ様でした』
「ありがとう。みんなのおかげで初めての一振りが出来た。本当にありがとう!」
『さて、この剣ですが――』
ノーランが何か説明しようとしたその時、工房の入口から息を荒げてランが入ってきたため、ノーランは説明を中止してくれた。そのおかげでランに向きなおれた。
「――ゲン!」
「ラン!?どうしたんだ?」
「――剣が折れちゃって。ごめんなさい」
「そんなことはどうでもいい!怪我はないよな?」
「――うん。大丈夫。それで、代わりの剣はある?」
「ああ、ちょうどさっき初めての一振りが出来たよ」
「――!! …… 本当に?」
「そうだ。だから、これをランに」
「――うん! すぐ戻るから、待ってて」
「無茶するなよ!」
「――わかってる!」
剣を受け取ったランは、滅多に見ることが出来ない笑顔で、先程入って来た入口から駆けて行った。
あの剣がランと町の人々を守ってくれることを願おう。
『ふふっ……美しい兄妹愛ですね』
「無理しないといいんだけどな」
『あの剣が彼女を守ってくれるでしょう。あなたの想いと、我々が授けた技術で作られたあの剣が』
「そう、だな………」
『あら?……さすがに疲れて寝てしまいましたか。これからもよろしくお願いしますね?我らの協力者』
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