第9話 エシャル火山

 熱気、熱風、蒸気、地熱、溶岩の川。

 この場所では様々な自然の猛威が襲い掛かってくるため、並の冒険者では近寄れない場所である。

 そんな場所を、汗を流しながらも四人は登頂している。


「――役立たず」

「仕方ないでしょ! 熱風は防げても、地面からの放射熱はどうにもならないんだから!!」

「自然とはままならぬものなり……」


 カリナのおかげで熱風は直撃せずに済んでいるが、熱気までは防げない。

 馬はさすがにこの環境には耐えられないだろうということで、麓の小川に係留して来ていた。

 普段は飄々として涼し気な顔のナギも、この暑さでは気怠げな表情になっていた。暑い環境は苦手なのかもしれない。


「思っていた以上に暑いなぁ。魔物が出てこないだけマシってところか」

「ゲン、そういうことを言ってると――」


 先頭を行くカリナがゲンを諭そうとしたその時、眼前にある大きな岩が動いた。

 いや、正確には岩ではない。溶岩亀の甲羅である。


「汝、言霊使い也?」

「そんな冗談を言ってる場合じゃないでしょ! 総員、戦闘態勢!!」


 暑さで気分は落ち込んでいたが、魔物を前にして三人はすぐに戦闘態勢に切り替えていた。

 岩石で出来た大亀の魔物――「溶岩亀」

 その体は並の武器では傷付けられないほどに硬く、体を形作る岩石の隙間からは赤い光が漏れているのは体内に溶岩を蓄えているため。

 状況によっては全身マグマなみの高温を発する時があるが、幸いにも今はまだその状態ではない。

 

「ゲンはすぐに岩陰に移動して。ラン、陽動をお願い。ナギは――いつも通りで」


 四人ももはや慣れたもの。

 ゲンはカリナの指示の前から岩陰に移動を開始していた。

 ランはゲンに意識が向かないように誰よりも早く行動に移っていた。

 ナギはいつも通り、ゆっくりと歩きながら溶岩亀に近付く。


「隙を作るわ。『揺震』!」


 カリナが地面に剣を刺すと、溶岩亀の足元に魔法陣が出現した。

 気付いた溶岩亀がその場を動こうとした瞬間、魔法陣内が大きく震動し、溶岩亀の体が傾き体勢が崩れる。

 

「――ここ」


 ランが無防備な溶岩亀の瞳を貫こうとしたが、まったく傷がつかなかった。


「――硬い。こいつ嫌い」

「文句言っても仕方ないでしょ。隙間を探しなさい」

「浮雲流五ノ型――『高鳶』」


 鞘を地面に突き刺し、それを足場にして跳躍したナギは空を一度蹴り、落下する速度そのままに溶岩亀の首を真一文字に斬る。


「浅い。斬り落とせず」

「相当硬いわね。ここで時間を大きく取られるのは避けたいけど、逃してはくれないわよねぇ」

「――攻めきれない」

「鈍重なれど堅固なり」


 三人は経験から、長期戦になることを覚悟した。


 この火山は活動中で、いつ噴火するか分からない。

 それゆえに、ゲンたちはなるべくこの山に留まりたくないと考えていた。



「何か、俺にも手助けできないか?」

『うぅ~。ここ嫌い~』

「ウィーネにとってはここは相性が悪いか」

『あの三人でも苦戦するほどですか……』

「攻撃が通じないみたいだな。カリナの魔法は多少効いたみたいだけど、焼け石に水みたいだ」

『……誰が上手いことを言えと言いましたか?』

「えっと……ごめん」


 眼つきの鋭くなったノーランに、自分が言ったことを理解したゲンが謝る。

 肩に乗る小人に大人であるゲンが謝っているのは、なんとも奇妙な絵面である。


『ですが、ここで足止めを食うわけにはいきません』

「あいつの弱点とか分からないか?」

『残念ながら、我々も万能ではないのです。魔物の生態については専門外と言ってもいいほど』

「そっか……」


 精霊であるノーランたちなら溶岩亀について知っているかもしれないと思っていたゲンは、落胆を隠せない。

 俯いて地面を眺めていたゲンは、ハッと気付いて顔を上げた。


「でも、あいつって岩だよな?」

『? ええ、そうだと思いますが……それが?』

「大量の水をかけたら脆くならないかな?」

『悪くないですが、ここは火山地帯。そもそもの水が蒸発してしまう環境です。現実的とは言えないでしょう』

「だよなぁ………なあ、ウィーネ」

『うにゅ……な~に~?』


 ゲンの頭でへばっていたウィーネが、力ない声で返事をした。


「水筒の水を増やせないか?」

『出来なくはないけどぉ……どうするの?』

「思い付きだけど……水筒の水を触媒にして、カリナの魔法で水を大量に増やす。その時にウィーネにも協力してもらったら、十分な量が作れないかなって思ったんだけど……無理かな?」

『う~ん…………』


 足をバタバタしながら唸るウィーネ。

 その姿に、ゲンは諦めがよぎる。


「やっぱり無理――」

『やってみよっか』

「出来るのか!?」

『わからない』

「わからないって……」

『でも、今なら出来そう――な気がする』

「気がするのか。でも、試してみる価値はあるな。カリナ!!」


 決心がついたゲンは、岩陰から顔を出して叫んだ。

 新たな魔法で攻略法を模索していたカリナは、魔法を中断して振り返る。


「なにっ!?」

「こっちに来てくれ! 亀を弱体化できるかもしれないっ!!」

「本当に!?」

「試してみる価値はあると思う」

「――行って」


 ランの後押しを受け、カリナは持ち場を離れてゲンがいる岩へと急行。

 やって来るや否や、顔を近づけてまくし立てるように尋ねた。


「何をすればいい?」

「この水筒の水を触媒にして大きな水の塊を作れないか?」

「それは出来なくはないけど……保って一分程度よ?」

「それをあいつにぶつけて弱体化させようってこと」

「なるほど………でも、生成に時間が掛かるし、かなり厳しいと思うけど」

「ウィーネが力を貸してくれるから、やるだけやってみないか?」


 顎に手をあてて考えたのは一瞬。

 すぐに顔を上げてゲンの目を見返す。


「わかったわ。やるだけやってみましょう」


 ゲンが鞄から水筒を取り出すと、カリナは地面に置いて早速魔法を発動する。


「行くわよ……『激流』!」

「ウィーネ」

『はいは~い』


 カリナの魔法が発動すると、徐々に水筒から水が溢れ出てきて空中に水の塊を形成した。だが、ある程度まで増えると、それ以上水の塊は大きくならなかった。

 それを確認したゲンは、掌に乗っているウィーネを水の中へと移動させる。

 すると、ウィーネが元気に泳ぎ回っている間に水はドンドン体積を広げていき、溶岩亀の頭を覆えるほどにまで大きくなっていた。


「凄い……これなら問題なくいけるわ! ナギ!!」

「委細承知」

「ラン、動きを止めて!」

「――『塵風乱』」


 溶岩亀と正面から睨み合っていたランは、カリナの指示を受けて魔法を発動して頭側から尻尾側へ一気に駆け抜ける。

 その直後、溶岩亀の足場が塵となったため、溶岩亀の体勢が崩れた。


「ここっ!!」


 その隙を見逃さず、カリナは水の塊を溶岩亀の首にぶつける。


「浮雲流七ノ型――『荒禍蜻蛉あかとんぼ』」


 水がかかったのを確認したナギは、溶岩亀の首目掛けて疾走。

 首の真下に来た瞬間、地面を蹴って掬い上げるように首を両断した。

 首が地面に落ちた瞬間の大きな地響きと震動からその重さが窺い知れる。


「――討伐完了」

「良き哉」


 ランは溶岩亀の状態を確認してちゃんと討伐したのを確認してから納刀。

 刀の刃毀れを確認したナギも、満足気に頷きながら納刀した。


「今回は助けられたわ、ゲン。ありがとう」

「みんなの助けになれてよかった。ウィーネもありがとうな」

『うぅ~、もう限界~』


 水の中で元気に泳ぎ回っていたウィーネは、水の中から出る再びへばってしまい、とうとう限界が来たらしく姿を消してしまった。

 ランもナギも一見すると平気なように見えるが、実は相当に魔力を消費しており、カリナは二人よりも疲労している状態だった。

 熱気と緊張感でゲンも知らないうちに疲労していたため、四人は近場にあった洞窟にて小休止することにした。





 探索を再開した四人にとって不幸中の幸いだったのは、予期せず戦った溶岩亀が、目的の素材が大量に埋蔵されている小さな洞窟を隠していたことだった。

 想定していた以上の素材の数々に興奮したゲンが、つるはしが壊れるまで掘ってカリナとノーランに叱られたのはご愛嬌。

 用事を済ませた帰路の途中、ウィーネとシルフに慰められるゲンの背中は、今までで一番小さく見えた。



 目的を達した四人は予定よりも早く、日没までに下山することができた。

 へとへとの四人はテントに入ると、誰からともなく眠りに落ちて行くのだった。

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