第7話 いつもとちょっと違う日
「うーん………それらしい形にはなったけど、やっぱり難しいな。見た目だけなぞっても良い物が出来ることはないけど、それでもやってみて改めて難しさが分かった。当分は暇なときに練習あるのみだな」
手の中にある物を見つめながらぶつぶつ言っていると、兄弟子たちから興味半分呆れ半分の目で見られた。うちでは扱ってない物だから物珍しいんだろうな。
技術的には鍛冶と似た物かと思ったけど、想像以上に繊細なんだな。正直、不器用な自分にはあまり向いてない気がするけど、これだけは自分の手で完成させたいからな。頑張らないと。
「ゲン!!」
「……何か問題が起きたのか?」
「いや、問題が起きたわけじゃ……なんだそれ?」
「ああ、これは試作中のペンダントなんだけど、まだまだの出来でさ。練習中」
「そうか。まあ、ほどほどにな。それでだ。お前にはこれから冒険者に同行してもらう。当然、武具の整備が仕事だ」
「珍しいな、そんな依頼が来るなんて。俺で大丈夫なのか?兄弟子たちもいるのに」
「向こうからの御指名だ」
「指名?」
なんかここ最近、指名、って言葉をよく耳にするようになったなぁ……。
いい事なのかもしれないけど、正直力不足感が否めないから重圧の方が大きい。
「ランのとこのクランが少し規模の大きい討伐を行うってんで、ランの指名でお前の参加を要請してきた」
「なるほど。それじゃあ、今すぐ用意して……どこに向かえばいいんだ?」
「東門だ。すでに集まってるだろうが、しっかりと準備して行けよ。一度行ったら取りに戻ることは出来ないだろうからな」
「わかった。準備してくるよ」
準備を整えて工房を出ると、ランが待ってた。冒険者の時の恰好で、凛々しくも可愛らしい。髪は先日買った髪飾りでツインテールになってる。
「――ゲン」
「わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「――迷子になられたら困る」
「俺はそんな子供じゃないんだけどなぁ」
ランと共に東門へやって来ると、オーバーンさんが団員に指示を出していた。人数はざっと見ても二十人以上。ほぼ全員が出動するほどの大仕事のようだ。
あと十歩のところまで近付いたところで、オーバーンさんが振り返った。
「来ましたか。急な要請に応えていただきありがとうございます。ランが、あなた以外にありえないと駄々……こほん。我が儘を言うものですから。御迷惑をおかけします」
「別にいいですよ。元々ランの装備の点検は俺の仕事でしたし。今は特に仕事もなくのんびりしてましたから」
「良き兄を持ちましたね。ですが、甘えすぎるのもほどほどに」
ランが頬を膨らませて不満を訴えてる。
突くと――あっ、睨んで…脇を抓るな!
「兄妹でイチャイチャするのは構いませんが、時と場所を選んでくださいね?」
「す、すみません」
「――ゲンのせい」
ランに脇腹を抓られながら、二人が乗る馬車へと向かった。
歩いてる途中、チラチラと生暖かい視線を向けられてた気がしたけど、ランの睨みですぐに消えた。うーん……普段から怖い印象を与えてるのかな?兄としては、妹が怖がられるのは悲しいなぁ。
※※※
馬車で揺られること一時間くらい。街から北東方向に進んだところにある大きな森に来ている。領主からの依頼で来たらしい。
ランを含めた団員全員が、姿勢を正してオーバーンさんの言葉に耳を傾けてる。
「さて、ここが目撃情報のあった場所です。皆さん、警戒して捜索にあたってくださいね。見つけたら音響魔法で位置を知らせてください。では、解散!」
号令後すぐに団員たちがそれぞれの役割を果たすため移動を開始したのを見届けると、オーバーンさんがゼムルさんと共にこちらに歩いてきた。
「ゲン君はここで待機していてください。ゼムル、ここはお任せします」
「了解した」
「えっと……よろしくお願いします」
「ああ」
か、寡黙な人みたいだな。無駄話は好きじゃなさそうだ。
背負ってるのは業物の大剣だろうか。無骨というか、飾り気がないというか。使い手を表してるのかもしれない。刃は綺麗だから、丁寧に研いでることが一目で分かるな。
何の鉱物で作ってるんだろうか?普通に鋼か?それとも、噂だけは聞いたことがある幻の鎮鉄ってやつかな?あの鈍く光る刀身の感じは、普通の鋼ではなかなか出来ないと思うんだけど、なんだろうなぁ……。
「――興味があるか?」
「え!?ああ、ええっと……もしかして、視線が気になりました?」
「うむ。熱心にこれを見てるのは視線から分かった」
「あはは……」
バレてたのかぁ…!! ランから、一部の冒険者は視線に敏感だって聞いたことがあったけど、まさかゼムルさんもそうだったなんてっ!!
は、恥ずかしい……。
「周囲に魔物の気配はない。今なら観察できるが?」
「そ、それじゃあ、御言葉に甘えさせてもらいます」
うわぁ…!! うちではまず御目に掛かれない、最高純度の鋼鉄で出来た大剣だ!
両刃だけど、鋼鉄で丹念に作ってるから耐久性が高いんだ。一応、柄の部分に魔方陣が刻まれてるけど、耐久性を下げるような特別な事態に陥らない限りは使われないもの。つまり、己の腕っぷしだけで勝負する人のための武器ってことだ。
これだけ綺麗な刃だと、魔物なんかサクッと斬ってしまいそうだなぁ。
魔物の素材を一切使わない、ノーランが言うところの正統な武器がこれか。いつかはこんな武器をランに作ってあげたいな。
「――すまん」
「え?」
ブオンッ――いきなり目の前の大剣が引っこ抜かれたかと思ったら、今までの人生ではまず聞いたことのない、重い音が聞こえてきた。
ドサッ、という音が聞こえた方を見ると、熊の魔物が上半身と下半身に分か断れていた。
はい?まだ少し距離があったはずだけど、ここから斬ったのか?熊だけを狙って?
「目標ではないが、報せておくか」
大剣を背負い直したゼムルさんは、魔銃を使って空に光弾を撃ち上げた。少しすればみんな戻ってくるだろう。結局俺は何もせずに終わりかな。
貴重な経験をしたかもしれないけど、鍛冶師としての仕事が出来なかったのは悲しいなぁ……。
「……また、眺めるか?」
「あっ……いえ、もう充分です。先程はありがとうございました」
「それが俺の役割だから当然だ」
「俺もゼムルさんみたいとは言いませんけど、自分の身は自分で守れるようになりたいです。そうすれば、ランに心配を掛けずにすみますから」
「それは、兄としての矜持か?」
「そんな大層なものじゃないですよ。ただ、この年で自分の身も守れないのはちょっと情けないし、ランが心配して任務中に怪我して帰って来たら……なんかこう、自分を殺したくなりそうで」
「……そうか。なら、その思いを大事にすることだ。ただ、彼女はいち――いや、まだ半人前か。それでも、心配で仕事に手がつかない、なんてことにはならないだろう。仕事をすぐに終わらせてお前の元に戻るはずだ。だから、もう少し彼女を信じてやれ」
「……そうですね。心のどこかでまだ、ランを妹としてしか見てなかった自分がいました。お話したことで少し気持ちが楽になりました。ありがとうございます」
「あまりため込み過ぎないようにな。お前は他の人間よりも重い秘密を抱えているのだ。これ以上抱えると、いつか突然潰れるぞ」
「御忠告ありがとうございます」
言葉遣いと表情で怖い印象を受けるけど、心配してくれてるんだなってのは伝わってくる。良い人なんだなぁ。無表情過ぎて伝わりにくいけど。
「一つ気になったんですけど、弟か妹がいますか?」
「……………妹が三人に弟が二人いる」
「やっぱりそうですか。兄の矜持、って言葉に少し引っ掛かったので気になって」
「俺は長男としての役割を捨て、冒険者になった。だが、そんな俺に弟たちは憧れているらしくてな」
「あはは……それは大変ですね」
「………お互い苦労するな」
この人も苦労しているんだな。ランはまだマシになった方だけど、冒険者になった頃は、それはもう、荒れに荒れて伯母さんと本気の喧嘩をしたくらいだからな。
それが、下に五人もいるとなると、心労は計り知れないなぁ……。
「――随分と仲良くなったようですね」
「熊がこちらに来た。そこに転がっているのがそうだ」
「そうですか。……妙ですね。餓狼の群れ程度であれば、火熊なら容易く撃退できるはずです」
「大きな群れだった可能性は?」
「無くはないですが、それならば我々の方で接触していてもおかしくないはず。……少し面倒なことになりそうですね」
オーバーンさんが顎に手を当てて考え始めた。ゼムルさんはこれ以上何も言わずに、考えが纏まるのを待つつもりのようだ。
結論として、今回は特例として急遽野営をすることが決まった。
目標は領主の依頼ということもあり、なるべく早く駆除する必要があり、夜の間も討伐を続行することに。ただ、夜目が利く者は少ないため、七人での巡回を交代で行うこととなった。
俺を含めた支援組は、野営地で待機。今は俺と他二人の鍛冶師の三人で、冒険者の武具の整備をしている。
作業をしつつ、無事に討伐されることを祈るばかりだ。
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