第4話 依頼主不明の依頼

 昨日は散々だった。

 帰って来たら一日の報告をさせられ、ダメなところを徹底的に指摘され続けた。

 果ては酔った勢いそのままに馴れ初め話を延々三時間も聞かされた。

 二人だけの世界のはずなのになぜか時折反応を求めてくるから厄介だった。

 さっさと寝たかったのに。



「おい、ゲン!お前を指名しての依頼だ!」

「俺?早速リルファが来たのか?」

「いや、届け物だ。なんでも遠方からだとか。依頼主の名前は書かれてねえ」

「呪われた物じゃないよな?」

「さすがに違うだろうが、物好きがいたものだな」

「しかし、俺を指名か……」

「うーむ、おそらくだが、リルファ嬢ちゃんの話を真に受けたどっかの見習いが送ってきたのかもな。受け取りは……明日らしい」

「依頼された以上はやらないとな」

「ならず者でなければいいな」

「その時は伯父さんよろしく」

「自分でどうにかしやがれ」


 しかし、伯父さんが言った通り物好きがいたものだな。

 うちはこの街ではそこそこの工房だが、有名ってほどではないからまず指名での依頼なんて来ないのに。


「考えても仕方ない。取り掛かるか」





「 ゲン!リルファ嬢ちゃんとヨハン嬢ちゃんが来たぞ!! 」


 ……………。


「聞こえてねえみたいだ」

「集中してるみたいですから、邪魔しちゃダメですよね」

「でも、もっとアタックかけないと取られるわよ? 」

「だ、大丈夫ですよ!私だけですからっ! 狙っているのは!!」

「そういえば、今日の仕事は遠方からの依頼だったな」

「遠方?ゲン君を名指しで?」

「そうなんだよ。おそらく、リルファ嬢ちゃんの話を鵜呑みにしたどっかの新米が力欲しさに依頼してきたんだろうな」

「依頼主は男ですか?!それとも女ですか?!」

「さあな。俺は見てねえからわからねえが、ゲンなら気付いてんじゃねえか?」

「確認してきます!」


 一気に火が付いたリルファの嬢ちゃんが、まっすぐにゲンのところまで早足で向かってった。

 恋は盲目ってのはまさにこのことだな。


「こんなときだけ押しが強いのね…… 」

「それでもゲンは気付かないがな」

「道程は長く遠いですね」

「空を飛ぶが如しだな」

「ほぼ不可能じゃないですか……」

「だが、一発逆転もあるだろう」

「その方法は?」

「キスだな。これで気付かなかったらただの阿呆だろう?」

「諸刃の剣じゃないですか。一歩間違えればただの変態になりますよ」

「しかし、あいつはそこまでしねえとわからねえだろうよ」

「でも、あの子には無理でしょうね」

「……だな」


 ヨハンの嬢ちゃんも苦労するだろうな。

 まあ、俺も人の事は言えないんだろうが。

 




「ゲン、その剣が今回の依頼品?」

「ああ、だがどうにもおかしい」

「おかしい?」

「見た方が早いか。ほら」


 ゲンは、私にも見えるように椅子をどけてスペースを空けてくれた。

 こういうさりげないところが人間性を表してる気がするな~。


「………え?これって――」

「そう。の剣だ」

「星銀って言えばまず出回らない物だよね?」

「ああ。上位――つまり王都にいる冒険者が今回の依頼人ということだな」

「王都の、しかも『銅』に近い『赤』の人が、私の話を聞いて、それを信じてここに依頼してきたってこと?」

「そうなるな。付け加えると、製作者ではなく俺に研磨を依頼してきたという点でも驚いている」

「でも、星銀の剣を持つくらいの冒険者なら専属の鍛冶師がいてもおかしくない、っていうかクラン規模じゃない?」


 というか、それこそギルドに所属していてもおかしくないような………


「そうだな。上位冒険者ならクランを作っているはず……」

「なんだか胡散臭くなってきたね……」

「だが、依頼された以上はやり遂げるだけだ」

「……ところで、その剣の持ち主は男の人?それとも女の人?」

「なんでそんなことを聞くんだ?」

「え?…えーと、それほどの業物を持ってる人がどんな人か気になって……」

「そうなのか?同業者としては気になるのか」

「そうそう! 上を目指してるからね。気になっちゃうの」

「そうか……本当は教えるべきではないが、秘密にするならいいぞ」

「大丈夫! 誰にも言わないから」

「わかった。この剣の使い手は女だ」


 ぐはっ! まさか女の人だなんて。

 しかも私よりもずっと上の実力者なんて!

 これじゃあ勝ち目ないじゃないですか!

 いやでも、あくまで鍛冶師の腕を買って依頼してきた可能性が大きいはず!

 大丈夫、まだいけるわ、リルファ!


「作業自体は少ないが集中したいからそろそろ離れてくれるか?」

「あ…そうだよね。ごめん。終わったら話をしない?」

「終わってから時間があればな。約束は出来ない」

「時間がなかったらいいよ」

「そうか。明日は持ち主が来る日だから対応できるかわからんぞ」

「うーん。じゃあ明日は軽くクエストに出かけようかな」

「武器を作って欲しかったら伯父さんに頼んでくれ」

「ゲンは作れないの?」

「作ること自体は出来るが、伯父さんには及ばない」


 あっ……ちょっとだけゲンの顔が沈んだ。

 聞かれたくないことだったのかな?


「そっか。いつか追いつけるといいね」

「そうだな」





「さっきのは謙遜ですか?」

「いや、本当の事だ。最初は完璧なのに、なぜか最後の仕上げで失敗して平凡な物になっちまうんだよな。わけがわからん」

「より良い素材で作ると出来るとか?」

「まさか。色々試させたが駄目だったよ」


 急に考え始めて………何かやらせる気か?

 まあでも、無理難題か、こっちが損する内容でなければ黙認するか。


「……明日の夕方に「城亀の甲羅」と「太刀蟹の爪」を持ってくるので加工を依頼してもいいですか?」

「いいのか?かなりのレア素材だろ?それをあいつの修行のために使っちまって。さっきも言ったが、今のあいつじゃあ、最悪素材を殺すことになるぞ?」

「大丈夫です。貰い物ですから。倉庫の中で眠らせ続けるのも勿体無いですし、どうせなら後輩の後押しにでもなればと」

「なら俺からは何も言わん。あいつに後で依頼しといてくれ」

「わかりました」


 話がまとまると、ヨハンの嬢ちゃんはゲンたちのところへと歩み寄った。

 しっかりしてんなー。さすがはパーティのリーダーだな。



「リルファ、こっちに来て」

「はい。どうしました?」

「明日、武具の素材をゲン君に届けてくれる?」

「明日ですか?それに素材?」

「そうよ。素材を届けてゲン君に武器を作ってもらいなさい」

「え?でもいいんですか?新米の私なんかのために……」

「いいのよ。どうせ倉庫に眠らせてあるものだし」

「わかりました。明日届けに行きます!」



 ゲンと会う口実を与えてくれた!

 あっ…でも、こういう時ってだいたい後で色々とやらされるような……

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