第2話 居候
「――おかわりを所望します」
「ええ、遠慮せずどんどん食べてね?ランはあまり食べないし、パパも段々食べる量が減ってきてたから、たくさん食べてもらえると助かるわ~」
気まずい……。
ランが普段以上に無口になってしまっているから余計気まずいし、伯父さんもそれを気にして口数が減っちゃってるし。
い、胃が痛い……。誰かこの空気をぶち壊してくれー!!
「――ごちそうさま」
「あら、もういいの?育ち盛りなのに」
「――今日はいい」
ランは立ち上がると、さっさと食器を片付けて自室に引っ込んでしまった。
「……ゲン」
「なに?」
「オメェ……またランに何かしたのか?」
「す、するわけないだろっ!?」
「ならいいが」
結局この日はずっと家の空気が重いままだった。
原因はランで、きっかけは間違いなく彼女だよなぁ……。
※※※
素材集めに行ったら女の子を拾った次の日から、彼女はうちに居付いた。
というのも、伯母さんが歓迎し、伯父さんの「命を救われたのなら、相手が断るまで尽くせ」という言葉もあって居候がなし崩しに決まった。その間、ランは不満を隠さないものの、明確な否定派口にしなかった。
しなかったのだが……現状が先程の空気が重い食卓だ。ランのピリピリした空気は兄弟子たちにも伝わっている。
どうにかできないものか………
「――ゲン」
「おわっ! 」
「――研いで」
渡された双剣を眺めるが……目立つ刃こぼれや傷はない。
今すぐ研磨が必要な状態ではないのだが………。
「――研いで」
「わかったよ。そこで待ってろ」
「――うん」
昔からこういう事があったな。適当な理由を付けて俺のところに来る。
こういう時はたいていランが何か悩んでいたりするものだ。
だが、今回はちょっと違う感じだな。
彼女の存在が気に入らないんだろう。俺を助けられなかったことも負い目に感じているみたいだし。
「なあ、ラン」
「――なに?」
「……俺に短刀の扱い方を教えてくれないか?」
「――どうして?」
覗き込んでくるその瞳は、純粋な心配と不安で揺れていた。
自分の力不足に起因している思ってるんだろうなぁ。俺を守るのは自分の使命だと思ってる節があるからな。
「この前の事。それから――ランの双剣を盗まれた時。俺は無力だった。何も出来ず、ただ周りのみんなに助けてもらってばかりだ」
「――ゲンは鍛冶師。戦うのは私達の務め。気にしないで」
「何も矢面に立って戦おうってわけじゃない。一人でいる時に万が一の事あって、自分で対処しなければならなくなったら、戦わざるを得ないだろう?」
「――ゲンを一人にはしない」
「ランは団員だ。オーバーンさんに呼ばれれば行かなくちゃならない。常に一緒にはいられないだろう?そんな時、自分の身を守るくらいは出来ないと、ランや伯父さん伯母さんを心配させる」
「――でも……」
「心配してくれてるのは分かってる。でも、守られてばかりは嫌なんだ」
盗まれた時は結果的に取り返せたが、自分の身を危険に晒した。
時間を掛けていれば、オーバーンさんなら自力で見つけられただろう。にもかかわらず、俺は使命感に駆られて犯罪者のアジトに単身飛び込んで状況を悪化させかけた。無事だったのは運が良かっただけ。
先日の一件も、運よく彼女が来たけれど、彼女がいなければ俺は呆気なく死んでいたはずだ。
戦えなくてもいい。時間稼ぎ程度でも構わない。自分の身を守る技術くらいは身につけておかないと、いつ同じことが起きるか分からないんだ。精霊の事もあるからのだから。
「――――わかった。片手だよね?」
「ああ。簡単なモノだけでいいよ。さっき言った通り、戦うためって言うよりは守るためだからな。――よし、綺麗になったぞ。ほら」
「――ん……完璧。ありがと。いつから?」
渡された双剣を一振りずつ振って感覚を確認したら、腰の鞘に納めた。
顔を上げたランの目が期待に満ちているところを見ると、新たな楽しみが出来たと思っているのだろうけど、訓練だからな?
「ランの時間が空いてる時に頼む。……無理を言って時間を設けたりはするなよ?」
「―――どうして?」
いつもより若干間があったってことは図星だな。
視線も少し下を向いてるし。分かりやすいなぁ~。
「はぁ……ランの仕事の邪魔をしたくないからだよ。それに、オーバーンさんから小言を聞きたくないだろう?」
「――それはイヤ」
「なら、仕事が無い時に声を掛けてくれ。いいな?」
「―――わかった」
表情も声も不満を隠さない。隠す気が無い。
転がっていた小石も蹴飛ばして、全身で『不満だ!』って表現してくるけど、さすがに仕事の邪魔になると俺が申し訳ないんだよ。
「――逢瀬かな?」
「おわっ!?な、何の用だ?」
いきなり背後から声を掛けられて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
足音が全くしなかったし、ランも気付けなかったようだ。目が一瞬で猫のように細くなっていた。
警戒態勢のランのことなど目もくれず、ナギは俺に大太刀を預けてくる。
「我が愛刀の研磨を」
「わ、わかった」
ずっしりと重い……。そして、過多な装飾はなし。戦うことにのみ特化した武器だ。ゼムルさんの大剣と通じるところがあるな。
鞘から出して刃を見てみる……綺麗だ。
「――俺でも分かる。これは名刀だ。しかも、多くの血を吸ってる。何度か刀を見たことがあるけど、こんな状態なのは初めてだ。刃に朱が交じってる。一体どれだけの魔物を狩ってきたんだ?」
「ふふっ……汝、目は確かなりや 。我が目に曇りなし」
「――女狐」
「はっはっは……女狐とは。なれば汝は忠犬なり」
ランの挑発にナギも挑発で返す。
バチバチと二人の間で見えない火花が散ってる。
傍から見ると姉妹喧嘩に見えなくもない。どちらが姉で、どちらが妹かは口にしないでおくが。
睨み合いは意外にあっさり終わった。
ナギがこちらに向き直って得物を投げ渡してきた。
「汝、研磨を頼むぞ」
「あ、ああ……明日には仕上げておく」
「ではな、忠犬」
「べー!」
ナギが悠然と去って行く後ろ姿に、ランが舌を出してる。
この状況は長く続きそうだ……。
※※※
ランが部屋に戻ってから研磨を始めた。
長く、けれどしなやかで適度に重い。朱い波の入った刃。
今までこんなものは扱ったことが無いから困るなぁ……。
刃の厚みを均等に保つのも一苦労だ。
「――おい」
「伯父さん……」
「……随分と苦戦してるみてぇだな。やっぱ難しいか?刀は」
「想像してたよりもずっとね……。剣と違ってしなるから、剣と同じやり方じゃあダメだ。何か助言はない?」
「なんて言えばいいやら。そうだなぁ……己の勘に従え」
「えっ……それだけ?」
「武器なんてのは全部違う。型通りに作ったとしてもな。だからこそ、最後に頼るのは自分の勘だ。『このままでは駄目だ』『こうした方が良さそうだ』。そういう直感の方が案外正しい場合が多い」
「失敗したら?」
「はっはっは……その時はその時だ。誠心誠意謝れ」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
「お前の場合は精霊もいる。万が一の時は頼ればいいだろ。お前にしかできないんだからな! まあ、なんだ。本当に困ったら声を掛けろ。その時はまた何か助言してやるよ」
「……わかった。もう少し自分でやってみるよ」
「それでいい。俺達鍛冶師にとって、経験に勝る力はねえからな。そんじゃあ、俺は寝る」
……本当ならもう寝てる時間だけど、苦戦してるだろうとわざわざ見に来てくれたのだと思う。
伯父さんには頭が上がらないや。
とりあえず、自分用の短剣はまた後日だな。
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