第3話 息抜き時々素材集め

「ラーン。準備は出来たかー?」

「――まだ」

「そっか。先に外で用事済ませて待つから、ゆっくりでいいぞ」

「――待って」

「ん?どうした?」

「――入ってきて」


 今いるのは工房に隣接する伯父さんの家の二階で、ランの部屋の前。

 今日は息抜きを兼ねてランとピクニックに行くことになっているのだが、ランの用意がまだ出来ていないから待っている。


「何か問題でも――って、準備できてるじゃないか」

「――うん……でも、髪型が決まらなくて」

「ああ。だから俺を呼んだのか」


 机の上にはこれまで買った髪留めや紐が散らばってる。

 色々と試したが納得いかなかったんだろうな。


「――自分で決めれないから、やってくれない?」

「ふむ……いきなり言われてもそうそう思いつかないなぁ」

「――じゃあ、いつも通りに」

「いや、今日は特別だし、髪形も普段やらないような感じにしよう」

「――いいの?」

「普段あまりおめかししないランが、今日はちゃんとしてるんだ。今日くらいは新しい髪型に挑戦してみないか?」

「――わかった」


 そう言うと、ランは椅子に御行儀良く座り直した。

 座った当初こそ大人しかったが、少しすると足を前後に振り始めてしまった。

 

「うーん……言い出したものの、何も思い浮かばないんだよなぁ」

「――じゃあ、この前のあの人みたいなのは?」

「この前の?……ああ、あの人か」

「――うん。どう、かな?」

「いいけど、少し時間かかるぞ?」

「――大丈夫」

「そっか。なら、ランの期待に応えられるように頑張らないとな」


 チラッと向けてきた視線にはこれまでなかった期待が込められてた。

 これは頑張りがいがある!!


※※※


「遅いわよ、ラン――あらあらまあまあ!」

「あん?――おおう……」


 ふっふっふ! 伯母さんは顔の前で手を合わせて喜んでくれた。

 伯父さんは口を開けたまま言葉を発せないでいた。

 頑張った甲斐があったな!!


「――どう…かな?似合ってる?」

「素敵じゃない! ああ……なんて可愛いの!! 白いワンピースも似合ってるけど、その編み込み!! ゲンがやったの?完璧よ!!」

「――ママ、ちょっと苦しい」

「あら、ごめんね?年甲斐もなく興奮しちゃったわね。恥ずかしいわ」


 伯母さんは思いっきり抱きしめて頬ずりしていたけど、ランから声を掛けられてようやく我に返った。

 でも、そうしたい気持ちはわからなくもない。

 なんせ、今日のランは普段とは雰囲気がまったく違うから。恥じらった姿なんかいつも以上に庇護欲をそそられる。


「そうそう。これ、持って行きなさい。夕方までには戻って来るんでしょ?お昼ご飯は二人でのんびり食べて来なさい」

「ありがとうございます。ラン、そろそろ行こうか」

「――うん。ママ、パパ。行ってくるから」

「行ってらっしゃい!」




 結局、伯父さんは終始固まったままだった。

 ランの想像以上の可愛さにやられたんだろうな。


「――ふふっ♪」


 当の本人は大層ご満悦のようで、これだけで報われるな。

 ランは外出時の日焼けを気にして、普段は絶対に被らない、つばが広く、ワンピースと同じ白色の帽子をかぶっている。

 さて、馬は借りられたし、ランを乗せて出発するか―――


「あら?リルファ、ランちゃんとゲン君がいるわよ?」

「え!?本当だ!! 二人でどこかに行くの?まさか……駆け落ち!?」

「はぁ……ごめんなさいね、おバカな子で」

「いや、まあ……あはは」

「――泥棒猫はお調子者でおバカ」

「んなっ!? そういうランこそ、今浮かれてるでしょ! 雰囲気ですぐに分かるわよ!」

「――これからゲンと “二人っきり” で一日デートだから当然」

「え゛!?」


 兄妹だぞ、って言っても今のリルファには届かなそうだな。

 ランはランで誇らしげに腕を組んで見上げてる。

 この二人、会うたびに言い合ってるけど、仲が良いんだなぁ。

 ランに友人が出来て、兄として嬉しいよ。

 リルファから一歩退いたところで二人のやりとりを見ていたヨハンさんは、左頬に手を当て、目の前のリルファに憐憫の目を向けてた。


「あらあら。先を越されたわね。これからその馬に乗って遠出するの?」

「ああ。ランと素材集めしつつだけど、息抜きのために外へ出るんだ」

「――デート、だよ?」

「微笑ましいわね。最近は大人しくなってるみたいだけど、魔物には注意してね。まあ、ランちゃんがいるから心配は無用だと思うけど」

「――私がいるからゲンは大船に乗った気でいてね?」

「それはそうと――今日は随分と本格的におめかししてるのね。どこかの御嬢様って言われても信じちゃうくらい可愛いわよ?」

「そうですね。これで腰に提げてる短剣がなかったら完璧だったけど……でも、それを差し引いても素敵ね。正直、ちょっと羨ましいな」

「――ゲンの編み込みも可愛い」


 ランは誇らしげに、編み込みを見せびらかすようにその場で一回転してみせると、それを見ていた周りの男達が立ち止まって見惚れていた。

 うん、なんだか俺も誇らしい。可愛いだろう?


「へぇ~、それをゲン君がやったんだ。凄いわね。今度私も……なんて冗談だからそんなに睨まないの」

「団長まで参加したら、ますます私の勝ち目が無くなるじゃないですかぁ……」

「――そもそも勝ち目なんて無い」

「なんですって!!?」

「そろそろ行かなくてもいいの?素材集めもするんでしょ?早く行ってさっさと済ませた方がいいんじゃないかしら」

「そうだな。――ラン、置いてくぞー!」

「――ふふん♪じゃあね」

「うぐぐ…っ!!」


 こちらに駆けて来るランの後ろで、リルファが悔しそうにランの後ろ姿を見ていた。去り際に挑発でもしたのか?


「チャンスはいつでも転がってるわけじゃないわ。見つけた時に確実にものにしないとね?」

「はああぁぁぁぁ………」


 あっ、ここからでも分かるくらいリルファが落ち込んでる。

 よくわからないけど、ヨハンさんがいるから大丈夫だろう。


「さあ、行くか」

「――楽しみ」


 ランを前に乗せて馬が歩き出した。

 馬の操作は俺の役目。ランは馬に苦手意識を持ってるからだ。今もちょっと緊張気味のようだ。

 さて、ピクニックの始まりだ。



※※※



 目的の丘に着くと、まずは伯母さんにお願いされてた薬草や花の採集を開始。その間、ランは周辺警戒をしてくれてた。

 それが終わると、今度は石垣と柵の補修作業。心許ないが、少しでも魔物の行動を阻害するための物だ。疎かにはできない。

 全ての作業が終わる頃には太陽が真上に来てた。時間的にもちょうどいいし、そろそろご飯にするか。


「ラーン! そろそろお昼にしないかー!」

「――うん。今ちょうど最後の一体を倒した」


 ちょうどいい大きさの木があったので、その下で布を敷き、伯母さんから受け取った籠を置いて中身を取り出した。

 全てを用意し終えたタイミングで、ランがちょうどやって来た。少し汗をかいてるみたいだから水を用意して渡す。


「――お腹空いた」

「だな。――よし! 準備は出来た。いただきます」

「――いただきます」


 ランが早速サンドイッチに手をつけて頬張る。

 口が小さいのに口いっぱいに頬張るから両頬が膨らんで、まるでリスのようだ。見た目的にも間違いではない。

 言ったら拳が飛んでくるから絶対に口にしないけど。


「おいしいか?」

「――ママのご飯はいつでも美味しい。でも……」

「でも?」

「――ゲンと一緒のピクニックだからいつも以上に美味しい」

「……ラン。その……そういうこと言われると、さすがに俺でも照れるからな?」

「――えへへ。ゲンの珍しい顔見れた♪」


 今日のランはいつも以上に元気だな。あと可愛い。

 俺の妹ってこんなにも可愛いのか。今のランは正しく天真爛漫だな。


「――これからどうする?」

「うーん……お昼前にやることはやってしまったしなぁ」

「――えい」

「うわっ!?……ラン、いきなり抱き着かないでくれるか?」

「――ごめん。嫌だった?」

「嫌じゃなくて、いきなりやられると心臓に悪いんだよ」

「――えへへ~♪」


 窘めてるのに照れた笑顔のまま。はぁ……つくづく甘いな、俺って。

 にしても、ランが抱き着いてくるなんて珍しいから、しばらくはこの態勢のままでいるか――冷たっ!?


『ゲーン~』

「ウィーネか。どうしたんだ?珍しい」

「――精霊?」


 抱き着いたまま目を瞑ってたランが見上げてきた。


「ああ。ウィーネっていう、水の精霊だ。普段はダラ~っとしてるから、一人で突然現れるのは珍しいんだ」

『ここの近くにね~。きれいな泉があるんだ~。あと小川も』

「なるほどな。そこに連れてってほしいのか」

『そういうこと~』

「ラン。近くに泉があるから行きたいらしいんだけど、来るか?」

「――ゲンの護衛も仕事のうち。当然付いてく」


※※※


 ウィーネの案内で森の中を進んで行くと、本当に泉があった。

 透明度が高く、この場所だけ神聖な空気に満ちているような気がする。


「ここか……」

『ウィーネが我が儘を言ったみたいですね』

「…ノーランか。全然いいよ。ランの息抜きにもなってるみたいだし。この前手伝ってもらったお礼も兼ねて」

『ウィーネが楽しそうにしているようで、私としても喜ばしいことです』

「ノーランも水浴びしたらどうだ?」

「私は結構です。ただ……そうですね。次に機会があれば、今度は洞窟や岩場にでも寄っていただけると、個人的に嬉しいです」


 洞窟や岩場……あっ、砥石の精霊だからか?つまり、精霊によって好む場所が違うのか。


 ランはウィーネと一緒に泉で水浴びをしている。

 泉は浅いから、ランの服が濡れる心配はほとんどない。

 久しぶりの水浴びだからか、ランが無邪気にはしゃいでる。その姿を見てると俺も癒されるから、今日来たのは正解だったな。


「約束はできないけど、近くに寄ることがあれば連れて行くよ」

『お願いしますね?』


 水浴びだけでは飽き足らなかったのか、ランはウィーネと一緒に小川の方まで行ってしまった。時刻は夕方に近い。日が傾いて沈もうとしている。

 帰るのが遅れると伯母さんを心配させちゃうから、そろそろ帰らないと。


「ラーン! そろそろ帰るぞー!」

「――えー」

「今から帰らないと夕飯に間に合わないぞ?」


 残念そうにしながらも小川から上がってくる。

 こういうところはまだまだ子供かな?


「――また連れて来てね?」

「ああ。またいつか。今度はもっとのんびりしよう」

「――うん!」


 良い笑顔だな。十分楽しんで息抜きできたようでよかった。

 今度は伯父さんたちと一緒に来よう。なんならキャンプして一日中ってのもありかもしれないな。





「「ただいまー」」

「おかえり。楽しかった?」

「明日からまたキビキビ働けよ!」

「わかってるよ」


 明日から提灯制作の再開だ。……あと六個かぁ。

 ……そういえば、ウィーネがちょっと変わってたような気がするけど………気のせいだよな。

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